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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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27.シヴァと塔

図書館(ヴュユ)都市(ビブリオテック)。

 それは塔を囲む楕円の一帯は治外法権ともいえる独立都市でありながら、ヴァルハラとハラールが図書館都市を含めた円城都市を作ったため、重なった箇所だけが己の狭い領土となり、反対に二つの国家の互いの重なった所有を主張し合うようになった特殊な地域だ。


 シヴァに連れられて、図書館都市の宿からヴァルハラまで戻りつつ話を聞き、リディアはファズーンの足りなかった説明を理解した。

 

 塔を囲む都市を挟みハラールとヴァルハラは隣国として、仲が悪い。ディアン達が滞在する宿は中立地帯だが都市の中はそれぞれの国の領土が混在して、向かいの道、隣合った店でも異なるためややこしい。


 けれどそれ以上に奇妙なのが王城を置く首都だ。

 隣り合う領土の国境線のすぐ近くに王が居住とする主城を建てている。領土の中央か、貿易が盛んにあるなど路便が良いなどの理由があるのが普通で、同時に守りが硬い場所に置くはずだ。

 攻められやすい場所になぜ設置したのかがわからない。


 リディアはそう思いながら、シヴァに聞くことはなかった。彼には聞きたいことがありすぎて、情報が消化ができない。


 自分のことも、世界や国の情報もなく、彼に聞いた事の正否がわからないままでは騙されてしまう可能性もある。それに今大事なのは自分のことだ。


 魔法というものが使えたのに、記憶を掠めもしない。彼らが言うには、あの痛みにはジャイフやファズーンが関与しているらしきこと。


 それにディアン達が助けてくれようとしているのに、自分は待つだけでいいのだろうか。


(私が、できることはなんだろう……)


 ファズーンとの駆け引き? ジャイフと闘うこと? 謎を解くこと?

 せめて自分のことができたら、抗えたらいいのに。

 すべて王宮の彼らの手の内に握られている。


 走りヴァルハラ宮に入る大門をシヴァは難なく通り過ぎた。どのような通行証をもっているのか不明だが、門衛からとがめられることはなかった。


 宿は街の端にあったとはいえ、ヴァルハラの街を抜け碧佳宮まで全速力で駆け抜け一時間半。衣装の左右を裾をからげて男の足についてこられるリディアにシヴァは浅く笑った。


「――何?」

「見た目は可憐なお姫様でホントにあの悪名高き魔法師団の一員かと思いきや、やっぱりその走りっぷり。見事なものだと感心をねぇ」


(お姫様……)


 茶化されるのは面白くないが、いちいち反応しても仕方がない。嫌だと言って素直にやめてくれる性格でもないだろう。


「じゃあ、少しはこっちに配慮して」

「いやいや、手加減するのは失礼というもの」


 確かに、なぜこんなに自分は走れるのだろう。息を切らすこともない、呼吸法を使いこなし体力もある。


 ――シヴァもそうだ。リディアの部屋に忍んできた時も思ったが、身のこなし方に隙がない。無駄なく体重を全身に分散させて、全く足音を立てない走り方。魔法師団の彼らとは違うが、彼もまた身の潜め方を知っている。


 ちらりと見てまた前を向いて、宮殿を目指しひた走るリディアに気がついて、また笑う。


「その笑い、何?」

「いや、アイツらも大したもんだな」


 その感慨につい耳を傾けてしまう。


「――普通なら、アンタを責めるだろ。なんで忘れた、ホントに忘れたのか、って」


 そうかもしれないと思う。身体を揺さぶり、本当かと問いただす、それが正直な反応だろう。


「それをしないのは、場数を踏んでいるから。そして、対処できる自信があるからだろうよ」


 仲間内でも事故で心身に障害を受け、その中で記憶を失う者もいるだろうと、だから想定内だろうとシヴァは言う。


 でも、と走りながらリディアは目を軽く伏せた。彼らはショックを受けていた、呆然として悲しんでいた。それをさせるほどの魅力、彼らの仲間として受けいれられている自分がいたのだろうか。


 そう思うと申し訳なさが募る。同時に思い出したいと強く思う。

 それに――。


(いつまで信じてくれるのだろう)


 不安が募る。ファズーンとのことも構わないと言いながらも、夫であるディアンはリディアに対していい気持ちはしないだろう。


 寝台を共にして、ファズーンと肌を触れあわせていることをお前のせいではないと、全てを何とかするから待て、と言うが、いずれリディアへの気持ちが離れていきそうで怖い。


 自分に記憶がないから、ディアンは責められない。それがストレスとしてフラストレーションとなっていきそうだ。不安で眼差しを揺らすリディアにシヴァは気がつかない様子だ。


「依頼した俺の見る目は確かだろ」


 シヴァに言葉に、意識を戻す。彼には街のことよりも聞きたいことがあった。


 ディアンは問い詰めなかったが、彼の依頼の理由と内容の詳細がわからない。塔の主人を目覚めさせろ、とは曖昧過ぎる。


 魔法師団の彼らならば、なんとかしてくれると踏んだのだろう。悪名高き――というならば、有名に違いない。けれど、”なぜ”、”何のために”、”どうしたいのか”、”どうなるのか”、全てがよくわからない。


「ディアノブルの塔の主のことだけど、なぜ私が関係あるの?」


 シヴァは少し間を置いた後、声を改めて口を開く。彼は塔に関するといつも、声音を変え、緊張を見せる。


「――塔に入れるのは、アンタしかいない。アンタしか呼ばれない」

「私が? ――なぜ」


 そして、それに自分が大いに関連しているということ。記憶を取り戻せばどうにかなるのか。ディアン達は聞き返さなかった。彼らは聞かなくても調べ動いてしまうのだろうか。


 まるで自分だけが取り残されているみたい。


「――今日は、紅妃の誕辰(誕生日)だ」

「え?」

「王様は、赤花宮にいる。一晩、アンタのところには来ない。誕生日には妃、本人の宮に行くのが習わしだから」

「だから、私を連れ出せたのね」 


 唐突な話題転換、それ以上は話す気はないらしい。


 ――アンタしか、入れない。


 まるで独白のように聞こえた。彼の依頼なのにディアノブルの塔について、やはり

詳しく話す気はないらしい。


(ならば、すぐに取り掛からなくてもいい?)


 どっちみち、リディアはここから出られない。彼がそうは言っても、何の記憶もない。


 任せっぱなしに気が引けるのは、彼の言う通り自分は鳥かごの中のお姫様であっても、それに身を任せ嘆くだけの、性格ではなかったからかもしれない。


 月の位置からちょうど夕餉の夜七時ぐらい。

 ファズーンは夕餉の後、だいたい夜八時くらいに訪ねてくる。そして、発作が始まるのは夜九時前。


 今日は食べたくないと侍女を下がらせ寝室にこもっていることになっている。彼女達が詮索せず気の毒そうな表情を浮かべたのは、ファズーンが紅妃を訪ねると知っていたからだ。


(だから何も言わずに、私を一人にしたんだ)


 リディアが拗ねているのだと。


(好いてもいないし、まったく困っていないのに、どうしてそんな誤解をするのだろう?)


 自分の態度でわからないのだろうか?

 それとも、ここの価値観が女性は見初められるのが最高の幸せだと信じているから?



 分厚い雲間に見え隠れする弓のように細い月を目の端で捉えながら、革のサンダルで走る。親指と人差し指の二指に緒を食いこませ、後ろの踵と底を通した紐で結ぶ。


 シヴァが準備してくれたが、こういう普通のもあるのだと知り良かったと思う。あの華靴では走れない。


 あと一キロ程度、そう思いながらファズーンが碧佳宮を来ないならば自分の薬はどうなのかと眉をひそめる。


 またジャイフにいたぶられるのかと、あの痛みに恐怖もせりあがり、吐き気もでてくる。


 ジャイフになぜあんなに恨まれているのか、それも一つの謎。ただ恨まれているからこその仕打ちだとわかれば、その行動も納得がいって少し余裕が生まれた。


 一つ息を吸って心を落ち着かせる。前はもっと怖かった、でもディアン達に会い、必ず助けると言ってくれた。いつか気持ちが離れて行きそうで怖いと思うけれど、今はそこまで考えても仕方がない。彼を――信じるしかない。


 あの唇の感触を――大胆なことをしたと思い出し、恥ずかしさを覚えながらもそっと触れて、慌てて手を引っ込める。


(ジャイフが来るなら、急がないと)


「彼らに会えば『折檻を受ける』とあなたは言った。それはジャイフからってこと?」

「……はっ……え?」


 時間が気になるのか、足を速めたシヴァはリディアの問いに、驚いたように聞き返す。


「お姫さん、それも考えないまま頷いたのか?」

「会えるなら誰からでもどこまででも耐えられる、けど。ジャイフからの可能性が高いなと思って」


 少し認識が食い違っているようだ。ジャイフのあの性格をシヴァは気づいていないのだろうか。


「ジャイフ? ……いや、密通すればそうなるだろ。ファズーンからっていう意味だけど?」

「……ファズーンに嗜虐性はないわよね」


 罰を与える、そう言いながら痛い目に合わされたことはない。ジャイフと取り残された時も、結局はファズーンの配下からの取りなしで薬を貰えた。

 リディアがシヴァの提案に頷いたのは、その読みからだ。


「興味がなくなれば放置する。好きになれば躍起になる。ファズーンはいたぶる性格ではないと思うのだけど」

「……アンタ、ファズーンをわかってるな」


 「本当は好きになりかけてんじゃないのか?」とちらりと見て笑う彼にやめて、とリディアは睨みつけた。


「何とも思っていない。痛みには関与しているのかと思うけど、彼の仕業ではないと思うし」


 恨んではない。ただ開放して欲しいと思うだけ。


「おいおい。お姫様に関しては執着心が強いぞ。男のそれを舐めるなよ」

「男の”それ”?」


 一般化しているけれど、男性をひとくくりにするのもおかしい。

 それともシヴァにもそういう相手がいたのだろうか。先ほど、彼が塔の主について濁したこと。その眼差しは悔恨。それでもやると決めた相手への謝罪と言い訳、決意のようなもの。


 ……道化を装ってはいても本当の彼は違うのでないか。

 主への思いについてもう少し聞かなくていいのかと、おさまりが悪く逡巡してしまう。


 今この時、踏み込めば話してくれそうな、聞いてほしそうな感じも受けるけれど。


「……領土にしても王位にしても。アイツは願ったものは必ず手に入れる」


 彼のファズーンへの思いは何だろう。兄弟、片方は王となり、片方は市井で道化を演じている。


 でもシヴァはけして不幸そうではない。思いを見せるのは塔に関してだけだ、その主に対してのみ。


「ファズーンがそれらを得てきたとしても。領土や王位を私情で手に入れたいと思うのは支配欲から。好いた女が欲しくても概ねは支配欲からではないと思う。彼がそうだとは限らないし、好きと執着心は似ていても違うわ」


 好きになった女性を支配したい男性もいるけれど、支配ではなく同等でいたい、と思う人もいるだろう。


 大抵は同じだけ気持ちを返してほしい、と。


 ただ王様という支配することに慣れている人間はわからない。ファズーンは自分のことをわかる人間はいないと言いながらもわかって欲しい、とこじらせているみたいだし。


 言えば横を走るシヴァが驚いたようにリディアに目をやる。その眼差しを見返す。


「――だけど大抵の人間は、自分の気持ちなんて深く追求しない。ファズーンは私を手に入れたい、それだけかもね」


 なぜ自分が欲しいのか、そう尋ねても聞くリディアを面白がるだけで答えようとはしない。

 いつも「欲しいと思った」という。


 本当にそれだけの理由かもしれない。深層心理に何かあるかもしれないが、彼自身は気づいていない。


 だから尋ねても無駄。人は、自分のことは自分が一番わかっていない。


 そう言うと、シヴァは苦笑した。その口端はあがり、リディアを見つめる眼差しには苦笑と感心が混じる。


「深く考えても何もならないだろうに。外見で気に入られた。それ以上に何を望むのかねえ、お姫様は」

「そうね。……私が贅沢なのかもしれない」


 人の気持ちほど不確かなものはない。だからこそ確かな理由を求めてしまう。ただ王様という何でも手に入れられる人がなぜ自分を、と。

 

 そのことにとらわれすぎなのかもしれない。


 首を振り考えを追い払う。


 雲が晴れ、月明かりが闇を払う、その時だった。

 

 妃達の宮殿を取り巻く巨大な壁、先の曲がり角に見えた影にリディアとシヴァは同時に気がついた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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