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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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60.リディアへ向かうもの


 背後に立ったディックに、無言で答える。何かがあった場合は彼らが助けてくれる、という甘えがあった。


「今回、お前は外れた方がいいんじゃねーのか」

「……」


 冷静さを欠いている、それもあるが。図書館都市から徹底的に拒絶されていること、それも指摘されている。場との相性が悪いというのは誰にでもある、それは任務に向いていないということ。

 でも、それでも、引けるか。


「俺は、リディアに捨てられる、ことが怖いのかもしれない」


 呟けば、はああ? という裏返った声が返ってきた、らしくない。とんでもないことを言った。


「捨てられちまえ、そしたら――」


 そう言ってきったディックの声には苦さがあった。

 ディックは兄代わりを貫いているが、リディアを好いている。恋どころか愛に近いものだと感じている。傷つけないように、悩ませないように、自分の感情を押し殺す、そんな奴だ。


 もし自分に何かがあれば、ディックがリディアを守ってくれるだろう。

 が、――面白くない。


 唐突な感情に、ディアンはむすっとして腕を組んだ。


「リディアは、魔法を失くしていない」


 ディックは黙って聞いている。


「魔神に襲われた時、防御膜を張っていた。無意識の防衛反応だろうが、勝手に発動させていた。恐らく記憶が戻れば、魔法は使えるようになる」

「魔力も残ってるしな」


 ディアンが向けているのは自分の意識の中だけだ。整理しなきゃいけないのは、なんだ?


「これまで、図書館都市に来ても何も起こらなかった。時と存在が関係している。今という時。それから――リディアという存在」

 

 リディアを連れてきた、だからこそ塔は動き出した。昔でも塔は動いたのか。いや、違うだろう。


 取られたマクウェルという自分の姓、失くした指輪に記憶。リディア・ハーネストに戻したかったのか? 婚姻する前の状態に戻す?


 だったらもっと早く、リディアが自分と婚姻を結ぶ前に攫ってしまえばよかった。グレイスランドの戸籍を弄れるならば、そのくらいできるだろう。


「塔も、あの都市も俺を反発している。だが過去にはそんなことはなかった」

「――だったな」


 任務にはディックも同行したこともある。だがこれまでは何事もなかった。


「恐らく。今のリディアを欲しがっている。そして(ディアン)もセットだ」

「ああ? アンタが邪魔なんじゃないの?」


「――この反発は、俺を意識している。呼び寄せておいて」


 結界は張った人物の性格や意識を感じることができる。街一つを囲み、しかも自分の力に逆らえるなんて、あり得ない。ここの塔を含む街を守る術式は無駄がない、単純だが強固、ただし柔らかさもある。


 自分が張る防御膜は強固、隙がない、力技で押し返す。これとは違う。こんなのを張れるのは、師団の団長クラスだ。今回もリディアの危機だから通してくれた、やらせてやるという感覚だった。


 針の孔ほどの小ささで、わざとあけてやったという実力を測っているのも感じられた。


 ――張られたのはかなり昔。あり得ないが、黄金期のものなのか?


「アンタを嫌いなんじゃないの?」

「……俺が来るのを予期していたか。もしくは生きていて反応している」

「……塔の主人か」

「リディアと俺が必要だった、結ばれた後の俺らが。ただし俺を拒絶している」

「”結ばれた後”ってなんだよ」


 ふとディアンは眉を寄せた。ディックの言葉が重要に思える。結ばせることは重要だが、その後に離したい。どういうことだ?


 しかも敵意が甘い、これだけの結界ならば反撃に出てもおかしくないのに。ただ弾くだけ。


「反抗、か?」

「あ?」

「この結界は――俺に対する反発、反抗を感じる。誘い込んで目の前で扉をぴしゃりと閉ざした感じだ」

「……まさか、反抗期とかいうんじゃないだろうな」


 なぜか、そういう気もしてくる。


「もう一つ。魔神には魔法攻撃が効かないが、魔界の者――つまり魔族の攻撃なら効いた」

「……」


 効かないのは魔法だけ。それもどういう意味だ? 師団は魔を帯び人間を襲う魔獣を倒すことを生業としている。それへの攻撃で使うのが魔法。


 ただディアンは魔界を攻略したことがあり、知恵のある魔界の住人達――いわゆる上級魔族を召喚することができる。

 その攻撃ならば、この魔神に有効だとわかった。


 しかも、魔神へ攻撃した時は、反撃どころか攻撃してきた。結界は反撃してこない、それも異なる。


「ジャイフの呼び出す魔神と、結界ってのは別で考えた方がいいのかもな」


 ディックの言葉に頷く。


「魔神に魔法攻撃が効かないのは本当だ。だが、魔神はジャイフの命令で俺らに攻撃してくるだけ。――障壁を張ってるのは別物だ」


 ディックの言葉を沈思していると不意に奴が口を開く。


「――北の方の動きが怪しいぞ」


 ディックの報告と照らし合わせる。

 自国――グレイスランドは今のところ平和を保っているが、永遠に安泰なわけじゃない。防衛を担っている自分達が裏で動いて維持しているだけだ。


 現在、表向きはどことも揉めていないが、隙あらばと戦争を吹っかけてくる国もある。その筆頭が、リディアの母国、シルビス。


 一時はシルビスの王女と婚姻を結び、王となったリディアの兄が周辺諸国と組んでグレイスランドに攻め入ろうとした。ディアンにとっては苦渋の選択だったが、リディアの兄を殺し平穏を取り戻した。


 現シルビスでグレイスランドに逆らう者はいない。グレイスランドに有利な条件で協定を結び、国交は正常回復。監視下に置き、大使も使わせている。だが――その芽は土の中に隠れているだけ。


 かといって出てきていないものを刈ることは難しい。


(リディアがこの国に囚われたことと、シルビスの水面下における反グレイスランド派の動きは無関係か?)


 すべてが彼女を中心に渦を巻いている気がする。どこもが手を伸ばしリディアを奪おうとする。それを取られまいと引き留め、錨を降ろしているのが自分に思える。


「――何だ、これは」


 不意に地面が揺れた。さきほど地獄の騎士は既に去った。ジャイフの魔神も姿を消した。なのにまた、都市が揺れている。


 ディアンの攻撃に誘発された地震かとディックが去るように促す。埋もれたら洒落にならない。


「おい、ボス?」


 だが、ディアンは手をあげて制する。

 わずかに街が崩れ、いくつかの隔壁が崩れている。そして水路が崩れ、水が街中に溢れている。


「スコープを……貸せ」

「ああ」


 ディックに言えば渡されて凝視する。アスタリスク状の障壁が壊されて、水面が現れている。その塔を写す水鏡には、別の街が露わになっていた。

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