71.塔の本当の主人
「シヴァ・エーロ。お前は、母親の恨みを果たすためにその名を名乗っているんじゃないのか?」
ヴァルハラの王家――ヴァハラを捨て、市井ではそう名乗っている。大したことじゃないと思っていたが根深いのかもしれない。
「お前の母親、エーロ姫はハラールに帰されたと聞いたがな。わざわざ名に母親の名を入れてるのは、ハラールの人間だからじゃないのか」
顔色を蒼白にしたシヴァがじっと自分達を見ている。ただ睨んでいるわけでもない、何かを訴えているわけでもない、迷い――何かを果たしたい、その思いを必死だと感じた、そのためになりふり構わずだ。
こういう奴の嘘は危うい。こちらも惑わされる。指摘して剥がしていってもまた違う嘘をつく。
「俺の母親は――過去、乙女としてこの後宮に迎えられた。だが蹴落とされて狂人扱い、幽閉、そして死んだ」
それまでなかった情報にディアン達は口を閉じる。本当かと視線を交わし合いはしない、あとで裏を取る。
「情報は何もでねーよ」
「なるほど。で、乙女はファズーンの父親を選び王位を継いだのか、弟であったのに」
だとするとエーロ姫は相当重要人物であったはずだ。だが、史実から抹消されている。狂人として知られている。
それに対するシヴァの情は薄い。だが名乗る以上、それなりの感情は抱いているはず。塔の住人に入れ込むより恨みを晴らそうとしている方が信じられる。
「前乙女が前国王を選び存在を抹消されたのはファズーンの母親、皇太后の仕業か。本当にその力があったのか?」
「皇太后かは知らねー。案外、後宮全ての女の怨念かもな」
確かにありうる。リディアは今のところ無事だが、“今のところ”だ。キーファが守っているし、監視も潜入させている。
ファズーンの御代で安泰と思われているが、これで他の派閥がリディアに接触してくるのか、もしくは他の女をしのびこませて、リディアを殺してくるのかわからない。
ジャイフがリディアを乙女認定している、他の女の追随をゆるさないからこそ、入り込めないのだ。
「出来レースかどうかは知らねーが。乙女なんて信じちゃいない。今の姫さんを除いてな」
「なぜ、リディアを本物だと思う?」
「――特別感があるだろ」
シヴァの言葉はのらりくらりとしていて、信頼が置けない。
「お前はどっちの人間だ」
「……どちらも。ヴァルハラも、ハラールも最低だ。俺は――塔の主だけに、従っている」
「他に言いたいことは?」
「……塔は、姫さんを欲しがっている。――娘がその身代わりになったと言ったら?」
まだ言い募るシヴァを見つめる。
ごちゃごちゃだ。リディアの娘がリディアを庇う。リディアならそんなことをされて嬉しいのか。
先ほどのリディアの目を思い出す。意識がまだ不明瞭な中で言っていた「あの子を助ける、一緒にしてくれ」と。
(そういうこと、なのか。――リディア)
もし、あの塔の中でリディアが自分“達”の娘が犠牲になっているのならば。リディアならば必ず助けにいくだろう。自分だってそうだ。当たり前だ。時系列がおかしいとしても。
「リディアの娘は――リディアと性格が似ている、のか」
「――まあ、似てるかもな」
ディアンは黙考した。あまりにも頼りない情報だ。だが、“リディアの娘”ならば、母親の代わりに自分が犠牲になってもおかしくない。
最も“自分の娘”ならば、するわけがない。違う方法をさがす。例えば気に喰わない奴を身代わりにするとか。
「どこで会った」
「……」
やはりシヴァは無言になり語らない。
「今回、塔に入れたのはリディアを盗もうとしたんだな。だが塔の主――は、リディアを入れないようにしている、それでいいか」
「……主の考えはわからない」
「お前が鍵を貰ったのは、その主からか?」
シヴァの顔が表情を失くす。会ったことがあると何度も匂わすのであれば、そうなのだろうと、すぐに推測できる。
「初めに、塔ありき。それを守るためヴァルハラができ兄から離脱して弟がハラールを建国した、という史実も見つけた。なのに、お前が先に鍵を持ち、次にファズーンが鍵を持っている理由は?」
「……誰にいつ貰ったかは、言えない」
「なあ。お前、鍵の主――つまりリディの娘に惚れてんのか?」
不意に椅子を前後に揺らしながらシリルが尋ねる。その言葉にディアンは思考を停止させ、シヴァはいきなり机を手にして立ち上がった。
「違う!」
「あたりか」
「シリル!」
「ボスもいい加減その可能性から逃げんのやめろよ。コイツが助けたいってのは、邪心ありまくりだろ」
「ち、ちがう!」
「お前、リディの娘が庇った、っていうけどな。違うだろ」
シリルの言葉に反論するシヴァの声が小さい、まるで認めているようだ。
「……そうじゃない」
「確かにかばったかもしんないけどな。その法則だとこの先リディが、庇うんだ。だから塔を目覚めさせたいんだろ、リディを身代わりにするために」
シリルの言葉にシヴァが顔を青ざめさせて黙り込む。
「さっきから聞いてると、主が塔を支配してんじゃなくて、意思は別だ。入れ物が中身を欲しいみたいだな。シヴァはそれをすげ替えて―んだろ」
シリルの指摘は、当てはまる。リディアの娘がリディアを庇い、今こうなっている。それもありだろう。だが、娘が囚われていると聞きリディアが大人しくなるだろうか。
――ならない。自分が代わりになる。
――シヴァはリディアを、身代わりにしたい。それですべて納得がいく。
「シリル。リディアにこの件を引かせろ。俺達も引く」
「待てよ!!」
シヴァのこの焦りようが答えだった。
「待てよ、ボス。じゃあリディアの娘は?」
と、指摘したくせにシリルが引き留めてディアンは眉をひそめた。
「産まれてもない、娘なんて――」
「どうでもいいのか? これから先、産まれて消えちまっても? アンタのなんやらで攫われる。んで、例えばこの世界に来ちまってても? アンタの能力は規格外だ。私はアンタの能力はしらねーし、こんなことはあり得ないと思うから、引いても何の後悔もしないがね」
シリルの指摘にディアンは言葉を飲む。自分の能力を明かす気もない、シリルも知らないだろう。ただ可能性を言っただけだ。
だが、もし――子供が産まれるならば。どんなこともあり得る。
ディアンは、軽く笑った。――笑えた。妙に面白かった。いきなり鼻で笑いだした自分をシヴァが身をすくめ怯えたが、同時に何もしてこないと気付き気味悪そうに見ている。
未来の娘を助けにいく。荒唐無稽だが、それが事実ならばやらなくてはいけない。やってやるし、誰にもその役目を譲らない。
――余裕を取り戻せ。力を、頭を使えと自分に言い聞かせる。
未来の娘に会えるのならば、どんなに楽しいコトだろうかと。
「――ジャイフは、塔の復活を狙っているのか、それともその反対か」
唐突に訊けば、シヴァの目が驚きで見開き、答えを探し、彷徨う。
ジャイフはリディアを憎んでいる。その憎しみの対象が、塔の中にいるリディアの娘の可能性もある。未だに、ジャイフがなぜ憎んでいるのか、何をしようとしているのかわからない。儀式まで待っていいのか不明だ。
「お前は、俺達にのらりくらりと逃れて、塔の主とリディアをすげ替えようとした、そうだな」
シヴァが小さく頷いた。
「メルクリッサ神の儀式は――塔の復活なのか?」
「……本来は、適当な乙女が選ばれて、メルクリッサ神が降臨されましたって、出来レースの王を選ぶだけの儀式だった」
「そんなもんだろ」
「ジャイフが来てややこしくなった。乙女選定で姫さんが現れたって大騒ぎして。そしたら、本当のメルクリッサ神降臨、王の選定のやり直しだ」
「つまりその時、ジャイフの恨みが果たされるというわけだ」
塔の復活か、破壊か。アレスティア国の復活か、崩壊か。
「――強大な力が動くだろうな」
ディアンの一言に、シリルがギョッとしてこちらを見てくる。アレスティア国を復活させようとするほどの力を集めるならば、この大陸、この次元全ての魔力を集約しても足りない。
神をリディアに集めても、リディアの身体が持たない。
「師団総動員か?」
「――いや」
第一師団の問題だ、他の協力を仰ぎたくない。だが、それが当たりならうちだけでは抱えきれない。
それ以上に気になることがある。
「あまりにも謎が多すぎる、他の師団や組織が関わっている可能性もある」
シヴァの手に握り締められた鍵を見てディアンは何も言わなかった。まるで何かの形見のように、渡すまいと己の胸に押し付け硬く握った拳は白くなるほど強い力がこめられている。
「大事に預かってろ。必要な時には、お前の手ごと切り落として、使わせてもらう」




