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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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62.水上都市


(どうする、どうするのー!!)


 キーファにどうするのかと問う間もなく、リディアはファズーンに連れ出されてしまった。支度をしろと言われ何かと思えば、軽装の上に白のフードつき外套を纏わされる。


 ヴァルハラは水路、魔獣の森、そして砂漠に囲まれた国だ。そして紅妃の赤花宮は城郭の最北端。

 この宮殿の裏門から馬車で揺られて数十分、何の説明もなく桟橋から船に載せられてヴァルハラの妃の宮城を含む城郭を囲う狭い水路をすすめば、ようやく本流にでる。


 ここからが図書館都市の水路の合流地点だとわかったのは、水の色も流れも雰囲気もガラリと変わったからだ。

 まず、流れが緩くなった。水の色は翠になり底は浅く水草が見え隠れするのに、時々青く見えなくなる。深さは場所によって違うのだろう。

 

 川幅は広かったり細かったりまちまちだ。水面すれすれのバルコニーや橋、なぜかカフェテラスが川の上にベニヤ板を張り出して今にも向こう岸につきそうだったり、向こう岸に渡されなかった橋の欠片が飛び出ていたり、建造物の自己主張は強すぎて、それに合わせて船の方を細くせざるを得なかったという感じで縦に長い。


 船頭は気にした様子もなく、上手に船を縫うように進めていく、まるで上手く船をこぐのが腕試し、というようだ。

 黒く塗られた船は正面も左右も金の縁取り。

 豪奢な装飾からこの船は貴人用だとわかる。しかもファズーンは姿を隠していない。どうどうと船の前に立ち、なびく髪をさらしている。


 色違いの目は細められて街の奥まで見つめ、まるで眩しいとでも、自分の街が愛しいとでも言っているかのよう。でもよくよく間近でみると、鋭い眼光がさらに先まで睥睨している。


 ちらほら民が集まり手を振ってくる、堂々として姿をさらしているファズーンは慕われているようだ。


(ここが、図書館都市……)


 一方で、リディアは都市に魅了されていた。まるで迷路だ。たくさんの大小さまざまな水路の上の街路は交差して法則がない。いくつもの橋が渡されて、船はその下をくぐり抜ける。


 リディアは、ファズーンにその肩を抱かれていても、物珍しさからそんなことはどうでもよくて押しのけるのを忘れていた。


 上の道をたくさんの人達が歩いている。たまに水面近くに窓があって、そこから覗く顔がある。ある程度大きな店の前には船着き場がある。だがとことろどころ、金具のポールが立ち網が張られている。それは武骨だ。


「工事しているの?」

「ああ、最近地震があったからな。崩れた壁や建物を修理させている」

「――あの襲われた時の事ね」


 ジャイフの魔神と闘った時、宮殿も揺らいだが街にも被害があったという。


「古い家や地区の改修、修繕に金を交付し、仕事にあぶれていた者を雇う。人死にはなかったし、良い機会になった」


 彼は街からリディアに目を戻し、胡坐をかいて座る。今回は、街の視察が目的と言ってくれればよかったのに。


 他の妃嬪だとイチャイチャしなきゃ拗ねるものね、と言えば、ファズーンは日に照らされた片眉を跳ね上げる。


「お前ともイチャつくのが目的だ」

「やめて」


 けれど、ファズーンはリディアの細い手首を引き寄せる。バランスを崩しそうになったリディアの腰を支えて胡坐を組んだ自分の足の中に座らせる。


「――やめ……」

「具合はどうだ?」


 あれから一週間。今では何ともないが、ファズーンのリディアのへの偏愛ぶりはさらに増した。政務以外はリディアの宮殿で過ごしている。リディアの発作の時にジャイフは来るが、薬を調合させさっさと下がらせあとは自分で飲ませようとしてくる。


 それをリディアは拒否し、自分で飲もうとするが、彼はさせない。地震があったことは知っているペトラ達もまたもやファズーンの偏愛ぶりに喜び、二人きりにするばかり。


 怪我も治り、今回連れ出してくれたのは感謝してしまう。いや、感謝する必要はないのだけど。


「視察が目的だ。お前はそのカモフラージュだと言えば大人しくするか?」

「……わたしの利益がないじゃない」

「そうか?」


 耳に唇を寄せ囁き、リディアの髪をかき上げる。その顔を見返すと微笑の中に不敵な笑みが浮かんでいる。ただ言い聞かせ従わせようとするのではなく、ゲームに挑むか、という誘い。なのに、その手がリディアの薄衣の腰と手を支えているから妙に意識してしまうのだ。


「お前は街に出て眺めることができる。それは益がないか?」

「……とても魅力的よ、ありがとう」



 リディアは降参して、息をつく。ただ気づいていた、アイスブルーの目が湖面の光を浴びて楽し気に輝いているのを。

 男性的で力に溢れた王様に外界に連れ出され彼と過ごす、本当はすごく優越感に浸って、胸が弾むはずなのに。


 彼の目はリディア越しに街を見ている、それを見て気づく。

 彼は――女を抱きながら、見ているのは遥か彼方。自分の治める地、そしてこれから征する場所なのだ。腕の中にいる女に意識は向けていない。

 

 ただの触り心地のいい、ぬいぐるみみたいなもの。手の中の感触を楽しむためにいる。本気だ、好きだと言いながらも、そんな存在なのだ。


 そう思えば、言い争いをしても無駄と思う。


(彼に、それを認めさせようとしても無駄だけど)


 それが彼の女の愛し方、なのだから。

 

 強い太陽の陽光にさらされた髪は水面からの光も反射してキラキラ輝いている。彼は宮殿の中にいるべき人じゃない。太陽の下で足を力強く踏みしめているのがふさわしい。

 リディアが切った髪は、理髪師に整えさせたのだろう。耳にかかるぐらいの長さで梳かれている。


「――紅妃の遊びは免れたな」


 不意に言われリディアは顔を強張らせた。


「アイツの遊びは知っている、洗礼だな」

「放置しているの?」


 少し怒気をにじませて見つめ返すと、彼は真顔だった。


「黄妃と海嬪の機転で逃れたか、具合はどうだ?」

「知ってたの……?」


 言葉をとぎらせたのは、魔法師団の彼らの事。

 でも、その懸念は一蹴する。すんだことだし、彼らと会ったことがバレても何の問題もない。


「アイツらが来たのだろう」

「……」


「紅妃の企みぐらい逃れられなくてはここではやっていけない。あの魔法師団にいたわりにお人よしだ。おまけにお前は薬が効きやすいタイプの魔法師らしい。……案じていたが、存外元気そうでなによりだ」

「……そうね。あなたはもう調べたのでしょうけど、私は薬が効きやすいみたい。だから具合が悪くなって、師団の彼らも会いに来てくれた」


 開き直りかけてリディアは顔を青ざめさせた。リディアの碧佳宮の兵達に処分が及ぶ可能性がある。前にも脅されたのだ、師団の侵入を認めれば何を言われるか。



「――ここの警備も甘い、ハラールに攻められても仕方あるまい」

「視察は、ハラールを探るため?」


 街の修繕を見るのさえも口実、ここはハラールと領土を分け合っている、かの国の動向を見るためだと気付いた。


「いいや。寵姫を楽しませるためだ」

「ちょっと」

「――せいぜい協力しろ。寵姫におぼれる王だと思わせたい」


 彼がリディアの腰に手を回し、耳元で囁く。


「そうすれば、奴らの侵入を許した兵や侍女を許す」


 なんで、この人接触が激しいのだろう。


「お前の腰は細い、このなだらかなくびれが男を惑わす」

「ちょっと!」


 抱きぐるみと思おうとしても、自分がそうなりたいわけじゃない。

 手を外そうとねじると、その手を握り締められる。


 彼の剛毅な笑い声が湖面を走りリディアを追い越していく。風でフードが視界を隠す、邪魔でリディアが背に払いのけると、ファズーンがかけ直す。それをまた払いのける。


「日に焼けるぞ。その透き通ったアラバスタ(白色の石)のような肌が」


 確かに、日焼けで痛んで後悔するのは自分かも。でも今は少しだけ。ファズーンは諦めて背後の従者に白い帆を張った傘を差しかけるようにと合図していた。


「王様――!!」


 子どもたちの声に、ファズーンがリディアの腰を抱く。


「その美しい人は誰?――」

「リディアだ。私の妻だ」


 落ち着きのある低くても張りのある声で返事をされて、リディアが肩を揺らした。


「やめて、嘘を言わないで!!」


 否定の声は子どもたちの歓声にかき消される。日に焼けて赤茶けた肌に、赤銅色の髪。目は茶色や、水色や緑色の子もいる。ただしリディアのように白い肌の子どもはいない、ただし妃嬪達のように褐色の肌で、黒目黒髪の人間は少ない。


「この水上都市はハラール国の影響を濃く受けている」


 リディアが振り返れば、ファズーンが何も聞かなくても応える。ハラールは敵国じゃないかと思ったが、皆好意的だ。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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