第36話「再出発」
西暦256年10月17日の昼。
巨大都市マナグアの裏路地で起きた、僕とハナさんの命を懸けた誘拐事件の、その次の日のことだった。
「お前ら4人とも、子どもの誘拐と不法な臓器売買、および殺人未遂、その他多数の重罪で処罰する!!」
武装した都市の監視員——前世で言うところの警察官——の隊長が、縄で何重にも縛り上げられたオークたちに向かって、容赦のない厳しい判決を言い渡した。
「クソ!!! あの時邪魔に入ったガキども!! 絶対に覚えてろよお前らっ!!!」
「黙れ! 早く護送馬車に乗れ!!! 罪を犯したのだから、これは当然の報いだ!!!」
「離せ!!! 離せよ!!!! 俺たちを離せ!!! 俺たちはただ生きていくために……」
「言い訳など通用するか! 採掘所送りの前に、まずは数カ月間にも及ぶ徹底的な取り調べと裁判を受けさせる!
お前らのような常習犯だと、その後は直ちに極寒の採掘所送りになるだろうな!! 覚悟しておくんだな!!」
「クソ!!! クソがーーーーー!!!!!」
オークのリーダーたちは、監視員たちに力ずくで引きずられながら、見物人が取り囲む中、悲痛な叫び声を上げて護送馬車へと押し込まれていった。
あの絶体絶命の時、犯人たちはアネモネさんとサラさんが放った『闇の炎』の恐ろしい連動攻撃に飲み込まれていったのだが、彼女たちは絶妙な魔力コントロールで、彼らを殺す気はなかったらしい。
確かに、あそこで彼らを焼き殺して消滅させるのも選択肢の一つだった。
だからといって、もしあの魔法が精密な連動攻撃じゃなく、ただの暴走した炎だったとしたら。
最悪の場合、周囲の密集した木造建築の廃墟に一気に燃え広がる恐れがあり、大火事になっていたかもしれない。事実、事後処理の際、魔法の威力が危険すぎるとの理由で、二人は都市の監視員たちにこってりと絞られてしまっていた。
そんな騒動が一段落し、僕は、駅馬車の待合所に集まっていたギーガさんやパーティーの仲間たちから、口々に心配の言葉をかけられていた。
「大丈夫かグライ!!? ほんまにどこもケガはなかったんか!!?
まさか少し目を離した隙に、自分が裏社会の連中に誘拐されたなんて、ワイも思いもせんかったわ!!!
……まぁ、今回は無事に一件落着したからええけど、次は絶対に一人で無茶したらあかんで?」
ギーガさんが、大きな手で僕の肩をガシガシと叩きながら、安堵と心配が入り交じった声で言う。
「本当に大丈夫でしたか、グライ君!? アネモネさんが間一髪で助けてくれたらしいじゃないですか!?
まさかあのアネモネさんが、他人のためにあんな強力な魔術を使うとは思いませんでした。助けられた時、どんな感じだったんですか!?」
メガロンさんが、大きな巨斧を背負いながら、驚きを隠せない様子で身を乗り出してくる。
「だ、大丈夫だった、グライちゃん? 目に見えないケガはなかった?
もし少しでも痛いところがあったら、私の回復魔法ですぐに治せるからね。遠慮せずにいつでも言ってね(。>﹏<。)……」
ヨナさんが、犬耳をペタンと寝かせ、涙目で僕の全身を心配そうにペタペタと触って確認してくる。
「あはは、私たちの可愛いグライちゃんが、路地裏でオークなんかに誘拐されたなんてね……。
もし私が先に犯人を見つけていたら、私の糸でグルグル巻きに捕まえて、広場のど真ん中で全裸にして晒し者にしてあげたかったわ。
……それにしても、グライちゃん、いつの間にあの小さな兎を拾って手懐けたの?ねぇ? 何で?
どうやって? 教えてくれない?
グライちゃんって、もしかして……そういうケモノっ子が好きな系だったのね〜〜」
ラミアさんが、相変わらず圧倒的な色気を漂わせながら、僕をからかうようにウインクをしてきた。
仲間たちからの矢継ぎ早な言葉に、僕は少し疲れを感じながらも、心の中は不思議とスッキリと晴れ渡っていた。
あの絶体絶命の暗闇の中で助けてくれた二人……いや、一人と一匹の相棒には、僕の命を賭してでも恩を返したいぐらいに感謝している。
僕はひとまず、高ぶる感情を落ち着かせるために、ゆっくりと深呼吸をした。
「スーーーーー……ハーーーーー……うわぁ!!!」
深呼吸を終えた瞬間。僕は突然、背後から無言で肩を強く叩かれた。
ビクッとして後ろを向くと、そこに立っていたのは、腕を組んだアネモネさんと、そのアネモネさんの肩にちょこんと乗った状態でこちらをドヤ顔で見ている、サラさんが微笑んだ状態で立っていた。
「言っておくけど、グライちゃん。
今回は、この兎がいてくれたから、あなたの匂いを辿って正確な場所を把握できただけだからね。
もしいなかったら、今頃あなたは本当に死んでいたかもしれなかったからね?
自分の油断のせいだってこと、それだけはしっかり反省しといてね? ふふっ」
アネモネさんが、チクリと釘を刺すように妖しく笑う。
「ちょっと!! 『この』兎って……私のことを、どういう神経をしていたら、そんな風に言えるのです!!?私は人間のお前なんかより、よっぽど長く生きているのです!!!
私のことをただの動物みたいに子ども扱いしないでほしいのです!!!」
サラさんが、アネモネさんの髪の毛を引っ張りながら、プンプンと怒って抗議の声を上げた。
僕は、また始まりそうな一人と一匹の言い争いの間に、慌てて割って入った。
「まぁ、まぁ!!! 二人とも、そんなことで喧嘩して言い争わないでください!!!
僕もハナさんも無事に生きていますし、何より犯人はちゃんと捕まったので!!
……今の暗い話は、もう終わりにしましょう!! さぁ、仲直りしましょうかっ!!?」
「……あ、あの……」
僕の仲裁の言葉が、途中で消えてしまった。
背後から、控えめな声が聞こえたからだ。また背後から、誰かが僕を呼んでいるかもしれない。
クルリと後ろを向くと、そこに立っていたのは……背中の下にフサフサの尻尾、頭に猫耳、そしてもじもじと合わせている手のひらには可愛らしい肉球。
亜人の猫系……そう、昨日一緒に誘拐されていた少女、ハナさんだった。
しかも、ハナさんの両脇には、彼女の両親らしき二人の大人が、申し訳なさそうに立ち止まった状態で僕の顔を見つめていた。
「ハ、ハ、ハ……ハナさんじゃないですか!?
本当に大丈夫でしたか? その後、おケガはありませんでしたか?」
僕は驚きながらも、すぐに彼女の無事を確認した。
「……うん。どこもケガはなかったよ。グライ君も、無事でよかったね。
それとね……後からお父さんたちに聞いて、今知ったことなんだけど……。
グライ君って、ただの迷子じゃなくて、本当に冒険者だったんだね!!
あんな強そうなパーティーの仲間たちと一緒に、旅をして冒険しているなんて……カッコ良すぎるよ!!!
まだたった6歳なのに、随分と大人みたいなすごいことしているんだね!!!」
ハナさんは、昨日の暗闇の中での僕の対応を思い出しながら、目をキラキラと輝かせて興奮気味に言った。
その真っ直ぐな称賛の言葉に、僕は一気に顔を赤くした。
照れくさくて、たまらず視線を下に向けてしまう。
前世では女の子からこんな風に褒められたことなんてなかったから、あまりにも恥ずかしいし、嬉しかった。
「いやぁ〜〜、それほどでも〜〜」
僕は、照れ隠しで頭を掻きながら、自慢気に誤魔化すように言った。
でも、結局僕の上擦った喋り方で、照れているのは完全にわかってしまっただろう。
仮に言葉でごまかせたとしても、僕の顔が耳まで赤いままの状態かもしれないので、強がりはすぐにバレてしまうだろう。
「あっ!!! あなたが、噂に聞いたグライ君ですか!!?
初めまして、私はニアと申します。このハナの父です。
この度は、私の大切な娘を絶体絶命の危機から救ってくださったこと、親として、心より感謝申し上げます!!!」
「いや、直接助け出したのは僕じゃなくて……あの、アネモ——」
「ホントに、ホントに感謝します!!! あなたには、美味しいお肉をごちそうしたいくらい、どれだけ感謝しても足りません!!!
あっ!! 申し遅れました!! 私はニナと申します。ハナの母です」
突然、僕をずっと探していたらしいハナさんの両親が、僕の手を握りしめて近づいてきた。
亜人の犬系の特徴を持つ父と、猫系の特徴を持つ母が、僕に向かって涙ながらに温かい感謝の言葉を立て続けに申し上げてきたのだ。
「だから……僕が直接戦って救ったわけじゃなくっ……」
僕が慌てて否定しようとすると。
「グライ君。……確かに、あの暗い部屋で、私と同じように手足を縛られて誘拐されていたのは事実だけど……。
でもね。もし、あの時グライ君があそこにいなかったら、私は……恐怖で気が狂っていたと思う」
ハナさんは、少しだけ下を向いた状態で、僕の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。
(そうだ……。誘拐の場所がわかったのは、僕の肩に乗っていたサラさんの鋭い嗅覚のおかげだ。
僕がこうして両親から感謝されている理由は、僕が武力でハナさんを救ったことじゃなくて。
僕が、サラさんという頼もしい存在を仲間にしたことと、結果的に僕を追ってきた仲間をあの場所へ呼んでくるきっかけを作ったことだ。
もし、あの出会いがなかったら……今頃、ハナさんはオークの毒牙にかかって、無惨に……)
これは、僕が市場で足を止め、サラさんを見つけたことから始めたことだ。
昨日のマナグアでの何気ない出来事が、もし一つでも欠けていたら、ハナさんは既に死んでいたのかもしれない。
直接的な武力で救ったわけではないが、僕の存在が彼女の運命を『別の意味』で変え、救ったということなのだと、僕は今、はっきりと理解した。
「ハナさん。僕、今まで少し勘違いしていました。
昨日の僕の行動が、もし一つでも欠けていたら、結果的にハナさんをあの場所から救い出すことはできませんでした。
でも、今だからこそ、心からそう思えることです。
何か困難なことを終えた時……『あの時、ああしておけばよかった』とか、『もしこうしていたら、どうなっていたのだろう』と、結果だけでなく過程を深く考える力が、これからの冒険には一番大事なんだと、身をもって理解しました」
「……うん、そうだよね。
グライ君は、暗闇の中で話した時から、私の都合のいい勘違いを『拒否しない人』じゃないって、そう思っていたからね。
私、グライ君みたいに優しくて強い人が、この世界にたくさんいたらいいなぁ〜って、本気で思っていたのよ。
みんながグライ君みたいなら、あんな恐ろしいことも、悲しいことも起こらない……
誰も傷つかない『平和な世界』になっていたはずだから。本当は、それが一番いいのよ……」
ハナさんは、少しだけ遠くを見るような目で、そう優しく言った。
僕は、ハッとした。
僕の人生で、初めてかもしれない。相手の口から、こんなにも純粋に「いい人」って言われたのを。
前世では、同級生からは気味が悪いと避けられ、家族からは出来損ないと呼ばれ、教師にも期待の言葉を言われたことのない、蔑まれるだけの言葉ばかりだった。
あの日、便所の床で自殺して転生してから、約6年半。僕の今までの二度の人生の中で、心の底から他人に認められ、初めて言われた言葉だった。
僕は、胸の奥から湧き上がる熱い喜びを、もう我慢できなかった。でも、ここでは男として、グッと我慢して冷静を装わなきゃいけない。
僕は、必死に喜びを我慢しながら、震える声で言葉を発した。
「そうなんですね。ハナさんは、あの絶望的な状況でも、僕のこと信頼してくれていたんですね。……とても、嬉しいです」
「当然でしょ? 私は、あなたが声をかけてくれたあの時から、ずっと信じていたからね。
……それにね、私、今回のことで決めたの。
私、将来、子どもたちを守れるような、立派な『魔法学校の教師』になりたいって」
ハナさんの突然の力強い発言に、僕だけでなく、隣で聞いていたハナさんの両親も驚愕して顔を見合わせた。
「ハナ!!? お前、本気で言っているのか!!?」
「まぁ、ハナがすでにそんな先の将来のことを考えていたなんて……お母さん、思いもしなかったわ。
でも、素晴らしい目標でいいことじゃない!!? 道はとても厳しいけど、今のハナの目は、本気で考えている大人の目をしてるわ!」
魔法学校の教師。
それは、魔術の階級や、実戦の戦闘経験がなしでも、国が定める非常に難関な筆記と実技の試験を合格できれば、正式な教師免許を取ることができ、魔法学校で未来ある生徒たちに魔術の基礎を教えることができるという、尊敬される職業だ。
しかも、その試験には年齢制限はなく、努力次第でどんな年齢でも教師になることができるという。
「ハナさん、将来、教師になるんですか!!? それはすごいことですよ!!!
あの試験は、国家資格でかなり難関だって、本で読んだことあります!!! それを受けようと決意しているなんて……本当に、応援します!!!」
その後、少しの短い時間だったが、僕は出発までの間、ハナさんと笑顔で会話した。
次、いつこの広い世界のどこかで会えるのかわからないため、話せる分だけ、今までのことやこれからの目標についてたくさん話した。
僕たちは、この後すぐにマナグアを出発する。
新しく手配した別の駅馬車に乗り、さらに南に位置する、絶対攻防を掲げる強国——ヴィルヘルム帝国の巨大都市、『ヴィルヘルム』へと向かう予定だ。
そこでは、次は一体どんな新しい景色や、出会いが見られるのか、本当に楽しみで仕方がない。
そして……出発の時間が来た。
「じゃあ、また会いましょうハナさん!!! いつかまた、絶対に!!!! またいつか!!!」
僕は、動き出した駅馬車の窓から身を乗り出し、遠ざかるハナさんたち家族に向かって、ちぎれるほど大きく手を振った。
馬車の車輪の音でハナさんの声は聞こえなかったが、彼女も笑顔で、ずっと僕に向かって手を振り返してくれているのを、しっかりと確認できた。
巨大都市マナグアの街並みが、どんどん後ろへと離れていく。
ハナさんの姿が完全に小さくなって見えなくなると、僕はゆっくりと窓を閉め、座席に座り直した。
(次は、どんなものを見れるのかな? 楽しみだ!!)
僕の向かう、次の目的地。
僕は、心の中で弾けるようなワクワクが全く止まらなかった。
「早く、新しい世界を見たいなぁ〜」と。
僕は、窓ガラスに映る自分自身の、希望に満ちた笑顔を見つめながら、静かにそう呟いたのだった。
To be continued
次回第37話 6月27日(土) 午後8時投稿予定




