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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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38.侍女に伝わる神話


「……っ、う」


 中庭を挟んで聞こえてくる微かな叫び声。それは確かにリディアのものだった。彼女はめったに声を出さない。痛みさえも歯を食いしばり堪えてしまう。なのに、部屋を挟んでも聞こえてくる。キーファは拳を握り締めて、堪える。その傍にいつもあの男(ファズーン)がいると言う。


(自分で痛みを与えていて、よくも――)


 キーファは冷静沈着と他者から言われるが、そんなことはない。感情は理性に勝りそれが有利に働くこともある。ただ、通常は感情に負けたら物事がうまく働かなくなると思うからこそ、頭を冷やして考えるのだ。


 だが、この状況下で感情を優先させて何が悪いのか。

 傍にいて、手を握り背をさすってやりたい。なぜあの場を自分は離れたのか。


 ――神殿での後悔が何度もよぎる。なぜ彼女を庇えなかったのか。気を失うなど失態をしたのか。目が覚めた時、暗闇の瓦礫の中で絶望にあえぎ、リディアを探しさまよった。


 探査能力がないことを悔やんだ。ようやく救助されたときに、師団が彼女をまだ見つけていないと聞き、病床から飛び出そうとして強制的に薬で眠らされた。


 動けるようになりすかさず潜入に志願した。自分以外の誰ができるというのか。魔力が外部に漏れない能力があり、潜入に長けていたディックを師事していたことを、これほどありがたく思ったことはない。


 自分は、男性以外に見間違えようがないほどの骨格だが、あの中(師団)の団員程、逞しい体格に恵まれなかったことも潜入員として有利にはたらいた。


 もちろん、どう変装しても女性には見えないが、そこは多少の幻覚魔法を使ってある。この国で魔法は他者に通用しないが、自分にかけたものは通すことができると身をもって証明できた。


 ――リディアは記憶を失い、毒を盛られ、このような目にあっている。


 自分を見た時の困惑の眼差し。自身のことさえ分からなくなっている寄る辺のないような不安げな顔。肩を大きく揺らして、キーファは息をついた。落ち着かなければ。


 瓦礫の下敷きになり、つなぎ合わせた骨はまだ痛むが彼女の痛みに比べたら大したことはない。


「――いくら魔神を宥めるためとはいえ、あんな痛みを肩代わりするのはお気の毒ですわね。早く神がお目覚になればいいのに」


 侍女の声に、キーファは振り返る。


「え?」


 メリヨと呼ばれる侍女の言葉は、キーファの知らない内容だった。リディアの痛みは毒のせいで魔神の仕業とは思っていなかったのに、どういうことだろう。


「どういう意味? メルクリッサ神と魔神は関係あるのかしら」


 スラリとしたキーファの姿と、赤々とした蝋燭の明かりが蒼い瞳に映り、侍女が顔を赤らめる。あまり女性的な曲線美は感じられないが、凛々しい姫に侍女たちが浮足だって噂し、メリヨは海嬪(キーファ)に仕えることに優越を感じていた。


 けれど、今は自分の主が東の出のために、こちらの国では当たり前の俗物的な神話を知らないことに苦笑して語る。


「メリスト神の裏の顔は“力”の魔神。メイラ神の裏の顔は“智”の魔神。その二神が乙女により融合してメルクリッサ神になれば魔神も抑えられる。けれど今は離れているので、乙女が魔神の呪いを肩代わりしているのですわ」

「……」


 メルクリッサ神は王に力を与えるとしか知らないキーファは考え込む。

 この国の信仰は口伝が多く伝わってこない。神殿に潜入の必要を感じていたが、庶民にも伝わっているものがあるのか。


「そして、乙女を貫いた者が王となりメルクリッサ神より力を与えられる。だから、陛下も碧妃様をお大事になさるのでしょうけれど……あれほどの痛みを受けるなんて存じあげていませんでした。乙女に選ばれるのも考えものですね」

「ちょっと待って」


 キーファは自分の寝所の寝支度を整える侍女の手を止めさせる。疑問が生じた。


「既に陛下は王では?」


 ああ、と侍女は口を押えた。少し気まずげな顔に、キーファは笑みを軽く浮かべて「口外しないから」と言い添えた。


「失礼しました。確かにそうなのですが。今回陛下は、乙女の神託を受けるより先に王座につかれました。本来はそれを待ってのことなのですが、乙女がなかなか現れずにいたので。ですが、乙女は現れましたので少し順序が狂っただけですわ。それに儀式が終われば、陛下も乙女以外にも目を向けるでしょうし、ご安心下さいませ」


 そうかとキーファは侍女が口を濁した点を合点した。


 ファズーンは正式に王位を継いでいるかというと怪しい。もちろん認められているが、そこには乙女の承認の儀式後というのが、庶民にまで浸透している認識なのだ。 


 そこでジャイフという星読み――神官長が後ろ盾になり王座につけたのが優位になった。ファズーンが彼を傍に置いているのはその理由からだろう。

 そのジャイフが乙女の出現を予言し、後になりリディアが現れた。

 こうして全ての辻褄合わせをした。


 どこまで二人が信じあっているのかはわからないが、ファズーンがジャイフを傍に置く益は存在する、反対にジャイフに背を向かれたら危うい。


 さらに問題は、儀式時にリディアがファズーンを選ばないこと。


 ファズーンが今立場を固めていても、少なからず動揺が走る。

 わずかな影が、時には命取りになる。ファズーンの王位が今は絶対でも、神意がなければ揺らぐこともある。


 ジャイフはリディアに何をさせたいのか。

 王位をファズーンに与えるようにジャイフは策略するだろうが、リディアに信頼されていない。その反対の行動をされる可能性の方が高い。


 となると、ジャイフの目的は違う。

 二人にどのような行動をさせ、最終的に何を起こさせたいのか。


 そして、現在のリディアの立場も問題だ。王位を与える乙女という立場に据え置かれていたが、他の妃嬪達の妬みをかっているはず。


 乙女という立場は狙われるはずだが、儀式の乙女だからファズーンは傍に置いているのだろうと、彼女達は自分達に言い聞かせている。


 ――他の妃嬪達は、儀式前にリディアにとって代わろうとするか、もしくは所詮その場限りのものと鼻であしらっているか。


 リディアが狙われる理由と、狙われないで済む理由。


 様々な者達の起こす行動を予測しなければならない。


 まずいことを漏らしてしまったかと不安げに瞳を泳がせるメリヨに、自身の嫌な予感をおくびにも出さず、安心させるようにキーファは穏やかに微笑んだ。



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