61.キーファの危機!?
ファズーンが赤花宮に尋ねてきたのは、朝の挨拶の時だった。いつも通りの女のひそやかなる嫌み合戦の最中のこと。
リディアは、たぶん巻き込まれていないはず。紅妃の登場に皆が挨拶をすれば、彼女は優し気なアルカイックスマイルを発して、今日はお茶を振舞い、今度のメルクリッサ神の祭りの話をする。
それぞれ妃嬪達に粗相をしないように、陛下への贈り物をするようになどなど。最近は、蓮嬪は益々派手になり、かつ紅妃について褒めまくる。他の嬪も紅妃をほめて、どうやら最大勢力はやはり紅妃のようだ。
振舞われた花茶を飲みながら、乳菓子をつまんでいたら蒼妃がこっそりと話しかけてくる。
「碧妃、あなたが心配になって」
たれ目がちな目元は、優し気だけどいつも物悲しそう。その雰囲気もあってか、紅妃の会合でも軽んじられている雰囲気を感じる。彼女自身も遠慮がちで、侍女以外は傍に誰もいない。
「あら蒼妃様。さっそく碧妃様を味方につけようというのかしら?」
嫌みな声で言ったのは、嬪の一人、たしか杏嬪という人だ。
「陛下からすっかり飽きられて、もう何年も一人。溺愛されている碧妃に取り入れば、おこぼれにあずかれるかもしれないですものね」
まだ若くぽってりとした瞼に桃色を染めた顔は、眠たげだけれどやはり可愛らしい色気がある。けれど言葉はとげだらけ。悲し気に目を伏せた蒼妃が気の毒になる。
(そういうのは、嫌だ)
「碧妃様と仲良くなりたい方はいっぱいいるの。ぜひ私の所にもいらしてね。碧妃様」
そう言って目の前にしゃがんできたのは、柳嬪。年はリディアと同じくらいだろうか。薄い一枚の衣装で屈めば、谷間どころか豊かな双丘がこんもり見える。
彼女は薄手の衣装にじゃらじゃらと金が連なるネックレスや腕輪をつけていて、やや肉厚な体型にまとっているけれど、それも色気だ。
細身のリディアより男性を魅了する。
「ふふ。女同士のお話をしましょう?」
何度もお茶会に誘われているがまだ行っていない。紅妃がチラリとこちらを見た。
(ヤバい)
これは対立の渦の中。というよりも、自分が中心?
後宮で一番位が高いのは四妃。そのうちの一人がリディアだ。けれど、子を成して一番長くいる紅妃が重んじられている。だが、リディアに話しかけてくる嬪も多い。
時折、ねっとりとした狙いを定めるような紅妃の視線を感じることも多い、それもまた嫌。
対立しているわけでもないのに。いや、紅妃派対自分派?
逃げたい。
そう思っていた時に、我らの陛下、ファズーンが堂々と薄い布地のお召し物を翻してやってくる。皆が一度立ち上がり、頭を下げる。
「よい、座れ」
「感謝します、陛下」
そう言って、ファズーンは紅妃が譲ろうとした席を手で押しとどめる。
「陛下、突然のお出まし恐縮ですけれど。まず使いを出していただけませんと」
嫋やかに責めているようで、全く。むしろ頬を染めて嬉しそうだ。自分の宮に皆がいる前で尋ねてきた、これほどの優越を感じさせるものはないだろう。
「このような格好で恥ずかしいですわ」
女性って好きな男性の前だと声が跳ねあがるんだよなーと暢気に思いながら、リディアは再度乳菓子に手を伸ばす。ココナッツがまぶしてあって、中がお餅みたい。これ、結構好き。
「いい、すぐに出る。碧妃、準備をしろ」
「……」
しん、と場が静まり返る。紅妃の額は髪をゆいあげているから、額とこめかみがまるわかり。その目元がひきつり、青筋がたったのが確かに見えた。
(……ひっ)
あまり経験がないけど、記憶がなくてもわかる。こんな風に女性から恨まれた経験がない、いやあるかも。あのディアンとつきあっていたならあるかも。
リディアの頭の中は混乱しまくりだ。
「――陛下。お一人にご寵愛を集中させるのはどうかと思いますわ。他の妃嬪達にもまんべんなく分け与えていただけませんと」
低く唸る声が喉から絞りでる、アルカイックスマイルがまるで幽鬼のようだ。枕元に立ち、首を絞められそう。
「そうか」
そう言って興味なさそうに、視線をぐるりとまわしたファズーンの目は紅妃やこの間までご寵愛していた蓮嬪を通り越し、そして海嬪、つまりキーファの上で止まる。
(……ひい!)
リディアの肩が揺れる、やばい。それも見られたかもしれない。しかし海嬪は軽く首を傾げて口元をゆるりと笑わせたまま。そのゆったりと口角があがっていく笑みは、とりこになりそう。
「確か海嬪と言ったな」
「はい。陛下、覚えて頂いて光栄です」
「今晩はそなたを指名する」
キーファはゆったりと頭を下げた。




