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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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28.青花宮

 こちらに伸びてくる影は長い。光源は角の向こう。


 壁に等間隔で灯された火で、こちらの影は短い。だが前後左右に配する兵士達はこちらの存在も察してしまったはず。


 足を止めた時には、既に誰何(すいか)されていた。


「誰だ!?」


 太く低い男の声。同時に、シヴァは飛び上がり反対の壁の向こうへと消えた。一瞬のことだった、言葉かけはない。


 微塵も気配を残さず、最初から自分一人でいたような気にさせる。


(え? 護衛じゃないの? 置いて逃げるの?)


 碧佳宮まで送り届けてもらえると思っていた。まさか、逃げられるとは思ってもいなかった。


 シヴァが消えた壁は高い。自分には越えられない。

 最初から超えられるのにシヴァはリディアに付き合っていたのだ、とわかる。


(途中までは尽力してくれるけれど、何かあれば最後は逃げてしまうかもしれない)

 

 そうわかっているのと、わかっていないのだとは大きな差がある。


 リディアは諦めのため息とともに頭を切り替えた。


 さてどうしよう、次の問題に切り替えている。同時に自分は怯える性格じゃないのだと察する。様々な言動の中で、少しずつ自分がわかっていく気がする。




「――出て来い!」


 ――門衛だろう。彼を落とす(気絶させる)かそれとも逃げるか。一瞬の迷いの中に、己に相手を気絶させると選択肢があったことに驚く。


「静かになさい、――何の、騒ぎですか」


 今度は落ち着いた女性の声がした。上品な話し方から、下女ではなくそれなりに教育を受けた上位女官だとわかる。恐らくこの宮殿の主の――侍女だろう。


(どうしよう? ――侍女がでてくるなんて)


 普通は主の傍についていて、門のほうまで早々に出てくるはずがない。どちらにしろ、見つかってしまったのは事実。


 壁に身を寄せて、影を隠したとはいえ、一度見つかり、あちらは人がいることを確信している。


 リディアの宮殿では、侍女は二人。召使いとはいえ主直々の傍仕えがいなくなれば大騒ぎになる。


 それに、それぞれの宮殿には数十人の人間がいる。碧佳宮には、三十人。門衛と侍女、二人の人間を倒したら騒ぎになるだろう。


 リディアは、覚悟を決めて足を滑らせるように静かに、そこへ進んだ。新参者の侍女で、迷ったと言えば信じてもらえるだろうか。


 朱塗りの柱に、青の甍に、宮殿の扁額。門衛の男が明かりをリディアに向け顔を確かめる。まだ頭巾は落としていない。


「顔を見せろ――」

 

 門衛ほど警戒はなく、ただ誰かと見極めるように見ていた女性は、不意に目を見張る。


「あなたは――」


 周囲を探るように左右に顔を動かした後、自分たちの殿内の奥を彼女は一度探った後、「――どうぞ、こちらに」声を潜めて手で招く。 


 門衛の問うような目に彼女は「いいのです」と目配せする。彼女の衣装から、下働きではない主人付きの侍女だとわかった。


 逡巡は一瞬。リディアは『青花宮』の門をくぐった。


 青花宮は、碧佳宮とは異なった内装だった。碧佳宮は、柱や床に大理石をふんだんに使い、壁や扉が少なく風通しがよい作りだ。門を入れば石柱が配された長い通路があり、大理石の主階段上り、主殿と左右に翼殿がある。


 青花宮は門をくぐれば、低い木々と池が配置された庭園があり、そこを抜けた後には、大きく開け放たれた青銅の扉があった。


(夜更けなのに、まだ閉めていないの?)


 正門もそうだが、主殿もこの時刻にまだ閉めていないのは物騒だ。出入りするならば、脇の通用口を使えばいいのに。

 そう思いながらリディアの背の三倍もある青銅の扉をくぐり、前を行った侍女が陶製の玉すだれを持ち上げる。腰を軽く下げくぐれば、まず沈丁花の香りが鼻をついた。 


 寒い時期に咲く花なので不思議に思いその花を探すように目をやると侍女の姿がない。


 部屋で待つように言われて佇む、彼女は蒼妃に伝えに行ったのだろう。


(――まるで、誰かを待っていたかのよう)


 門を大きく開き、部屋の明かりもまだ灯されたまま。


 侍女は、思い出せば蒼妃の付き人だった。


 何回か紅妃の赤花宮で会ったことがある。けれど、リディアが頭巾を外す前に正体がわかったようだった。その理由もわからないし、今も匿ってくれている意図も不明だ。


 リディアは部屋で待つ間に部屋の装飾を眺める。碧佳宮が半円形の窓やアラベスク模様の壁や色とりどりのランタンで飾っているのに対して、こちらは異なっている。


 荒々しく牙をむいた陶製の虎や亀、紙の仕切りに描かれた鯉、赤と青の細筆で描かれた幾何学模様の陶製の壺。その中に挿されていたのは、沈丁花の花が咲いた枝が数本。


(この暑い地方で、育つのかしら)


「東方の山岳地方の飾りは珍しいですか?」


 ひっそりと慎ましやかな声がかけられる。振り返ると、やはり蒼妃がいた。正装とはいかないまでも、部屋着ではない。


 手首の方になるにつれ広くなる袖に、胸から足まで凹凸のないすらりとした一枚着。腰はしめず、足首まで隠す左前の衣装は清楚な蒼妃の雰囲気に合っていた。


「これらは、山岳地帯の様式なんですか?」


 リディアが問うと、彼女は頷く。


「花はこちらの温かさでも咲くように品種改良がされています、けれど私は故郷の花が本当は好きなのですけど……。私は東の険しい連山の一峰の麓、東邦国の出身。兄が陛下の腹心の将軍だったために嫁ぎました。当時は随分とあちらの飾りを陛下より下賜されましたが、今は――」


 そう言って、彼女は区切る。リディアはその続きを待っていたが、彼女はそれ以上語らず、椅子を勧めてくる。


 リディアが彼女を見ながらゆっくり座ると、軽く首を傾げたまま彼女は部屋の装飾に目をやる。


 もうすぐ、痛みの発作が始まる。その前に戻りたかったが、去りがたい気もした。ここは腹を決めるしかない。


 先ほどの侍女がお茶を運んでくる。陶磁の器に蓋をされたもの。器の中に花が咲いていて、花茶というものだと聞いた。その蓋で茶葉を押さえながら、お茶をすするように飲むのだと聞いた。


 侍女は、アキと名乗った。蒼妃も、ここに入る前は自分の名前があったのだろうか?


「碧妃様は、北のお国の出身でしょう? シルビスかと存じますわ」


 ――シルビス。この間も聞いた国、自分は全く覚えていない。


 生活の仕方はわかるのに、時折固有名詞の記憶がない。まるでわざと消しゴムで一部分だけ消されているような不快感。


 膝の上に茶器を置いたままリディアは尋ねる。自分以外が知らない国だと出身を言い当てる。それも嫌だった。


「なぜですか?」

「金髪碧眼、とくにその新雪のような真白な肌――私の兄は将として様々な国へ出兵し、土産話を持ってきてくれました。北・中央諸国連盟の中でも、とびきり美しい女人がいらっしゃる国と、その方達の特徴とそっくりです」


 断言する口調。寂しげな目元の美人という印象から大人しいと勝手に思っていたけれど、彼女は何事も理解したうえで話す、利発ではっきりと物事を言うタイプかもしれない。


「――あの、どうして私だとアキはわかったのですか?」


 そして侍女のアキは、門でリディアを見つけた時点で、すでに察していた様子だった。あの時は、まだ頭巾をとっていない。リディアの特徴的な髪や目は見られていないはず。


「香りです」


 佇むアキの代わりに蒼妃が答える。


「碧妃様は、ネロリの香りをまとっているでしょう? 確か陛下から直接にたまわった香り。碧妃様しかつけられませんもの」


 確かに、リディアは沐浴上がりにネロリの香油で肌を磨き上げられている。ネロリは白く小さな可愛らしい花。存在感は強くないが、胸に浸み込んでくるほろ苦い優しい香り。

 ただ、ものすごく高価だ。黙り込むリディアに蒼妃は続ける。


「薔薇姫と呼ばれるように、薔薇の香りを纏うことができるのが紅妃様だけ。ネロリを纏うことができるのは碧妃様だけですわ」


(……え)


 その薔薇で、リディアの碧佳宮が満たされた。それを紅妃が聞いていたらどうだろう。


(……聞いてないわけ、ないよねえ)


「紅妃様が認められているのは赤薔薇です。大丈夫、ですわ」


 既にリディアの顔に浮かんだ危惧を読んで、蒼妃が答える。


(大丈夫じゃないよねえ……)


 いくら赤い薔薇じゃないとはいえ、薔薇姫と呼ばれ宮殿中に薔薇を飾る彼女以外に新参者に薔薇が送られる。寛容にできるわけがない。蒼妃も大丈夫、と言いながらも断言というより困った顔をしていたから、同情とただの慰めだろう。


(怖いなあ……)


 はやくこの後宮を出たい。望んでいないのに。


「碧妃様、余計な発言をお許しください。今のうちにお子をなされておくべきです」

「……え」


 また子を作れ、という話。彼女を信用するべきかどうか迷っていたけれど、一気に怪しいとリディアの中で天秤が傾く。そうなると、紅妃、黄妃、蒼妃と全てが警戒するべき相手になる。


 そんなリディアの警戒に気づいたかどうか、彼女は身をかがめ、声を潜めてリディアに囁く。


「突然のお輿入れで、お気持ちがまだ定まっていないのはお察しいたします。ですが、ここからはもう逃げ出すことはできません」


 促すような顔に、彼女はリディアが脱走を図っていたと誤解したのだとわかる。だから門の中にかばってくれたのだと。


「陛下のお気持ちが向いているうちに子を持っておくこと。そうすれば、ひとまずは安泰です。ですから――」


 切実な彼女の顔。見渡す丁度品は丁寧配置されているが、それほど多くはない。リディアの宮殿のように溢れて困る、という感じはない。勿論、丁寧に仕舞われているのだろうけれど、それに慌てている様子もない。


 いつまでも灯されている明かり。夜遅くまで開いている門。

 もしかして――。リディアの中で考えが固まる。彼女も、ファズーンを夜な夜な待っている一人。


(どうして自分なのだろう……)


 彼女を哀れと思うと同時に、疑惑も深まる。何かの特別な出会い(エピソード)もなく、予言の通りに神殿にいたと言うだけで、選び放題のファズーンに気に入られた。


 外見が珍しい、中々なびかない、それだけの理由だろうか。




最初に記載していたのですが、

紅花宮→赤花宮

蒼花宮→青花宮


の間違いです。影響はないです(たぶん)

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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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