68.逃がすかよ!
「リディア!!」
そびえたつ巨大な塔、混沌の渦のような人がごった返す街中で、塔の周囲の広場だけは、まるで隕石が落ちた痕のように遠巻きにされている。
聖なる領域、または禍つもののように。
構うかよっ、叫んでディアノブルの塔の前に飛び出たディアンは、すぐに脳内で魔法を構築する。
「どけ!!」
ファズーンを押しのけ、扉の取っ手を掴み同時に扉の表面に力をぶつける。風、土、金の属性を組み合させた力づくしの魔法。普段ならば、触れずとも衝撃で扉を吹っ飛ばすほどの威力が発現するはずなのに、表面で空気が揺れただけで、扉はびくともしない。
「くそっ」
たやすくリディアが開いた扉。取っ手は触れるとディアンに痛みを与え、掴むことさえ許さない。それでも無理して掴めば、肉を焼く匂いが立ち込める。
「ちっ」
掌が、肌が焼かれた。仕方なく離し、睨みつける。この中にリディアがいる、持っていかれた。それは、間違いようのない事実。
「貴様!」
後ろにいるファズーンがディアンの肩を掴む。お前なんかどうでもいい、どいていろ、ならば殺す。
「じゃまだ!」
塔は壊せない、なら。
「なぜだ――」
「俺が聞きたい、こういうことはあるのかっ!?」
ファズーンに答えは求めていない、口先で問うが多分リディアだけが特別なのだ。その意味はなんだ、塔の意図はなんだ。
リディアを呼んだ、むしろ盗んだ。自分は、拒絶されている。ならば、壊す。
魔法の基礎となる六属性は除外し、この世界では知られざる上位存在を引き寄せる。火と風の元祖神に壊せと、水と風の女神に中のリディアを守れと、そして金と土の太古神に自分を守れと。
それぞれが動き出したときに、不意に眉を寄せる。――奇妙な音が響く、空気の振動に鳥が飛び立ち、木々がざわめく。
ディアンの別世界の王たちの召喚のせいじゃない。周囲に意識を伸ばし広める。
(なんだ……)
ファズーンの取り巻きが、捕まえようとむき出しの剣の切っ先をむけ、半円を描く。
「いい、手をだすな」
ファズーンの命に奴らが剣を収めるが、そんなことはどうでもいい。
ずっ、と地面が横に振動する、嫌な予感が一気にはしる。肌が粟立つ。
金土の王が、警告をする。
《我らが王よ、次元が開かれまする》
太古神の警告に、ディアンは目を見張る。
「地震か?」
ファズーンの声が遠い。
「っクソっ、持ってかれるっ」
塔の基盤、支える水晶が音をたてて砕けていく。地面は立てないほどに揺れ、塔が歪む。そして地面が何度も上下する。地震かと皆が騒ぐが違う。
塔がずれ、振動している。まるで、地面に縫い付けられた足を外そうとしているかのように。
点滅するのは、ディアノブルの塔。それは、目がぼやけていくかのようだ。
次元が、開かれていく。一枚、二枚どころじゃない、つぎつぎと扉が開かれていく。
「行かせるかよっ!!」
塔が、リディアを取り込んで逃げようとしている。別の次元に飛ぼうとしている。
開かれた黒い円は、まるでブラックホールだ。ディアンは、その先の次元を閉じていく、目に見えないその先を次々に閉じて逃げ道を塞ぐ。
次元は、何千、何億、何億万、まさに無限大だ。額から汗が滴る。いくらでも、この先を閉じてやる。
逃げようとするディアノブルの塔と、ディアンの根競べだった。
「――どけっ」
まさか自分を退かせようとするやつがいるとは思わなかった。ただソイツが手にしていたモノから何かを感じた。ディアンが場をわずかに譲ると、シヴァは懐から出した鈍く光る赤銅色の鍵型のものを扉に当てる。
扉には鍵穴がない。だがその手前に穴が出現する。まるで誂えたかのように反応し、そこにシヴァが差し込むと塔が振動を止める。ズンという音を最後に大人しくなる。
まるで塔が眠らされたかのようだった。
(やはり、この塔は生きているのか?)
意思があると言われるディアノブルの塔。それに嫌われているのは構わない、だがリディアをくれてやるわけにはいかない。
後ろに立つシヴァを勢いよく振り返る。
「お前は……!」
言いかけてディアンは質問を変える。
「それはなんだ!? 全てのカードを出せ!!」
塔の主を助けろと言いながらも、全てのカードを出されないことには、もううんざりだった。どうせシヴァも役目を果たしてこないのであれば塔のことは聞かなければいい、そう思っていたが、この塔はリディアを狙っている。
――ならば話が違ってくる。
「その前に、お姫さんを助けた方がいいんじゃないの?」
ふざけた調子だが、奴の額からは汗がにじみ、そのせいで赤毛が濡れている。上下する肩、かなり力を使ったという感じだ。
「――後で、死んだ方がいいという目にあわせてやる」
ファザーンが手をかけても開かない。シヴァが示したという事は、ディアンには動かせるのだろう。その予感がある、ディアンが押せば力を入れずともこれまで何だったのかというようにゆるりと開く。
その床に倒れ伏していたのは、リディアだった。




