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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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72.侍女達の反乱

(飲みたい……喉が渇いた)


 ――飲みたい。欲しい。


 喉の渇きで目を覚ます。宮殿に戻ると、疲れから転寝(うたたね)をしていたらしい、おまけに夜中の痛みであまり眠れず、昼間の暑さに身体がだるくて、つい夕寝をする習慣がついてしまった。


(体が怠けていってしまう……)


 リディアが眠っているからと侍女達の姿はない。


 起きなきゃと思いながらに眠さにとろりとした目を開けると、影がさまよっているのが見えた。高く結い上げた髪、大小に動く体つき、まるで蝋燭に照らされている影の様。人ではない、けれど女性のように見える。


 それがふらふらとさまよい、リディアの姿見の横にある引き棚に手を伸ばす。

 けれど手を翳すだけで取っ手を掴むことはできないようだ。引き出しはそのまま。


「――何か探しているの?」


 起き上がったリディアが影に話しかけると、それはふいっと消えてしまった。


 彼女が消えたのは、リディアの鏡台の横の引き出し。シーリが整理してくれて、たくさんの宝飾品がしまい込まれている。髪留め、髪飾り、簪。別の引き出しには、耳飾りの数々。また別の引き出しには、首飾りや腕輪、足飾り。


(あの影は、この飾りをさがしていたの?)


 眺めていたリディアは、不意に首を傾げる。並べてあるネックレスが足りない。隙間はないが数も覚えているし、どんなものがあったか興味はないが、貰った以上は把握している。


 でも、管理は侍女達。


 立ち上がり、部屋の出口の方まで歩む。よどんでいた暑さが、夕方のひんやりした空気に流されていく。

 ここ碧佳宮は、風通しがよい、それが心地よい。夕日を通して、窓のステンドグラスの五色の光が床に紋様を作る。


 いつもならばリディアが起き上がった気配を察知してすぐに寄ってくる彼女達がいつまでたっても来ない。


 仕切り布をかき上げて、紗の奥に行きかけると、二人の声が聞こえてきた。それはシーリのいさめる声と、少し不満そうな棘のあるペトラの声。


「――ペトラ、いけないわ」

「だって、どうせ碧妃様はお付けにならないでしょ。それなら、私がつけた方がいいもの、ほら似合うでしょ?」


「ペトラ! それは陛下から碧妃様に下賜されたものよ!!」


(そういう、ことね)


 なくなったネックレスは、ペトラの首元で揺れている。四角にカットし透明度が高いエメラルドグリーンのペンダントは、金細工で花と蝶が作られている。


 周囲はダイヤモンドの花畑。侍女がつけていれば遠目でも高価すぎると、悪目立ちして盗品だとわかるが、ペトラの衣装は首を覆うためわからない。


「こんなことをしたら、ただではすまされないわ」

「だって、碧妃様はろくに見てもいないもの。気づくわけないわ」


(舐められてるなー)


 ……とりあえず、どうしようか。シーリはペトラをいさめられないでいる。手に負えないのだろうか。


 二人の声が一度やんだところで、リディアはそっと衣擦れの音をさせた。


「碧妃様?」


 シーリが慌てて駆け寄ってくる、リディアは気分の悪いふりをして軽く柱に手を置く。


「目が覚めたの。あのヨーグルトが飲みたいから、持ってきてくれる?」


 ペトラには目を向けず、まだ具合が悪いままのふりをする。慌ててペトラが身を翻す。


 シーリが長椅子にリディアを座らせて、手を軽く握る。


「あれがすっかりお好みになられましたね」

「そうね、最初は苦手だったけど……今では”飲まないとおちつかない”の」

「滋養にいいですし、こちらの人間はみんな欠かさず飲みますから」


 最初は塩味の飲むヨーグルトは、絶対に無理だった。蜂蜜を入れてもらっても奇妙な感じだった。けれど慣れると癖になってしまって、今では毎日頼んで飲んでいる。


 シーリ達にはすっかり”お気に入り”だと思われている。


 ペトラが陶器の器に入れたそれを持ってきてくれたから礼を言って、両手に抱えて飲み干す。


 既にこのヨーグルトはキーファにサンプルを渡し済み。毒の混入はなかったと言われたけれど。

 毎回別のモノに入れられれば、その時だけ入っていなかった、という可能性もある。というよりも、リディアはその可能性の方が高い、と考えていた。


「――ペトラ、お代わりを頂戴」

「はい、もちろんです」


 そして背を向ける彼女の顔をみず、リディアは一息入れて、淡々と声をかける。


「ペトラ。そのネックレスはあげる」

「……あのっ」


 ペトラが慌てて襟を押さえかける、でも服は閉じているから見えるわけがない。彼女が自爆しただけだ。

 一瞬、服の留め金をかけ忘れたのかと慌ててしまったペトラのミス。


 とはいえ、盗みを知っていると指摘され、誤魔化せず顔をこわばらせ黙っただけの彼女はまだかわいいと思えた。

 しらばっくれたり、感情を乱し罵ったり、または気絶したふりをしないのは、嘘に慣れていない証拠だ。


「気が利かなくてごめんなさいね。あなた達に分けてないことを、この間黄妃に指摘されたの」


 ただ出来心を一回だけ起こしたわけじゃない。常習犯。彼女のようなタイプは恥じ入るというよりも、むしろ心の中で恨みを募らせる。振り返った顔は赤くなっているけれど。

 この後は自己を正当化していく。


(かといって、舐められたままなのもねえ)


「あなたにはよく似合っている」


 少しだけ誇らしげな顔になるペトラはわかりやすぎる。これで、お許しが出た、と影で自慢されても困るし。


「ただ、これからはあくまでも私があげた時だけよ。そしてシーリも好きなのを選んで」

「……碧妃様、それは恐れ多くも」

「あなたもペトラと同じだけ好きなものをもらって」


 ペトラの悔しそうな顔は、子供の(よう)。不問に処す、そしてシーリと同様に扱う、そう言われて悔しさもあるけれど、何も言えずに飲み物を取りに姿を消す彼女を追うようにシーリに合図をする。


 彼女達が消えて、リディアはヨーグルトのサンプルを器に入れて布でくるんで、引き出しにいれた。


 毒は、ヨーグルトに入れている可能性が高いと思う。

 酸味があり、塩味もある、蜂蜜を入れてあるからさらに味を誤魔化しやすい。発酵臭もある。とろみもあり粘度も誤魔化しやすい。


 最初の意識不明だった時はジャイフが調合し、水などに含ませていたと思うが、今はリディアが毎日飲むものに混ぜる。ヨーグルトならば一日、一杯か多くて二杯。必ず侍女に頼む。


 飲み水やお茶は飲む機会が多すぎて、朝いちばんや夜眠る前など、どこで盛るか決めておかないといけない。


 けれど、水差しは卓に置いてあるし、お茶を頼まない場合もある。


 ただ、誰が盛っているか。一番怪しいのは、侍女の二人。でもペトラは頭が少々足りない。量を間違えたり、入れ忘れたり、リディアが残した時の対応もわからないと思う。

 ジャイフが彼女を取り込むとは思えない。


 利用するならシーリだ。

 けれど毒の扱いは難しい。かのじょでさえ、それを残したらどうするのか。ヨーグルトにしても一杯目を残し、その後に二杯目を要求したら、量が重複するかもしれない。


(――濃度が同じで作れば、少々残しても問題ないのかも)


 ある程度、内服期間が長ければ、体内の血中濃度が保てる薬もある。


 とはいえ、シーリとジャイフの繋がりがまだわからない。薬房か厨房に頼むし、運んでくる者かもしれない。まだ彼女を疑うのは早急。


 ――問題は、更にある。

 リディア自身が、怪しいと思っている物を口に含まなければならない抵抗感を抑えること。


(飲まなければ、禁断症状が、でる、から)


 毒と思うものを、口に入れる、飲み込むのは体が拒絶する。

 けれど飲まないとバレる。次に違う飲み物に入れられたらまた突き止めるのが難しくなる。

 飲まないことで中毒症状が出たら、余計に対応ができなくなる可能性もある。

「必ず助けるから」と魔法師団の皆から飲むように言われている。

 

 わざわざ欲しがるそぶりを見せてるのだから、下手人には、そのままでいて欲しい。

 リディアは、二杯目は卓において代わりに冷めたお茶を口にした。香りはいいが、少し苦みのある茉莉花茶だ。


 シーリが慌てたように戻ってきて、お茶を飲んでいるリディアを見て、頭を下げる。


「申し訳ありません、すぐに新しいお茶を入れます」

「いいの、冷めた方を欲しいの。ペトラは?」

「申し訳ありません、合わせる顔がないようで。私の監督不足です」


 つまりふて腐れた、のかな。若い女の子だし、仕方がないけど、ちょっと手癖が悪い。


 後宮ではそのうちトラブルを起こしそう、前も思ったけどやっぱしそう思う。


「監督は、あなたの仕事?」


 突っ込むとシーリは驚いて顔を振る。目の下にクマができている。血行がわるく、やつれて覇気がない。後宮の皆は、どこか寂しそうだし苦しそうだ。


「いいえ、いいえ。シーリは私よりずっと立場が上です。ただ私の方が年長なもので」

「主人は私でしょう? なら私の監督不行き届きね」 


 あっさり自嘲すると、シーリは顔色を変える。


「とんでもございません、そのような意図で申したわけでは、ございませんでした」


 慌ててさらに謝るシーリに、ならばと椅子に座り手で促す。


「――なら言って。後宮で困ったことになる前に」


 迷うシーリにさらに促す。


「碧妃様、私が言うのもなんですが――ペトラに甘いように思えます」


 彼女が困ったように口にする。


「もちろん、私も処罰の対象ですが。今回のことは、死罪にされても仕方がないかと」

「……」

「罰を与えるのも主人である碧妃様の仕事です。されないことが知れ渡りますと、その……」


 口ごもる彼女に促す。ペトラがどこかで盗んだ装飾品を自慢をする。それを見逃したということは、リディアが甘いと非難される種にもなりうる。ただの噂で処分される妃嬪だっているだろう。


「殺されるの?」

「――時には、廃宮送りになることもあります」

「廃宮?」


 なんだか恐ろしい響きだ。それだけで、予想できてしまう


「陛下が廃止にされ現在は無人ですが……本来は捨てられた妃嬪方が送られる王宮です。錠がかかり一生出られません。前陛下は――かなりの方々をそちらへお送りされました」

「どんなところ?」

「恐ろしいところでございます。元は宮殿でしたが、荒れ放題で夜になると捨てられた妃嬪の亡者が徘徊すると」


 リディアはため息をついた。この広い広い敷地内なら荒れた王宮などたくさんどこかにあるのかもしれない。


「明らかにペトラは主人への謀反です。私ともども、厳しい処罰を与えてくださいませ。それに痛い思いをしないと、恨みばかりが募ります。恐怖も与えることが必要な時もあります」


 シーリの懇願は何からきているのだろう。


「あなたは、ペトラよりも長いのに、どうしてペトラに強く出られないの?」

「……私は庶民から奉公のために上がった宮女、宮殿使えです。ペトラの父君は地方監督吏の碧妃様使えの者ですから」


「そういう関係だったのね」


 ペトラの無邪気さと自信が垣間見える態度はそこにあったのか。


「厳しい処罰はしないわ。今回は様子を見るから、気にしないで」


 ただペトラのプライドの高さは、いずれリディアを敵視するようになるかもしれない。そう思って、リディアは気が滅入ったようにため息をついた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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