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莉央はこの子を愛してる


莉央は、水や改善された食事をほんの少し口にしつつ、ほとんどの時間を眠って過ごした。

生前どれだけ欲していたんだと自分で呆れるほど、いくらでも寝れた。


副隊長は、何くれと世話を焼いたりあれこれ説明してくれたりしたので、大まかな状況は理解できたと思う。

つまり、婚約者候補以外に現を抜かした王子と、元々ミシェルを気に食わなかった王妃が結託し、聖女候補を旗印に排除に動いたということだ。


────乙女ゲームだか小説だか漫画だかで、よくある展開だよねー。


さしずめ、莉央は悪役といったところか。ちょっとわくわくするではないか。

陛下や公爵が戻って来たところで、ミシェルが無傷とはいくまい。処刑でなくとも、表舞台に戻ることはないだろう。


莉央としても、貴族の振る舞い方なんてちっとも知らないので、幽閉とかがいいなと思っている。

何せ寝放題。ゆっくりまったり、好きなだけ寝れるのは魅力的だ。


「聖女って、不思議な力が使えたりするわけじゃないんだ?」


ちびちびと水を飲みながら言うと、副隊長がわずかに首を傾げた。


「不思議、というのが何を指すかわからないが……聖女様は生涯神に仕え、民に奉仕をする尊き方だ」


「魔法とか使えないの?」


「まほう?」


使えないらしい。というか、魔法という概念がないのか。それこそ不思議だ。

聖女といえば光やら癒しやらの魔法、というのは、莉央の世界の認識らしい。


すっかり気安く会話をするようになった副隊長曰く、超常的な力は存在しないとのこと。非常に残念だ。


「ミシェル嬢とは、時折り話をした。殿下の婚約者候補の護衛をすることもあったからな。ミシェル嬢は勤勉で、よく周囲に相談される人だったよ」


彼は、莉央がミシェルでないことを薄々察しているようだ。

あえて明言はしないが、言葉の節々にそれが伺える。

距離感を掴むのが上手い人だなと、莉央は感心した。大人の余裕というやつか。


「陛下や公爵が戻れば、ここから出られるだろう」


「出てどうすんのって話だけどね」


「……どうする、とは」


小さくパンをちぎっている莉央に、副隊長が怪訝そうな声を出す。

相変わらずプレートアーマーなので表情はわからないが、ある程度の機微を察せられるほどにはなった。


「ミシェルが聖女候補を突き落としたとしたら、罰を受けるでしょ。そうじゃないとしても、牢に入れられた子なんか表舞台には戻れないだろうし」


「……まあ、可能性としては、なくはないな」


「いいんだけどね。でも、今のままでも別に」


「出たくないのか?」


「どっちでも。あなたしか、知り合いはいないし」


急に異世界に放り込まれて、それが罪人もしくは元容疑者だった人間となれば、どう生きていけばいいのかもさっぱりわからない。


悲観はしていないが、楽観するほど馬鹿ではない。危機的状況であることくらいは認識している。

まあ、どうにかなるでしょと思っているのも本当だが。


「ならば……もし、すべてが潔白だったと証明された時には、唯一の知り合いとして会いに行こう」


「はは。よろしく」


近衛騎士の副隊長なんてお偉いさんが、そこまで手厚いフォローをしてくれるとはとても思えない。

そんな暇ないんじゃないかと思いつつも、気遣いは嬉しくて笑みが漏れた。


「……あなたは、その」


「うん」


ひどく言いにくそうな副隊長に、莉央は頷いてまた笑う。

なんとなく、彼の言いたいことはもうわかっているような気がした。


「わたしってさあ、一回死んでんの。ちゃんと生きて、ちゃんと死んだ」


「……」


「だからまあ、この子と一緒に死ぬための後生みたいなもんだね」


とんだ後生だと思うかもしれない。でも、莉央には充分に面白く、貴重な体験だ。

黙り込んだ副隊長には、きっとわからない。それでいい。それがいいんだよ。


「ミシェルが一人きりじゃないことが、大切だったんだよ」


生前ちっぽけなたった一人の人間でしかなかった莉央が、たった一人のために存在できた。

それはなんていうか、言葉にならないほどの満足感や充足感で。莉央にとっては、何よりの後生だ。


「……また会おう」


「あは。そうだね」


叶うかどうかじゃない。

今この時、この人が心から告げている事実が、莉央にとっての価値だった。








陛下と、ミシェルの父である公爵が帰って来たとの報せがあったその日のうちに、莉央は公爵家に連れ帰られた。

見ず知らずの父母に号泣され可哀想がられ労られ、居た堪れなくなりながらも風呂やら何やらと世話をされ、私室らしき部屋のベッドに押し込められた。


高級感あふれるベッドにあっさり陥落した莉央には、鬼神の如く憤る父母が王宮にカチコミに行ったことも、王宮では過去にないほど壮絶な王族の夫婦・親子喧嘩が繰り広げられていたことも、すべて預かり知らぬことだった。


────そういえば、副隊長さんにお礼を言えてないな。


夢現に考えたのは、それだけだった。




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