21.魔法師団
「魔法師は魔法を扱う人間のこと。魔法師には階級があって、上位の上級魔法師、さらに上には特級魔法師、、お姫様はそれだったってこと。詳しくは知らないけどな」
なにそれ、というのが感想だった。けれど一番驚いた事がある。
「グランマスターだったのに、魔法自体も全く忘れたってことか」
「魔法って……“そんなもの”を私が使えたの?」
――魔法。
不可思議で、特別な力。物語の中でしかわからない。けれどどんなものかは想像ができる。空を飛んだり、火を出したり、あとはなんだろう。
ただし、そんな不思議な術を使えた自分が想像できない。出し方もわからない。
呪文を唱え、手でも振ればいいのだろうか。そもそも、魔法を使える人が存在するなんて初めて知った。
「魔法なんてあるの?」
彼は重症だなと立ち上がり、リディアの質問には答えず手をひらひらさせ背を向ける。
そうして窓から出ていこうとする、たぶん引き留めるのをねらっている。
――リディアは背後に一瞬で詰めて、その腰からダガーを引き抜き、彼の頸部に切っ先を当てる。
「魔法は使えなくても、これぐらいはできるみたい」
「……降参」
彼は、軽く手をあげる。触れた時に確かめた。自分の読みは間違えていない、自分が彼を捉えようとしたとき、既に彼は振り向いていたし、反応しかけた。
荒事には慣れているし、たぶんリディアと勝負はできただろう。
ただ、反撃しなかっただけ。
「俺はシヴァ」
唐突な名乗りを無視する。
「何の用で来たの?」
リディアは彼の頸部から剣を離して向かい合う。ただし警戒は解いていない。前に構えたままだ。
「お姫さんの仲間からの依頼。アンタを連れだしてこいって」
リディアは構えたダガーを握り締める。
あの時、全く覚えがなくて初めて会った人達だと思った、何度も記憶から探っても出てこない。
「これは、ファズーンが持っているはず。なぜこれをあなたが持ってるの?」
「その依頼主が渡してきた、それがお姫さんのものとな」
よくわからない、リディアは首を左右に振った。シヴァに伝えたのではなく、思考を振り払うようにそうした。
ファズーンが持っていて、取り返したいと思っていたのに別の人から渡されてしまった。
「……よく似たもの? それとも複製?」
「正真正銘、奴がファズーンから取り返したお姫様のもの。伝言は『俺を信じろ』。さあてお姫様はどうする?」
「あの人よね」
奴は誰かすぐ分かった。あの黒髪の人だ。
記憶がないのに、あの時見た彼の表情は既に目に焼き付いている。感情は顔に出さない人、けれどわずかな変化が自分にはわかる。驚愕と、怒り、それから哀しみ、苦しみ。
あんな顔をさせたくない。見たくない、でも何度でも会いたい。思い出したい、思い出した時の自分への顔を見たい、安堵させたい。
「――会う。何度でも会う、思い出すまで」
「そりゃちょっと、無理な話だって。俺が依頼を受けたのは一回のみ」
「ちょっと、てことは、話次第では聞いてくれる、ということね」
彼はリディアに応えなかった。
かわりにリディアの手首を強く握って捻る。痛みに掌を開いてダガーが落ちかけると彼は足首でそれを蹴り上げて、自分の手で受け止める。
まるで曲芸だ。彼もファズーンと同じくらい強い。やはりリディアに捕まっていたのはわざとだ。それに悔しさも沸き上がるが、感謝もする。
あそこでリディアにまけずやり返して闘っていたら、二人のやり取りは長引いていただろう。と、思いかけておかしいと思う。
そもそも彼が勿体つけないで本題から入ればよかったし、自分を試さなければよかったのに。
「美人には勝たない主義でね」
「そんな話はどうでもいい」
一息入れる。そして彼を見返す。
「一回だけでもいい」
彼は窓辺に足をかけて、背を向ける。既に奥のほうで侍女たちが起きる気配がしている。
駆け引きはリディアの負け。どうするか選択をできるのは自分なのに、焦っている。行かないで、と思ってしまう。
「それで、どうすればいいの?」
「抜け出せば、お姫さんは折檻を受ける。――それでいいなら」
口調を一変させ、真顔に変えたシヴァにリディアは迷わなかった。
「いいわ。連れ出して」




