莉央とミシェルの縁
意地が悪いことも、醜悪であることも、莉央はしっかり自覚している。
けれど。ミシェルの絶望に比べたら、始まってもいない恋に敗れたくらい何だというのだ。
あの石の部屋を思い出す。
冷たくて、光もなく凍えるほどで、何もないからっぽな。孤独に死ねとばかりの。
────ミシェル、わかった。わかったよ。もう大丈夫。
公の場で貶められたミシェルは、近衛ではない下っ端の騎士見習いたちに乱暴に扱われ、引きずられるように連行されたという。
あの牢に入った瞬間、たぶんミシェルは絶望したのだ。
これまで命を守るため歯を食いしばってきた努力が、自分の盾にはならなかった現実に、世を儚んでしまった。
強く、手を握る。痛かったね、ミシェル。つらかったね。
もうやめたいと、いなくなってしまいたいと、未熟な子供が願ったとして、誰が責められるだろう。
どんな奇跡かはわからないが、ミシェルの絶望の慟哭に共鳴して、莉央がここに来た。
それでよかったんだ。だって、こんな汚い場面を見せずに済んだ。
大丈夫だよ、ミシェル。代わってあげるから。捨ててしまっていい。
それなりの人生経験を積んだ莉央には、ちっぽけな悪ガキの睨みなんか痛くも痒くもない。
こんな薄っぺらい茶番など、よそ風程度のインパクトでしかない。
『老いていく私たちのために、おまえを削らなくていいんだよ』
『介護介護って……結婚したくないって言えばいいのに、親を言い訳にするなよ』
『ごめんね、莉央、苦労ばかりかけて。もう自由になっていいんだよ』
大好きだったんだよ。愛していたの。だから、精一杯、莉央は抱えていたかった。
確かに、不自由だった。苛立ったことも、泣いたこともたくさんある。
でも、抱えることを自分で決めて、日々を大切に過ごしていた。
莉央が死んだのは、両親が専門施設に入所した日の夜。
どうにも家が広すぎて、どうしようもなく寂しくて、ついふらふらと出かけた時だった。
あれは、莉央にとっての絶望だった。
愛する家族が、莉央のために自身を嘆く姿が。ついに抱えていられなくなった自分の無力さが。
一番理解してほしかった相手に、突き放されたことが。
たぶん、莉央とミシェルはあの瞬間、互いを結んだのだ。
ミシェルは、もしかしたら莉央として、あちらで過ごしているのかな。そうならいいな。
頭を軽く振って過去の記憶を散らし、莉央はまっすぐ陛下に向き直った。
「嫉妬してもいないし、諫言は義務だったし、証言も虚偽だった。なら、わたしは無罪ということで構いませんか?」
「……もちろんだ、ミシェル。長い間ご苦労だった。何か望むことはあるか?」
たった数十分で一気に老け込んだような陛下に問われ、莉央は少し考えた。望み。望みか。
「では、」
莉央は、貴族としての振る舞いを知らない。知識もなければ、これから身につくとも思えなかった。
今だって、この場で誰よりも拙い言動をしている自覚がある。追いつける気もしない。
生まれた場所の違いは、染みついた所作やふとした仕草にすら滲むものだと、たった数日で思い知った。
「わたしを放逐してください」




