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「図書館都市のリディア」~砂漠の王にさらわれて、陰謀渦巻く後宮へ~  作者: 高瀬さくら
2.ヴァルハラ宮編

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26.抱擁

 そこから砂ぼこりにけぶって見えるのは図書館都市の街並みだった。


 でたらめのように縦横の長さも異なり、建築様式も様々なまるでオブジェのような図書館群のその中央にある塔。材質も判明していないこの世界で最も高い――叡智の結晶、ディアノブルの塔。


「図書館都市の神髄はあの塔だってことは知ってるよな?」


 問いかけながらも、語るような調子は軽薄さが抜け落ちていた。


「叡智の結集、千年前の魔法の黄金期にうまれたというディアノブルの塔。――あの塔の主人は今、深い眠りについている」


 そして、シヴァは緊張に乾いた唇を舌先で舐めて、湿らせてから言葉を続ける。


「その主人を、起こしてくれ」


 ディアンもディックもシリルも返事をしなかった。


 ――古今東西、文明が始まったころからの、あらゆる書物、絵や言葉、広告、希少本、写本が集まっている図書館都市だ。だが、その神髄はディアノブルの塔にある。


 今回のように、図書館都市に要人警護で訪れることは何度もあった。

 その上で不明なものを嫌う師団は、これまで何度も潜入を試みたことがある。だが不可能だった。入れても、必ず外に吐き出されてしまう。


 そしていくら情報をつきあわせても、同じ見取り図にはならない。何通りかのパターン、アルゴリズムをAIに演算させても、不可能だった。


 今回のアーサー・ダーリング教授のように招かれた者は、その神髄のディアノブルの塔に入館できる。だが得られるものは望んだことだけ。そしてその望むものに精通しているという条件がある。

 彼は魔方陣学の分野のプロだから入れるが、得られる情報はその事についてだけだ。


こちら側としては護衛ができないという不安もあるが、内部では塔が鉄壁の要塞になる。勿論絶対の保証はないが、自分達は外部で守りを固めればいいだけ。それで問題が起きたことはなかった。


 だが主人がいるなど聞いたこともない。招かざるものは拒む、生きた塔。そう言われてもいるが、その意思が主人のものか、もしくはそれ(主人)を守るものなのか。

 それらの詳細を語れとディアンは言わなかった。ただ一言、口を開く。


「なぜ、それを望む?」


 シヴァは口を引き結んだ。強張った顔は、大事な秘密をばらされまいと必死に隠している子供のようだった。


「それは秘密だ。というわけで、その条件を飲むなら連絡役をやるというのはどうか?」

「益がないな」


 ディアンは驚く顔に当たり前のように言い放つ。


「リディアについてはこちらで解決する。連絡役にもあてがある。お前に協力する必要はどこにもない。今回の依頼はここで終わりだ」


 それを言いはなち、後は出て行けと顎をしゃくる。腕の中のリディアが、思案気にシヴァを見ている。


 先ほどはナイフを投げ脅したのに、基本的には他人を全くほっとくことができないお人よしだ。だが、そんな交渉が成立するわけがない。


 シヴァが舌打ちする。そして一度瞑目して何かを呟いた後、すわった目で声を投げた。


「――その人は、お姫さんじゃなきゃ目覚めさせらんねぇんだよ、リディア」


 名指しで改まって呼ばれたリディアはディアンの腕の中で驚き肩を揺らす。ディアン達は表情にだすことはなかったが、シヴァの理由は推測できなかった。


「頼む」


 そう言われると断れるリディアではない。先ほど気性が変わったかと思ったが、本来の面倒見が良くて優しい性格はそのまま。迷いながら頷こうとしたのを、ディアンがとどめた。


「今度はそっちからの依頼というわけだ。その主の正体と報酬は?」


 シヴァは一度下手にでたことで、駆け引きをすることを投げたというように態度を緩めた。


「悪い相手じゃない、むしろお姫さんにとって大事な相手になる。報酬はそれを得られること。こっちは連絡役(つなぎ)をやってやる。一度につき銀貨一枚」


 ここまで引き出させれば充分だった。


 シヴァはファズーンの間諜ではない。そしてあの王宮で生き延びた奴だ、それなりに使えるだろう。今はその塔よりも王宮内部での情報が欲しかった。


「いいだろう」

「じゃ、決まりだな。お姫さんの薬ができるまで、頑張れよ」


 ディアンは、リディアの顔を見て息を吐いた。好きだとも愛しているとも思いがあふれる。だが、困惑を浮かべている瞳には何もいえなかった。


 魔法も、自分(ディアン)の名前も、本人(リディア)の名前もわからなくなっている。そこにそれ以上の言葉がでてこない。


「これを一粒、痛みが出そうになった時に内服しろ。痛みが緩和する。アイツらには気づかせるな」


 ディアンはリディアに懐から出した小袋を握らせる。急ごしらえで作らせた鎮痛剤だ。同じように中毒性があるが、激痛は緩和されるだろう。


 リディアがうん、と力強く頷く。そして、背を向けてドアに向かう華奢な肩が外套に隠れる。シヴァが調子に乗り肩を抱こうとした瞬間、リディアはその手をピシャリと跳ね除ける。


 シリルが視界の隅で笑みを浮かべた「やるねえ」と言いながらも記憶のないリディアに寂し気だ。ディックはまだ睨みつけている。その先に見据えている王を殺してやりたいと視線が言っている。


 そしてドアが閉まった。ディックが情報を得て調査をするため音もなく消える。けれど突然、閉められたドアがまた開く。


 外套が翻り、薄着がめくれるのも気にせずにディアンに駆け寄ってきた華奢な身体。露わになった太もも、白い肌、伸ばされた腕(かいな)、それに見惚れて、放心しながらもディアンは手を伸ばし抱きとめた。


 リディアの両手が、飛びあがるようにディアンの首にまわされる。何度、この腕に抱きつかれたことか。何度、抱きしめたことか。


 ぶら下がるように抱き着いた腰を、ディアンは当然のように支えていた。


「やっぱりジェニパーベリーとシトラスの香り」


 耳元でささやかれ息をのんだディアンは、鮮やかな翠の瞳を見つめた。この間は、覚えていないと怯えていたそれは、今ひたむきに記憶に刻み込もうとしている。照らし合わせようとしている。 


 やはり腰は少し細くなった、体重も軽くなった、匂いは嗅ぎなれない甘い花のもの、けれど瞳の輝き、顔も身体もすべてリディアそのものだった。


「――この香り、私知ってる」


 リディアは、魔力を持つ人間が放つ魔力波を感知する。それを時に匂い、または色で表現する。 


 ディアンも含めて団員は、痕跡や探知をされないため香水や整髪料など匂いの類は一切つけない。

 だが魔力を匂いで感じ取るというリディアは、ディアンはジェニパーベリーとシトラスの香りがすると言うことがあった。


 それを覚えているという。それを確かめるのかと近づいてきたと思えば、リディアは不意にディアンの唇に、己のものを重ねる。


 柔らかい唇はリディアのものだった。


 ――付き合うまでキスはしたことがなかった。年下で部下。未成年。それを厳守してディアンは思いを示さなかった。


 だが、リディアが自分のものになった途端に、やめられなくなった。隙があれば、キスを繰り返した。


 わずかな隙間に不意打ちで、家に帰れば抱きしめて。リディアはいつも驚き、時には恥ずかしがり、でもいつも応じてくれた。


 けれど、彼女のほうからはされたことがない。それを物足りなく残念に思っていたが、それは自業自得でもある。


 告白はリディアのほうからだった。十六歳のリディアから二十一歳の自分への言葉。その思いに応えず、それどころか拒絶したふりをしたせいで、リディアは自分の感情を抑え込んだ。


 頑な、必要以上に自分の感情を抑え込む。あの時のことが尾を引いている。だからか、未だにリディアは自分から感情をなかなか表してくれない。


 だが今は、想いがほとばしるように短いキスを掠め、すぐに唇が離れていく。記憶がないせいか、むしろ感情のままに動いてくれたように思える。


(離すかよ!!)


 そしてそれに対するディアンの行動は、激しく応えること。


 これは自分の女だ。リディアはあの男のモノでは絶対にない。神だか何だか知らないが、だったら国ごと、大陸ごとぶち壊す。

 ディアンはリディアを引き寄せ、今度は自分から唇を重ねた。頭を押さえつけ、壁へと身体ごと押し付け舌を挿し込み、腰をさらに強くぎゅっとひきよせる。


(――ああ、これはリディアだ)


 忘れていようと、自分のリディアだ。まだ離れられない、何度でもしたい。だが、少し唇が離れたリディアは、再度重ねる前にディアンの耳に唇を寄せて、囁く。


「やっぱり、あなただと思う。だから――この間のは、違うから」


 そして強い眼差しで見つめてくる。

 ファズーンに無理やりされた口づけをリディアは指していう。


 そして自分(ディアン)のが正しいという。ディアンはそれに行動で答える。もう一度キスを重ねて、言い聞かせる。


「あんなの、忘れる。何度でも繰り返せばいい。必ずおまえを取り戻してやる」


 その言葉にリディアは微妙な顔をして「うん」と呟く。その表情の意味を問いただす前に、リディアは懐からエメラルドの飾りを出す。


 ペンダントに見えるが、第一師団の認識票だ。そしてディアンが作った特注品だった。


「また取り上げられないように、もってて」


 ファズーンが捨てたものを探しリディアに返すことは造作もなかったが、リディアは自分に渡すという。

 

「これは、お前を護る魔法がかけてある」

「でも、私には使いこなせないし、また取り上げられる」


 確かに、見えない魔法をかけてあったのに一度解かれている。自分の魔法を解くなんて、ありえない。だがそれをやったのだ、あの王宮のやつは。


「わかった。だが、また必ず返す」


 ディアンに押し付けた後、リディアは未練を残さないというように、振り切るように強く外套を翻し今度こそ背を向ける。


「待て」


 振り返った顔は、哀し気で、でも微笑んでいた。


「ごめん。全部忘れてしまって」

「――いや」


 そうだ、リディアは自分のことを思い出したわけじゃない。キスで、もう全部解決したかのように思い違いをしていた。

 それに気づかされたと同時に、リディアはするりと消えていた。


「私はあなた達を信じるから」


 そう言葉を残して。


 夜のことは何も言わないリディアだが、渡した鎮痛薬を素直に受け取った。

 どこまで何を気がついているのか。リディアは、聞かなかったが何かをされていると気づいているのかもしれない。リディアは鈍くない、見慣れた背をみながらそう思った。


 しばらく余韻に動けなかった。ほんのわずかな抱擁だった。

 

 あり得ないことに、リディアが消えたドアを見続け放心していたディアンは椅子を動かすシリルの音に現実に引き戻される。


「発情してんじゃねえよ……お前はもう、夫でもなんでもねーんだからよ」


 シリルの発言はまだ棘だらけだ。リディア第一の人間なのだからどうしようもない。

 リディアをむざむざ取られた自分に責任があるのはわかっている。己を責めたいのは自分も同じだ。


「シリル。シヴァが『すまない』とつぶやいた相手は誰か調べろ」


 何故望むか教えろと迫った時、確かに奴はそう言っていた。

 

 シリルは「あいよ」承諾する。

 だがまだ話があるようだ。何かを言いたげな彼女に目線で問う。返ってきたのは斜め上の予想以上の発言だった。


「――ところで、いつ私は潜入すればいいんだ?」

「は?」


 今回はシリルの言動すべてにディアンは一歩出遅れる。リディアのことがそれだけショックで頭が働いてないのか。


 アイツが死に直結するほどヤバい状況なのに、なぜこうも自分は鈍い?


「後宮だよ。女の私しか潜入できないだろ」

「ちょっと待て……」


 粗末な木造りの椅子に胡坐をかいて座る姿。その太ももは丸太のような筋肉。腕は十キロのライフルを片手で担げる。


 タンクトップから覗く胸元はすべて胸筋だ。正直、自分よりも筋肉が発達している。


「平気だよ。女のふりぐらいはできんだから」


 ――女、のふり。


 ディアンは何も言えず、背中を椅子に預け、天井を見上げた。まだ自分の方が、女の“ふり”が上手いのじゃないかと疑う。


「――とりあえず、少し待て」


 既に乗り気のシリルに、ディアンはそれしか言うことができなかった。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
[良い点] 分からないなりに、でも強くしっかりと行動するリディアの描き方がとても好ましいです そしてリディア以外の人物達の動きも丁寧描いてくれているので生きてるという感じがします 読んでて共感できると…
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