70.塔のあと
船が離れていく。ファズーンがマントを翻し、リディアの肩を抱く、それをリディアが睨んで外させる。ディアンがリディアを捕まえていた間、シリルはファズーンの額に銃の照準を当てて牽制していた。ディアンがそれを下ろさせると周囲の護衛兵たちも剣先を引っ込める。
離れていく姿を見送った後、ディアンはシリルのため息で我に返る。
「まいったな。惚れ直しちまった」
シリルの言葉は本気だろう、誰も突っ込めない。
「王宮に入って容姿は磨かれただろ。髪の艶、纏う香りもくらくらするし。なによりやっぱ決めた時のリディの瞳は凄い綺麗だし、迫力はすげえな。私の選んだ目は確かだな」
シリルはもの憂げに米粒ほどの大きさになったリディアの姿にうっとりしている。
彼女にとっては、シヴァの衝撃的な告白より、リディアを賞賛する方が重要なのかもしれない。
「あの眼差しだ。決めた時のリディアはつえーよ。あの目に私は惚れたんだ」
突っ込みは求めてないだろうし、誰もしない。ディックは塔の中でリディアが会ったという人物を探りに行っている。
若干突っ込みたい気もしたが、ディアンはリディアの情報を考える。
まず塔の女性を守っていたという赤い目の青年。バーナビー・オルコット、太陽に弱く、地下世界にすむ魔族の血を引く一人。寿命がどれほどあるのかわからないが、生涯夢を見て過ごす。夢見の一族。
彼はリディアを導くためだけに大学に入り、そして卒業した。魔法師団の自分達とはほぼ接触していないから情報はない。
何の意図で、何をしていたのか、リディアが教えていたのは半年前なのに、まるで長い間守っていたかのような言い回し。
ディックが探しても会えるかはわからない。だが、鍵をにぎっているかもしれない。
と、いきなり、シリルが夢から覚めたかのように真顔に戻る。
「おいボス、さかってんじゃねえよ」
「――さかってね――」
反論しかけてやめた。リディアを前に抱きしめて、尻をつかんで腰を押し付けたかった。頭を掴んで、キスを何度もしたかった。……盛ってないと言えない。
声を呑み込んだディアンに呆れたと盛大に鼻を鳴らしたシリルはバルカン砲を肩に担ぎなおす。そもそもそれは肩に担いで持ち運ぶもんじゃない。
そして街中に持ち込むものでもないが、牽制には十分だった。
「撤収するか。あとは|《海嬪》キーファに任せて」
頷き、今のリディアとの逢瀬の余韻を振りきる。
再度、塔をふりかると儀仗兵が槍で牽制する。顎で睥睨すると怯む彼らを横目に、ディアンは再度取っ手に触れる。今度は何の反応もない。
中には何もないと感じた。もしくは眠りについたのか。もうここの中を調べても意味はない。
ディアンは無表情のまま背を翻す。横にシリルが並ぶ。他の団員達は散っていた。
「ちょっと待ってくれよ……!」
追いかけてくるシヴァをディアン達は振り返らない。ヴァルハラとハラールの王位に近く、紅妃との兄妹関係にある。そして、ディアノブルの塔の関係者。いくつもの背景をもっているが明かさない奴はいらない。
「わかった、話せることは話す! 少しでも無駄じゃないだろっ」
「ほぼ無駄だ」
消えようとすると、シヴァがシリルの腕を掴もうとする。その額にシリルが銃口を当てる。
「背後を取るな、腕を掴むな、殺されても文句は言われねーってわかってんだろ」
「……わるぃ」
「シリル」
ディアンの声にシリルが「あいよ」と答える、そして銃を下ろす。
「来ていいってよ。ただし、まともな情報を流せよ」
酒場地下の基地に移りシリルがシヴァの目の前に座る、背もたれに腕をかけて、足を組んで座に載せる。
そしてディアンは壁に背を預け改めてシヴァを見る。
「塔のリディアとお前の関係をもう一度話せ」
「何から話そうかねえ」
ディアンが睨みシヴァは一瞬怯む。
「おいおい、従者さんなんて自称だろ。ただの塔の鍵番、それだけで従者を名乗んなよ」
シリルがシヴァの眉間に照準を定めている。魔法をぶっ放すより目の前、いや皮膚にふれる物質的なもののほうがずっと恐怖を覚える。
シヴァも、表情を強張らせ、うまく口を動かそうと苦労しながら少しずつ開く。
「はなすから……ちょ、とそれを下ろせよ?」
「全部はなしたら、だ」
「もう一度聞く。主は、誰だ」
ディアンの黒曜石の瞳に、射すくめられていたシヴァはようやく顔をあげて見つめ返してきた。
「姫さん、リディアの娘だよ」
やはり、同じ言葉だ。ディアンとシリルは二度目の台詞にはもう驚かず能面になる。先ほどの言葉は半信半疑だ。シヴァの様子から嘘ではないと思うが、到底信じられるものでもない。
「――それは、俺の子、か」
それが口に出て気づく、内容の真偽を確かめる前にそこを聞くのか、と。口にした途端、内心で自嘲し、おかしさで皮肉気に口端が上がる。
千年以上も昔の伝説の都市の主が、リディアの娘のはずがない。担がれている、それがよぎるがあり得ない話程、真実に近い場合もある。
「ボス、そんなのどうでもいいだろ。」
言った後にシリルも顔をしかめる。
「いや、よくないか」
自分たちの動揺に気がつき、会話の主導を取り戻すことを思い出したのか、シヴァが笑い余裕を取り戻す。
「アンタの娘かどうかは知んねーよ。似てねえし」
「……」
つまり、容姿を見たことがあるのか。――似てない、に軽く衝撃を受けかけて、嫌な予感を振り払う。リディアは自分以外の子を産んだのか、と。
(そんな場合じゃない)
そもそもリディアは子どもを産んでいない、しかも千年以上前の伝説の都市の残骸に囚われているなど、虚言も甚だしい。
「聞きたいことが、ますます出てきたな」
「だろうな。主については以上だ」
「お前は、千年以上生きてるのか」
「生きてるわけねーだろ。俺はあいつの弟で、二十五歳だ」
肩をすくめて余裕な態度に一度冷静になれとディアンは自分に言い聞かせる。
「すべて虚言とみなしてもいいな」
「言えねーんだよ、アレスティアの情報には縛りがある。これだって……ぎりぎりだ」
縛り――。魔法を扱うにはそういうものもある。拷問して吐かせてもいい、そう思うが、何らかのそれがあるなら難しい。
「なぜだ」
「明かしたら、過去が変わる。……俺が死ぬ。明かすにも段階があるんだ」
「何の問題がある。俺達には関係がない、なら話せることはなんだ」
勝手に死なれても罪悪感はないが手掛かりが消える。まどろっこしい。
「主なら、姫さんの解毒薬を作れる」
「……」
ディアン達が黙ると「本当だって」とシヴァが口早に続ける。
「だから、『起こせ』。俺達に利益があると言い放つのか」
「すべての“智の結晶”の塔だ。その主だ、なんでもできる」
「そんなまどろっこしい手段より、こっちで解析して作ったほうが早い」
詰まる顔に畳みかける。
「おまえが持つ鍵を見せろ」
シヴァはおとなしく赤銅色の鍵を出す。腰のパンツに下げていたらしい。臍のピアス、腰回りのチェーンに胸元の大ぶりなネックレス、その中に混じっての鍵と言う飾りは目立たなかった。よく見れば材質がわからない異様な気配を放っているのに。
だがもう一つ、気づいたことがあったがそれは保留にする。
完全なる円に細長い棒、確かに鍵と言われればそう思える。普通はその先の凹凸や幅が合えば留め金が動き扉が開く、だがこの鍵は引っかかりがない。
奴はただ差し込んだだけ。
つまり、捻る必要がない。ただいれるだけでいい。型よりも、材質、長さ、または差す資格が重要なのだ。
(もしくは、魔力などの伝導、シグナルか)
「材質は?」
「わからねえ。塔と同じ謎だ」
塔周囲を形作る成分と同じ、もしくはすべてが謎なのか。
「お前は本当に門番なのかよ」
ディアンとシリル、交互に尋ねられて必死にシヴァは答えている。そう、必死なのだ。隠すことと、答える内容があやふやで余裕じゃない表れだ。
「ディアノブルの主は、塔の鍵の本物を持っている。その本物は見たことがないし、どういうものかはわかっちゃいない。だがその主が眠りについた時……欠片を継承した。その一つを俺がもっていたわけだ」
「よくわからんな」
シリルは続ける。
「塔の鍵とはなにか。主はなぜ眠りについたのか、そしてなぜおまえに伝わったのか」
シヴァは頭を掻いた。大きく息をつく。
「そのディアノブルの塔は現在、約束の時を待ち眠っている。本来は“まだ”のハズだったんだ。だが姫さんが入り、塔が目覚めそうになった。だから一時的に塔を抑えて姫さん抑えた」
「なぜおまえが従者なんだ」
「……」
結局は同じだとディアンは告げる。
「お前は同じ説明しかしていない。なら時間の無駄だ」
役立たずは消えてもらう、そう言外ではっきり告げる。小出しにするだけでろくな情報源じゃない。
「待ってくれって。今回姫さんが取りこまれたのは、俺も想定外だった」
先ほどから落ち着きなく、何度も説明をさせてくれと懇願している。これは演技ではない。
「従者とは?」
「……正確には、塔の主のことだ、そっちに俺は従っている、というより勝手にそうしてる。ただ、あっちが起こされたがってないのもわかってる」
「リディアの娘、という奴のことか?」
そんなことは信じちゃいない。
「お前が、塔の主を助けたい理由は? どこで会って、なぜおまえがそうするのかは相変わらずわからない。リディアの娘という非現実的な話を聞かされ、お前が真実を明かさない以上依頼は破棄する」
出ていけ、とディアンは顎で出口をしゃくる。シリルがシヴァの腕を掴む。力では敵わない、引きずられて出て行こうとするシヴァがディアンを振り返り必死で叫ぶ。
「待てよ! 頼む、もうひとつの鍵は紅妃が持っている。ファズーンが与えた」
シリルが足を止める。問いかける目をディアンに向ける。
ファズーンの様子を思い出す。アイツはリディアが取り込まれた時同じように焦っていた。だが鍵を使うシヴァを驚いていた。鍵の存在を知っていなかったのか。
鍵の形状が違う可能性がある。だが、赤妃に与えられたという情報も怪しい。赤妃はファズーンに好かれていない、そんな重要なものを与える理由はないし、あの女がこのみすぼらしいものを欲しがるとは思えない。
「俺は――貰ったんだ」
必死な顔、これは真実か。ディアンはひとつの保留事項を指摘することにした。
「ヴァルハラでは、身体に傷をつけえるのは栄誉、高貴な者だけ。だがハラールでは罪だ。ハラールでは罪人扱いされるような処置を見せつけるのはなぜだ」
いつ頃から始まった処置だと文献にないが、ハラールは罪人に押印をしていた過去があり、身体を傷つけるのは推奨されない。
一方、ヴァルハラではピアス、入れ墨などは高貴な者しか許されない。隣同士の国で意味が正反対になった理由は不明だが、ここでシヴァが堂々と晒していたのは、なぜか。
臍に開けたピアスをこれみよがしに見せていたのは、街で高貴な者と思わせる虚栄心だけを満たすためだと思っていたが違うのか。
「それも答えられないのか」
「……ハラールに帰らない、その決意だ」




