41.ハラールの王女
「は?」
ディックは目を丸くして問いかえした。
――古アレスティア帝国。それは、千年前に魔法の黄金期にあったとされる伝説の帝国だ。あまたの国を魔法で支配し首城を空に浮かせ、そして海に落ちた。
落ちた理由も、どこにあるかも知らない。史実もなく実在していたかも怪しい。
「――ディアノブルの塔は、あのアレスティア帝国の魔法の心臓部とも言われている」
「ちょっと待て待て待て」
ディックは身をのりだして、慌てて自分の声に気がついて顰める。ちらりと左右を見て、誰も見ていないのを確かめて椅子の背に身体を預ける。
「あんたが張った結界があるんじゃねえの」
茶化してビールの杯に手をかけたシヴァをディックは制止しなかった。自分も杯を手にして口を湿らせる。飲まなきゃやってられなかった。じゃないと自分達の存在意義はどうなる。
「俺は結界とか下手なんだよ。リディアのに比べたらザル……じゃなくて」
言い訳しつつ、毎回情報を出し惜しみする王弟に顔を近づける。
自分達グレイスランド王国魔法師団は、魔法の腕にかけては他の追随を許さない。
情報量も腕も髄を抜いている。なのに、黄金期時代の魔法の王国がここに眠っているなど――聞いたこともなかった。
「アレスティア? お前が、なぜそれを知っている? その証拠は? そしてなぜ目覚めさせたいのか? お前はその主とどういう知り合いか? それをしてどうなるのか?」
「おお、当然の質問。だが多すぎだね」
「十分に前払いしたぞ」
ディックが身を乗り出すと、シヴァは余裕をみせて口端をあげる。だが、それが虚勢であることもディックには気づいていた。一つ息をついて、自分のペースを取り戻す。シヴァを睨み、説明を促す。
「――図書館都市をハラールとヴァルハラで取り合ってるのは、誰もが知ってるな」
図書館都市は独立性を主張しているが、実質ハラールとヴァルハラ両方に支配されていると言ってもいい。影響力を持つ大国に挟まれたただの都市。持っている力は中央に鎮座する塔に他者の侵入を許さないだけ。
自分の都市の中で騒ぎを起こされても、二国から領土を削られていってもなにもできない。
そこまでは誰もが知っている内容にディックは頷く。
事実、独立性を持っているはずの図書館都市に入るには、かの都市ではなく囲むハラールかヴァルハラの国の許可が必要だった。
自分達は師団と交友のあったハラール国側から入都する予定だったが、砂嵐に阻まれ、ヴァルハラ国からの入都となった。そのために、何事もヴァルハラの許可を取る必要が生じてそれが厄介ごとをうんでいる。
「――塔は、目覚めたいんだよ。自分の主権を取り戻したい」
眉を顰めるディックに、自嘲気味にシヴァは続ける。
「ディアノブルの塔、あの主を目覚めさせればアレスティアも復活する。芋づる式だろ?」
「繋がってねえ」
ディックの声は掠れていた。塔が目覚めたいということは、その持ち主だったというアレスティア国が目覚めたいということか。
復活したいと説明されても訳がわからない。なぜ復活したいのか? 国自体に意思があるのか?
シヴァは何者か?
「――俺の母親は、もとはハラール国の王女だった」
「……は?」
「ハラールの身分の低い側室が産んだ姫だったが、こっちにきても身分は妾。後宮争いに負けて頭をおかしくしてな。国元に帰されたが隠ぺいされ、厭われて死んじまった」
「つまり、お前は――ヴァルハラとハラール両方の王族の血を引いてる――」
「王族なんて立派なもんじゃねえって。けどな、乙女が俺をヴァルハラの王だと指名すれば、返り咲けるってわけだ」
「って、てめえ。リディをやっぱ利用してたのは――」
シヴァはディックの怒鳴り声を遮るように飲み干した杯を大きな音を立て机に置いた。
「――そしたら、目覚めた塔の主を守ってやれるだろ」
微かに浮かべた笑みは、道化ではなく本物で。悲し気で無邪気な嬉しさも混じっていた。




