39.毒を乞わない理由
キーファは、師団の集まりとなった宿屋の一室で状況を報告する。
宮殿とここを出入りするのは、限定転移陣。双方を行き来する一度きりの使い捨ての魔法陣で、見つかる心配はない。
これでリディアを連れ出すことも考えたが、出入りする本人が出口を認識しないと使えない。
昔のリディアならば当たり前に使いこなせていたが、今は無理だ。
学生時代、教員だったリディアに実習先の師団に連れていかれたのを思い出す。あの時の彼女は自分たちをサポートしつつ、見知らぬ世界に出た自分たちの驚きに、少し楽し気に笑っていた。
あの笑顔がもう一度見たい。横に並べることを願っていたが、魔法が全く使えず迷子のような顔を見たかったわけじゃない。
(いや、だからこそ助ける)
「キーファ、力むなよ」
師団のベテランであるシリルに見透かされて、キーファは頷いた。
「アンタはまだ怪我が治りきっていねえ。それに下手に動けばあっという間に正体がばれる。何しろ男だしな」
姿を変える魔法をかけているが、それ以上に必要なのはなりきることだ。女性と男性は、仕草が全然違う。指の曲げ方、膝の揃えかた、首の傾げ方、眼差し、話し方。
それらを変装の名人のディックに教わったが、彼でさえも性別を偽るのは難しいらしい。女性役は女性にやらせるが、今回のメンバーにいないのと、あの場は魔法を弾いてしまうらしい。
たまたまキーファが魔力を発しない特殊能力のため、選ばれた。キーファにしたら、選ばれなくても押しきっていくつもりだった。
女装することは厭わない。後宮という危険な場で、ばれたらどのような目に合わされるかわからない檻でもかまわなかった。
「それにしても、王座争いがまだ終わってないなんてきいてねぇぞ」
この会合に参加しているファズーンの弟のシヴァにシリルが苦情を言えば、赤毛は肩をすくめる。
「関係ないし。俺の願いはそっちじゃない」
「でも自動的にそうなるわけだ」
「……お姫さんが記憶を失ったのは智の魔神の力だ。操るジャイフを倒すか、二神を融合させメリクッサ神にするしかない。つまり乙女になれば、いいっつーわけ」
「最初から言え」
「んなの、調べがつくだろ。かの有名な師団様なら」
シヴァを助けるわけではないが、形勢が悪そうな彼が追い詰められた表情を見せる中、キーファは一言付け加える。なぜ彼はここまで情報を小出しにするのかと思いながら。
「今回、俺が聞いた魔神の話は、女達が家の中でだけ伝える茶飲み話のようです。外で話すと魔神の災いが起きると」
「――だから、皆が口を閉ざすのか」
伝承だが、恐れられている。その話になると現地民は口を堅く閉ざす。これまで自分達に弊害がなかったから詳しく調べず、だから師団の男達の耳に入らなかった。
「――王位継承権はヘンシュもあるらしいな」
不意に、部屋に入ってきた黒ずくめの男が問いかける。ディアンの圧に、シヴァが飲まれる。氷のような声音に重ねて、炎のような熱が部屋を満たす。
一気に身体が焼かれるような感覚をキーファも覚えた。もともと居るだけで魔力を感じない人間でも圧を与える存在だ。
今は思うようにならない調査に苛立っているのだろう、その不機嫌さを隠さず魔力も圧も隠そうとしない。彼のむき出しの魔力や圧力に臆することはないキーファだが、それでもあまり接していたくはないと思う。
慣れていないシヴァはなおさらだろう。隠していたわけではない、と掠れた声で言い訳をするように答えた。
「継承権は、俺と前王の弟、つまり叔父だ。親王として王宮にいる」
「副将のヘンシュだな。乙女とやらに選ばれれば、ファズーンは下ろされるのか」
「どうなるかねえ。ファズーンは王として認知されている、民の信任も厚い。が、乙女が選んだ者には神が宿るなら、そうなるだろう」
軽薄に答えているが、内容は重い。可能性があるのならば、捨て置けないとディアンは口を開く。
「ヘンシュは副官として傍に置かれているな。お前たちはなぜ殺されていない」
そんな危険人物はとっくに処分されているだろう、そう言われてシヴァは苦笑しようとしてできなかった。引きつった顔で答える。
「生き残ったのが俺達だからだ」
答えになっていないが、ディアンはそれ以上追及しなかった。
「――あのディアノブルの塔の依頼は、お前が王位を継ぐことと関係あるのか?」
シヴァは表情を固めた。このことになると軽薄さが常に抜け落ち、頑なになる。
「――あの姫様に、起こしてもらいたいだけだ」
予想していたのか、ディアンはシヴァを眼光で射抜いただけだった。その頑な答えを確かめたようだった。
「んで、リディが乙女になれば、正式な皇后になるのか?」
シリルの突っ込みに皆が真顔になる。
他の妃達も乙女が役目を果たし皇后になれると知れば、躍起になりその座を狙うだろう。
「乙女が皇后になると約束されたわけじゃない」
シヴァの答えに、すかさずシリルは再度突っ込む。
「――たとえ、約束されていなくても乙女の座を狙う馬鹿がいないわけじゃないだろ。機を狙ってるか、もしくは魔神を恐れているか」
「――こないだの襲撃はリディア狙いじゃない思うけどな……様子を見るしかねーか」
リディア狙いなら、碧佳宮は警備も手薄で、彼女自身も弱い女と思われている。もっと楽な方法で葬るだろう。
「あれ限りでみれば、ファズーンを狙ったものだろう」
碧佳宮に襲撃者が現れたのは知っていたが、ファズーンか、リディアを狙ったのかがわかっていない。そしてリディアがファズーンと共闘したのも知っている。
以前のリディアでもするだろう。だが、相手を殺すまではしない。共闘した相手にも殺させはしない。手加減し、追い詰めて吐かせる。
心が弱り大人しい、乱されやすい、それは記憶がないからだとわかる、だがもう一つ、極度に防衛反応が強い、そう思えた。
(……追い詰められている、のだろうか)
宮にいて始終見張られている。目的があればまだ耐えられるが、自分のことがわからないまま自分自身を欲しがられ、捉えられているのは辛いだろう。
彼らの会話をひとしきり聞いた後、キーファは口を挟む。
「――ところで、気になったのですが。リディアが痛みに苦しんでいるのは確かです。ですが、最初の薬への中毒症状を示さない。あのシュクレドオールは時間が経てば乞うようになるはず。彼女に変化はありません」
やっかいなのは、痛みを与える元凶の黄金の秘密は中毒性があり乞うようになること。だが、リディアは欲しがらない。それはありがたいが理由がわからないとキーファは疑問を呈する。
「……あのお姫さんは、毒に耐性があるんじゃないのかね?」
シヴァが赤髪を揺らしナッツを口に放り込む。「あんたらは耐性をつけてるんだろ」と。
壁に寄りかかっていたディアンは無言だ。代わりにディックが口を開く。
「リディアは耐性訓練を受けてねーんだよ」
よくわからない、とシヴァが首を振る。
「あいつは戦闘要員ではない」
ディアンが付け加える。その無表情と、婚姻し同等の立場になったのにいきなり”アイツ”という昔の部下だったときのリディアを呼ぶ態度。
明らかに過去、ディアンが、そうさせなかったのだとわかる。
第一師団の団員は、あらゆる任務をこなす。キーファは団員ではないから実体は知らないが、暗躍部隊のような彼らが対毒性をつける訓練をしていると聞いても驚きはなかった。
だが彼がリディアにさせなかったのは戦闘要員でないという表向きの理由に加え、大事にしていたという本音もあるだろう。
ディアンの本音に隠された態度。リディアがその特別扱いを自分が弱いせいだと悔しさをバネにし、乗り越えて努力の糧にしてきたのもキーファには感じとれた。
常に嚙み合わないようで、互いを意識している二人の態度は硬い絆を思い知らされる。
その痛みを押し殺し、キーファは考える。
訓練を受けていない彼女がなぜ中毒症状を示さないのか。
ありがたいことだが、その謎をある程度分かっていないと足を掬われる。状況にゆだねていても仕方がない。
「つまりどういうことでしょう」
シヴァに説明する気はないのだろう。ディックは質問をしたキーファに向き直り、自身の考えを述べる。
「……リディは、治癒魔法師として団員の毒抜きをしてた。あれが幸いしたのかも」
毒に対する耐性を間接的に身に着けたのかもしれないと言われ、キーファは顔をゆがめた。
耐性を付ける訓練は辛いはずだ。だが、その毒抜きに付き合う彼女もまたつらい経験をしてきたのではないかと思う。
以前、同級生が魔力を高める魔石結晶の常用を行い中毒になったことがある。その中毒性を少しずつ抜く治療を教師であったリディアも協力したと聞いた。
リディアは何も言わなかったが、同調することで緩和すると人づてに聞いたことがある。
同調するのは、痛みや苦しみを自分も引き受けることだ、それを団員全員にやっていたのならば――。
どれだけ色々なことに耐えてきたのだろう。
シリルに聞いたが、彼女は幹部でも潜入員でもないから、訓練を受ける必要がない。さらに感応系魔法師という薬に弱い体質だ。毒耐性の訓練から外された理由も彼女はわかっている。
だから別の場で役に立とうとしてきたのだ。
口を開かないキーファの顔を見てシリルは何かを察し、でも何も言わなかった。
「毒に耐性があるかもしれないとはいえ、それに安穏と任せる気はない。シュクレドオールはその道では有名だが秘匿性が高い毒だ。どの毒もそうだが、用いる時間がかかるほど厄介になる。解毒剤はまだか」
首を振るディックに、硬い顔で頷いたあとディアンはキーファを見る。
「キーファ、もう一つ。リディアの指輪を探してほしい。それがあれば、なんとかなる」
ディアンが渡した結婚指輪をリディアはしていなかった。リディアも気にしていたが、ディアンが宥めたように再度新しいものを落ち着いた時に作り直すのかと思っていた。
キーファは、ただわかりました、とだけ返事をする。
ディアンが言えば、何かがあるのだ。それに応えるのみ、と誰もがわかっている。今のは私情もあるが、同時に指令でもあった。




