67.塔の中
招かれないと入れないと言われている世界の神秘の一つ、ディアノブルの塔。簡単には入れてしまったのは、ここが違う場所か、それとも実は、それがただの噂だったからか。
(違う)
だって、ファズーンもディアンも入ってこない。彼らは入れないのだ。改めて周りを見渡す、どうしよう。
沈黙が落ちている。彼らの声が聞こえてこない。よほど分厚い扉なのか。
闇の中に閉ざされて一人きり。
でも――悪いものはいない、キモチが悪くない、そう思い背筋を正す。
声があまり響かないのは、空間がさほど広くないのか、それとも物や壁の材質によって吸収されてしまうのか。
闇で何もないと思ったけれど、目が慣れるとうすぼんやりと壁に書架があり本が並んでいて、目の前に書架台があるのがわかる。
『――求めるものは、何?』
不意に、声が聞こえてくる。少女のような、少年のような中性的な声。少しだけ大人びているけれど、砕けた口調で老成したものではない。
「え?」
『求めしものを、答えよ』
「あの。えっと……」
次は、格式ばった言い様に聞こえる。答えないリディアに業を煮やしたというより、決められた言いざまを繰り返しているようだ。
智の宝庫である図書館都市の神髄のディアノブルの塔に来たのに、何を得たいのか全く考えていなかった。なんていう間抜けなのだろう。
例えば、自分の記憶とか?
――違う、そうじゃない。
でも何もでてこない。時間を稼ごうと、何かを言おうとした瞬間だった。ふっと床が消えた。
(うそでしょう!!)
叫び声をあげて、リディアは下へと落ちて行った。
まさか、答えられないと処刑とか。そんな目に合わされるとは思いたくない。落ちていきながら焦るが、いつまでも落ちていると次第に慣れていく。地面につかない。
目をあけて呆然とした。周囲にはたくさんの光景が浮かんでいた。そこにいるのは自分の姿だった。小さい自分はずいぶんと怯えた顔をしている。それから、ディアンやシリル、ディックもいる、キーファや知らない男子もいる。
「これって、私の過去……?」
自分の記憶をみせられているのだろうか。けれどそれが自分のモノだと実感ができない。まるで映像をみせられているかのようだ。
――求めていたのは、本当にこれ?
自分で自分に問いかける。
知識。
ここは、智の都だ。魔神、薬、シヴァの主人。それが――欲しい、もの?
ふと落下が終わる。地面に足がついていない、空中に浮かんでいるような感じ。
でも、それがおかしいとは思わない。
目の前にはスラリとした体格の長身の男性がいた。高い背に広い胸、赤い瞳とオリーブ色の肌の珍しい組み合わせ。怖くないのは、目が柔らかく細められていて気の優しい大型犬のような包容力を感じたから。
「リディア。この子は――目覚めを望んでいない」
その後ろには、何か――棺のようなものがある。いや透明な台、手術台ともちがう、細長くて、古の儀式に使われる生贄のような寝台。
「その人が、ここの主? あなたは、誰?」
その中の人の姿は見えない、ただ女性のようだ。そして目の前の男性は少し寂しそうに笑った。
「僕は、この子の守り役」
「守り、役?」
「そう。君は今、夢に迷い混んできてしまったんだ」
夢?
「……ねえ、私、あなたに会ったことがある気がする」
彼は寂しげにそして優しく笑うだけだった。
背後の女性はよく見えない、もどかしい。何か違う、夢はこの子の夢? 誰の夢?
違う、全て違う。
『塔の主人を起こしてくれ』
シヴァの声が響く。この子が主人? そうじゃない、シヴァに言われたからじゃない。
この人が自分を入れてくれたのは――呼んだから。呼んでくれたから。
「私、あなたを――あなたを!」




