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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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58.ファズーンの想い


 ――目が覚めたのは碧佳宮だった。


 リディアを見て一番安堵を表情に浮かべたのはファズーンだった。侍医が頷き離れていく。彼が手をあげて、周囲の者達を下がらせる。


「驚かせてくれるな、リディア」


 寝台には乗らず、床に膝をつけ寝具から出たリディアの片手を握る彼。王者が床に膝を付けるなんてありえない。それどころかずっとついていたのか。驚いて枕の上から首を動かすと肩に激痛が走った。


「うぅ……」


 歯を食いしばると、彼が身を乗り出し顔を険しくさせる。


「動くな。お前は全く……無理をする」

「……あれから、どれくら……わたし、どうし」


 喉が掠れて声がでない。腹部も大腿も痛い。


「お前が気を失い半日だ。侍医は酷い打ち身だというが、骨は折れていない。あの衝撃なのにその程度なのは奇跡だ」


 リディアは目を閉じて息を細切れに吐いた。一気につくと胸が痛くなる。あの時予感した通り打ち身で済んだのはよかった。


「――あれはジャイフの仕業だな」

「なぜ?」


 わかったのか、と問うと彼は少し黙る。青と琥珀の目がリディアを一心に見つめている。その視線がどんどん強くなっていくのが怖い、リディアへの感情が深くなっていきそう。


「ジャイフに向けて剣を振り下ろした途端、お前が吹っ飛んだ。そう考えるのが当然」

「彼を……あやしい、と思わないの?」


 そこまで言って息が切れる。乙女にされていることに未だに納得していない。ジャイフを怪しいと思っても彼はそれを利用している。


「思う。が、互いに利用をしているのは利益があるから。だがお前を傷つけるのは許さぬ」


 彼はそう言って、リディアの左手を両手で握り締めた。目を伏せて甲に口づける。

 制止しようと起き上がろうとしてまた走った身体の痛みにリディアが呻くと、それをやめる。


「――動かず、聞いてくれ。痛み止めを追加した。効いてくる少しの間だ」


 リディアは、仕方がないと寝台に戻り頷いた。


「――俺の母親は、媚を売り味方を増やす女だった」


 目を閉じる。


「世の中の人間は、自分の味方か敵か、二択しかない。侍女も下僕も国民もすべてそう。どちらでもない者は許さない」

「――後宮だもの」


 自分本位、自分が唯一、妃嬪達を見て肌で実感した。


「いや。アレは子どもの頃からそうだったらしい。召使も友人も。言葉巧みに味方になるように哀れみを乞い、味方になるものだけで周囲を固め、そうじゃないものには報復を与えて潰す。そうやって生きてきた。世の中の人間は味方でも敵でもないというのが理解できない」


 ファズーンのいう事は理解できた。そういう人はいるだろう。リディア自身は関わりたくないから離れているけど、その揉め事に巻き込まれる人というのは案外多い。


「そうやって、この後宮を制圧し皇后の座を得た」

「――それもまた能力、よね。後宮で力を得るための……」


 他の世界では厭われる存在でも、彼女は向いていたのだろう。ファズーンは握り締めたままのリディアの甲、薬指の根元に再度口づけた。目を閉じていたリディアが気づいた頃には既に唇は離れていて、彼の青い目が皮肉気に笑っていただけ。


 リディアは手を引き抜いて睨む。尊大な笑みではないのが憎らしい。なぜか寂しげで訴えかける。他の妃の前では見せない弱みをリディアに漏らしている、そうすると自分の性格上ほだされてしまう。

 

 やめてと言いたいけど、この状態では振り切って逃げられない。


「お前は、本気でジャイフを切ろうとしていたな。見事な太刀筋だった」

「ほめるの……?」

 

 彼はファズーンの片腕なのに。


「魔法はわからんが、あの腕は見事。ただ次はやるな、俺が代わりに殺る」

 「お前を失うくらいなら奴などいらん」と続ける。


「……」

「お前は自分の価値がわかってないようだから何度でも言ってやる。俺は、媚を売り、自分の周りを見せかけの好きだけで固める、そうじゃなきゃ不安でいられない、沼のような人間などいらん」


 確かに、後宮の中に身を置いてみると引っ張り合い蹴落とし合いの女性達の本性が見えてしまう。あの中で誰かを愛せと言われれば難しい。自分(ファズーン)に媚びる女性は、自己愛が強い。


「私の性格だってわかってもいないでしょ。それに……人は変わる」


 黄妃は言った。人は変わる、と。後宮にいれば、変わっていくしかないのかもしれない。


「太刀筋を見ればわかる。その人間の性質は」


 リディアの掌を上に向けて、皮膚を撫でる。


「剣は得意ではないな。場数は踏んでいたが、ジャイフの能力は未知数。不得意な獲物()で切り掛かったのは甘さだ。だが性根はよい、指揮をとらせるより後ろをあずけた方が安心できる相手だ。その性格は変わらない、裏切らない」


 褒められているのだろう。欠点も言われたが、長所を伸ばす言葉。容姿のことを言われるより嬉しくて、反論できなくなってしまう。


 更に撫でる指。皮膚の硬さを確かめているよう。彼は自分より強く、将軍の名に恥じない指揮官だ。未熟さを判定されているようで恥ずかしくなる。


「腕はなまっているな。古い皮膚が落ち、新しい皮膚は柔らかい。ここ数年鍛えていないだろう」


 きっとそうだろうとは思う。剣を握っていた記憶さえもないのに、すべてが納得させられた自分に気づき悔しい。口を開きかけると手を撫でていた彼の人さし指が唇を押さえる。


 不意打ちだった。


「鍛え方で恥じ入る妃なんていない、それなら別の所を鍛えろ」

「何を!」


 セクハラ、と言いかけると指先が口の中に挿し込まれる。慌てて口を閉じたのに、入り込んだ指先はリディアの内唇を左右にゆっくり撫でた。


「どこと思った? 頭を、知恵を働かせろと言ったのだが?」


 起きて手で払おうとすると太ももを撫でていた手の肘で身体を抑え込まれる。流す目がリディアの下腹部をさらい、下肢へと注がれる。どこが彼の情欲に火をつけてしまったのだろう。


「言ってみろ――どこを鍛えろと、勘違いした?」


 顔が赤くなっていくのを我慢して、目と目を合わせて睨み、牽制するしかない。口を開くと指が入ってくるから何も言えない。ゆっくり感触を楽しむように蹂躙していた指が離れる寸前、リディアはそれに嚙みついた。


「失敗だな」


 歯が指を滑っただけだった。彼だって多少は痛かったはずなのに平然としている。リディアは音を立て上下の歯で唇を噛んでしまい痛い。


「それともまた咥えるか?」


 咥えるか、なんて。口に指を入れられた、濡れた唇の湿り気を広げるように撫でられた。指を差し入れられて、歯を撫でられて妙な感覚になるなんて。


 舌先に太い指が触れた感触をまだ覚えている。


「痛い思いをしただろう、呆れたな」


 二つの目は憎らしいが、色は美しい。リディアの返事を待ちどんな返答でも逃げ場を塞いでやると言わんばかりに見つめてくる彼を睨んでいると、妙な感覚に囚われている。


「その唇、奪ってやりたくなる。が、今は痛そうだから勘弁してやる」


 拳を握り、怒りに震えていると自分に腹が立っているのか、彼に腹を立てているのかわからなくなる。


「――俺の母親は北・中央諸国連盟、グレイスランドの出だ」

「え……、え!?……ってっ」


 怒りが吹っ飛んだリディアは起き上がろうとして走った痛みに顔をしかめた。


「お前は少しは学べ」

「――怒らせるから」

「それは、悪かった」


 ファズーンが抱きしめてくる。男の人らしい逞しい体躯だ、香るのはムスクとスズランの香り。

 この人じゃない。そう思うと切なくなる。――ディアンを思い出す、最後に嗅いだ香りだ。


 魔神から助けられたのに、他の男の胸にいる。いつもそう。

 助けてやる、それを待っているだけじゃいやだ。


 ――罪悪感が胸を刺す。ディアンへ寄せる感情が育っているのがわかるのに、このまま戻ることが許されないと思ってしまう。決着をつけて誰もが納得できる形で出てこないと、浮気したまま。


 記憶がなくて、ファズーンに抱かれている。資格がないと思ってしまうのに。

 でも、そんな終わり方はどうすればできるのだろう。


「リディア、痛いか」


 ファズーンの声に意識を戻す。


 抱きしめているファズーンがリディアを抱く力を抜く。「力をどこまで入れぬようにするか加減ができん」と。

 怪我をしているリディアに気をつかったのだろう、慌てて気持ちをこちらに戻す。そうじゃなくて、とんでもないことを言われた。


「グレイスランド!? って」


 ファズーンは口端を吊り上げた。とっておきの隠し情報だ。たぶんディアン達でさえも掴んでいない。


「お前達、魔法師団の本拠地だな」


 魔法戦が主だがその主力は世界中に張られた情報ネットワークだとキーファから聞いた。その彼らの母国、グレイスランド出身の女性がファズーンの母親、つまりここの皇太后!?


「アイツらに伝えたい……という顔をしているな」


 リディアは顔を動かさなかった。伝えてすぐに何かを調べてほしい。でもそれが何の情報になるの? 自分も動けたらいいのに。まさに頭を回転させろ、知恵を働かせろだ。


「――あの国の伯爵筋の出だそうだ、俺も詳しくは聞いていない」


 伯爵と言えば地位は高くない。それが他国の国母にまで昇りつめる。運もあるだろうが相当な能力者だ。でも息子であるファズーンが出自に詳しくないというのはどういうこと?

 むしろその情報は秘匿されているとしか思えない。


「ジャイフは母が連れてきた。それしか知らない」


 ――その中に、彼がリディアを憎む理由があるのだろうか。


「俺はお前の母国、シルビスを知らない。この遠い異国にまで届いているぞ、あの国は自国の女を囲い込み外に出さず穢れなく育てるとな。まるで、お前はそれを体現しているようだ」


 またシルビスだ。グレイスランドと同じ北・中央諸国連盟の国の一つ。リディアの母国であり、皆がリディアの容姿を、その国そのものの女性像という。


「シルビスは国王の俺でも訪問を許さない。何かと理由をつけて訪れようとしても、固く門を閉ざす。だからこそ落としたくなる、お前のように気高く、凛として美しい国なのだろうな」


「……容姿のことを言うのはやめて。好きじゃないの」


 いつも美しいだのなんだの言われて違和感で嬉しくない気持ちがわかった。自分は容姿のことをいわれるのが嫌なのだ。シルビスという母国の話ではっきり悟った。

 なぜかはわからない、普通は少しでも誇らしく思うのに。容姿で人を比較しないで、判断にしないで、という思い。誰だってその人らしい美しさがあるのだからいいじゃないと。


 ファズーンは穏やかな表情で目を緩めてリディアを見る。その頬をなでる。寝たきりだからっていいようにしないで、という言葉を呑み込む。


「容姿を言われたくない、同じだな」

「……なに?」


 彼はそれには答えない。なぜか話をずらす。


「安心しろ、美しいモノにこそ棘がある。シルビスには美しさを引き立てる闇はあるだろう。お前の背後にそれがあるか、それもない穢れなきままかは構わぬ。それごと受け入れるさ」


 何かを言おうとしてだるくなってくる。リディアが限界と感じたのか、彼が寝具の上から優しく腕をさする。


「また痛みが始まる。それまで少し眠れ。アイツらから貰った鎮痛剤も既に配合してある、今日は少しは眠れるだろう」

「……」


 気がつかれていたのか、と言えなかった。強い眠気に沈み込んでいく。


「俺がいつまでもついててやる、リディア」


 返事が遅れたのは眠かったから。ディアンから貰った薬がバレてしまった、今、投与されているのは問題ないのか。


  眠りに落ちながら、彼の声が響いた気がした。


「俺はいつか、お前とシルビス、そしてグレイランドと手に入れてやる」


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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