第35話「絶体絶命」
僕は、冷たく硬い石の床に這いつくばった状態のまま、暗闇の中で微かに聞こえた、そのしゃくり上げるような小さな声がした方向へ向かって、まずは聞こえる範囲で、慎重に声を発した。
「あの……誰かいませんか? 誰かそこにいたら、返事をしてください。
最低限に聞こえる声の大きさでいいので、どうか返事してください」
いくら相手の声が幼い女の子のようなものに聞こえたからと言って、五歳児の僕が偉そうにタメ口で呼びかけるのは違うと判断したため、なるべく大人のように冷静に、そして丁寧な敬語で話しかけた。
一応、暗闇で姿は見えないが、相手が僕よりも年上だった時のための対策を取っているのだ。それに、この絶望的な状況で相手を怖がらせたくなかった。
数秒の沈黙の後。
「……誰か……いるの? 助けて……お願い……」
突然、僕が声をかけた方向から、震える声が返ってきた。
あの声の正体は、やはり僕の予想通り、ひどく怯えきった幼い女の子の声だった。
声のトーンからして、とはいえ僕よりは年上かもしれないという印象を受けた。
その言葉には、やはり恐怖による泣き声が色濃く滲んでいた。
無理もない。こんな暗闇の中で見知らぬ悪党に拉致され、手足を縛られて転がされていれば、大人だって泣き叫ぶ。この状況で泣くのは全くおかしくない、当然の反応だ。
「僕は、グライ・ファンジアスと言います。一応、6歳の男の子です。
あなたはいったい、何故こんなところに捕まっているんですか? あなたは、誰なんですか?」
僕は、なるべく相手を安心させるために冷静な口調で名乗り、現状を把握するために問い詰めた。
今の僕は、所属している『ハイスピード』というパーティー名や、超級魔法使いであるという階級は、あえて言わなかった。
明確な理由は思いつかなかったが、ここで自分の強さをひけらかすようなことを言えば、逆に「じゃあ魔法で縄を解いてよ!」と相手を無駄に期待させてしまったり、あるいは外の悪人たちに僕の素性がバレて何かしらの不利な状況に陥るかもしれないと、本能的に思ったからだ。
ここで自慢気になって見栄を張る場合ではない。それは誰が考えてもわかることだ。
「グライ・ファンジアス……? ……グライ君、お願い、助けて。
私は、ハナ。年齢は12歳よ。私……さっき、街でオークの大人たちに『親が呼んでる』って誘われてついて行ったのに、急に頭を叩かれて、気がついたら、こんな暗い部屋に閉じ込められてて……。
しかも、両手も両足も、太い縄で痛いくらいに縛られているの……早く助けて……お願いだから……」
ハナと名乗った12歳の少女は、嗚咽を交えながら、自分が騙されて誘拐された経緯を必死に訴えかけてきた。
その悲痛な願いに対して、僕は心底申し訳ないと思いつつ、残酷な現実を突きつけるしかなかった。
「ハナさん、期待してしまって本当に悪いのですが……。
僕も、あなたと同じように後ろからオークに襲われて、今、両手も両足も太い縄で縛られていて、完全に身動きが取れない状態なんです。自力では解けそうにありません」
「……そ、そうなのね……。
私、てっきり……やっと外から助けが来てくれたのかと思って……」
僕の言葉を聞いて、ハナさんの声から一気に希望が失われ、深い落胆の色が滲んだのがわかった。
「ああぁ!! ごめんね、別に私、グライ君が助けてくれないからって、怒っているわけじゃないからね。
ただの私の都合のいい勘違いだから……。巻き込まれちゃったグライ君も、怖かったよね……」
彼女は、絶望的な状況にありながらも、幼い僕を気遣うような優しい言葉をかけてくれた。
僕は、その優しさに応えるように、少しだけ声を張って言った。
「だ、大丈夫ですよ、ハナさん。謝らないでください。
それより、今は落ち込んでいる暇はありません。先に、この部屋からどうやって脱出すればいいのかを、二人で協力して考えましょう。自分で動こうとしない限り、状況を打破するのは絶対に不可能です。まずは考えることが先決です」
「そ、そうだね……グライ君。お互い暗くて顔はわからないけど、諦めずに一緒に考えましょう!!
……でも、グライ君。6歳の男の子だっていうのに、随分と大人みたいなしっかりした会話ができるんですね。
私、すごく見習いました。私も、あと3年経てば15歳で『成人』の年齢なんだから、もっとしっかりしなきゃね……!」
ということで、僕たちは暗闇の中でお互いの存在を唯一の頼りとし、二人でこの絶望的な密室からの脱出方法を考えることにした。
* * *
「う〜〜ん……どうやって脱出すればいいのかな?
ハナさん、何か使えそうなアイデア、思いつきましたか?」
「私はねぇ……。うーん……あっ!! ああぁ!! すごくいいこと思いついた!!」
数分間沈黙して唸っていたハナさんが、突然、暗闇の中でポンと弾んだような声を上げた。
「えっ!!? もう思いついたんですか!!?
すごいです! ハナさんのその考え、聞きたいです!!」
僕は、彼女のひらめきに期待して身を乗り出すようにして聞いた。
「それはね……!
『縄に縛られた状態で無理やり立って、もし部屋の壁に窓があったら、器用に足を使って窓を開けて、そこから外へ脱出』すればいいんじゃない!!?
そうすれば、音も出ないし、外のオークたちにもバレないかもしれないわ。この考え、どう思う?
私って、もしかしてこういうピンチに強い『天才』じゃない!?」
ハナさんは、自分の名案に酔いしれるように、得意げに一気にまくし立てた。
しかし、その言葉を聞いて、僕は無言のまま冷や汗を流し、深いため息をつかずにはいられなかった。
「あの……ハナさん。せっかくの名案のところ、大変申し訳ないんですが……。
そのアクロバティックな考えは、百歩譲って『両手だけ』が縛られた状態なら、まだいけるかもしれない考えじゃないですか?
……ハナさん、先ほど自分で言っていましたよね? 両足も、縛られていますよね?」
「・・・・・・あっ……」
僕の冷静すぎる指摘に。
ハナさんの元気な声が、ピタリと、文字通り一瞬にして消え去った。
「数秒間、完全に無言だったってことは……。
やっぱり、そうなんですね……両足もガッチリ縛られているんですよね……」
「……い、今のこと、全部忘れて……!!
あぁ!!! 私ったら、またこんなおバカなことを!! もう、恥ずかしくて死にそう!!」
暗闇の中でも、彼女が顔を真っ赤にして身悶えしているのが目に浮かぶようだった。
「……まぁ、パニックになっているんですから、仕方ないですね……」
僕は、呆れ半分、慰め半分でそう返した。
それから、二人はしばらくの間、必死に頭を悩ませて考えた。
自分が思いついた脱出方法を口に出して考え、それに対してどんなメリットや、致命的なデメリットがあるのかをお互いに指摘し合い、思いつかなきゃいけないと焦る。
そんな生産性のないやり取りを、何度も繰り返した。
しかし……現実は甘くなかった。
「ダメです……全然、現実的な方法が思いつかないです」
僕は、縄の結び目を解こうと手首を擦り剥きながら、弱音を吐いた。
「私も同じよ……。やっぱり、両手も両足もこんなにキツく縛られた状態で、魔法も使えずに自力で脱出するなんて、どう考えても無理に決まっているのよ。
……ねぇ、グライ君。私たち、もしかしてこのまま、誰にも見つけられずに殺されて、死んじゃうのかな……」
ハナさんの声が、再び絶望の淵に沈み、涙声に変わっていく。
「そんな縁起でもないこと言わないでください!! こんな最悪の状況で!!」
僕はハナさんを強く叱咤したが、僕自身の心も折れかけていた。
結局、自力での脱出方法が思いつくことはなかったのだ。
当然だ。大人の男の力で縛られた太い縄を、子どもの力で解いて脱出するなんて不可能に近い。
寧ろ、出口を探せば探すほど、先に見える光が一つも見えないことに絶望するだけだ。
今の状況は、前世のテレビで見たような、都合よく助けが来るドラマのシーンの撮影中なんかじゃない。本物の、命の危機なのだから。
そう思って、僕が完全に諦めかけた、その時だった。
カチャッ!!!
ガチャッ!!!
突然、僕たちのいる暗闇の部屋の外から、何かの金属が擦れ合う音が聞こえた。
僕とハナさんは、ビクッとして、その音が聞こえる方向へと一斉に顔を向けた。
その音の正体は……鍵を回し、「ドアが開いた音」だった。
ギィィ……と重いドアが開いたのと同時に、廊下の明かりと共に、何者かが部屋の中へとやって来た。
二人は、逆光の中に立つその姿を見た瞬間、すぐに最悪の事態だと反応した。
何故なら、そこに立っていたのは、僕を襲ってここに連れ込んだ、あの醜悪なオークの仲間三人と、そのリーダーであるお頭だったからだ。
彼らは、暗い部屋を照らす冒険用のランタンと、血の汚れがついた生活用のランタンを左右に分けた状態で持ちながら、床に転がる僕たちをニタニタといやらしい目つきで見下ろしていた。
「ヘッ。ようやく目を覚ましやがったか、クソガキどもが」
リーダーのオークが、太く濁った声で吐き捨てるように言った。
僕は、相手が圧倒的な暴力を持つ年上とはいえ、もはや自分たちの命が風前の灯火である以上、今は下手に出て敬語で話すのがどうでもいいと感じた。
「おい!! お前たち、何故僕たちをこんなところに誘拐した!!?
僕や、この女の子がお前らに何か悪いことでもしたか!!? 理由を教えろ!!」
僕は、縛られたまま上体を少しだけ起こし、睨みつけながら叫んだ。
「おぉ!? なんだ、そっちの生意気そうな、口だけは達者なガキは。
自分たちの立場もわきまえずに、俺たちに対して随分と偉そうじゃないか」
オークの一人が、僕の言葉を鼻で笑う。
「安心しろよ、坊主。お前が持ってた、あの高く売れそうな杖と剣は、捨てたりなんかしないぜ。
お前が死んだ後、大事に俺たちの『宝物』にする予定だからな。ハハハハハハ!!!」
別のオークが、僕の武器を奪ったことを嘲笑う。
「お頭、どうしやすか? いっそのこと、面倒くせぇから、ガキ二人ともここで首を刎ねて殺しやすか?」
手下の一人が、腰の鉈を抜きながらリーダーに尋ねた。
「いや、待て。殺すのはいつでもできる。その前に、この威勢のいいガキに、話しておきたいことが一つだけある」
リーダーがそう言うと、ズシンと重い足音を立てて僕の前に歩み寄り、顔を近づけてしゃがみ込んだ。
強烈な獣の臭いと、血の匂いが混ざった悪臭が鼻を突く。
「お前、俺たちが何でお前らを誘拐したのか、その理由を聞きたいんだな? 冥土の土産に教えてやるよ。
それはな……お前らと同じような、若くて新鮮なガキの『臓器』をこの手に入れ、裏社会で高く売り捌いて、莫大な金を得るために誘拐したんだよ」
「うっ……!!」
「えっ……!?」
リーダーの口から語られた、あまりにもおぞましい真実に。
それを聞いた僕とハナさんは、言葉を失い、完全に驚愕した。
彼らが、ただの身代金目的の誘拐犯などではなく、命を切り売りする極悪非道な裏社会の臓器密売に手を染めている者たちだと、はっきりと確信したのだ。
僕は、恐怖で震えそうになるのを必死に抑え込み、なるべく冷静なふりをして返事を返した。
「……子どもの臓器を売買?
いったい何故、そんな非道なことを……」
「ヘッ。知らないのか、坊ちゃん? 若くて健康な臓器は、種族次第では裏ルートで目玉が飛び出るほど高く売れるんだよ。
内臓の臓器だけじゃなく、珍しい種族なら、耳や首、脚、目玉なども観賞用や魔術の素材として売買される。
お前はただの人間だし、そっちの怯えてる小娘は亜人の猫系だからな……まぁ、そこまで飛び抜けて高くは売れないな。
俺たちが本当に狙って探しているのは、不老不死の力があると信じられているエルフだからな。エルフの体は、部位を問わず超高額で高く売買できるんだ。
……これが、俺たちのような底辺の悪党の、『裏社会の生き方』ってもんだよ」
「……ふざけるな。何が、裏社会の生き方だ。何が高く売買できる、だよ。
お前がやっていることは、ただの極悪な犯罪だぞ!!
それどころか、罪のない人間を誘拐して、人身売買みたいなことまでして……。
そんな残虐なことして、金をもらって楽しいのか!!? 殺される他人の痛みや気持ちは、どうでもいいってのか!!?」
僕は、彼らのあまりにも身勝手でゲスな論理に怒りが爆発し、縛られたまま声を荒らげて吠えた。
「フフフ……ハハハハハハ!!! 当然だろ!!?
俺たちはな、この汚い手で弱者の命を売り払い、その金で美味い飯を食い、暖かいベッドで寝ているという、最高の人生を送っているんだよ!!!
お前らのような、裕福そうな家に生まれ、親の金で真面目に勉強をしているような恵まれた連中のほうが、俺たちから見ればよっぽど気に食わなくて、うざいんだよ!!!」
リーダーは、激昂して立ち上がり、八つ当たりのように近くの部屋の隅に置いてあった多数の大きな木箱を、蹴り飛ばして破壊した。
そして、再び恐ろしい形相で僕の前にしゃがみ込み、腰から抜いた刃こぼれした鋭い剣の切先を、僕の喉元にピタリと突きつけた。
「さぁ!! ここで命乞いをして言え!!
痛い思いをして解体されて死ぬか!!? それとも、泣き叫んで無様に死ぬか!!?
どっちみち死ぬんだよ!!!」
「……待ってください!! 私たちの命だけはっ!!」
「うるせぇんだよ!! 黙ってろ、この小娘が!!!」
ハナさんが僕を庇うように悲鳴を上げると、手下のオークが彼女に向かって怒鳴りつけた。
「お前らの体は、もうすぐ俺たちの裏社会の最高の『商品』になるんだよ!!!」
「お頭!!! こっちのうるさい小娘のほうは、俺が先に首を落として殺しておきます!!!」
手下の一人が、ハナさんに向けて鉈を振り上げた。
(クソ、クソ、クソ!!! もう……ダメなのか!?
僕の人生は、ここで、何一つ抵抗もできないまま、こんなゴミみたいな奴らに殺されて終わるのか!!?
……嫌だ、嫌だ、嫌だ!!! まだ、エマとの約束も果たしていないのに!!!)
僕が目を固く閉じ、死の恐怖に震えながら絶望の淵に立たされていた、まさにその時だった……。
「影の針!!!」
「炎の接触!!」
突如として。
リーダーが開けっ放しにしていたドアの後ろの暗がりから、凛とした冷たい声と、可愛らしい声がしたのと同時に、二つの全く異なる魔法の詠唱の声が聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!! 痛ぇっ!? う、後ろから……いったい誰だ!!?」
「だ、誰だ!!? ここに入ってきたのは!!?」
背後から放たれた無数の影の針と、強烈な炎の魔法の不意打ちをモロに食らい、ハナさんを殺そうとしていた手下たちが悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「ふふっ。やっぱり、あなたの言っていた通りでしたね。
まさか、あの強いグライちゃんが、こんな下級のオークごときに誘拐されていたなんて、私でも想像もつきませんでしたわ」
「ほら、私が言った本当のことって、証明できたのです。
私の鼻が、嘘を言うわけないのです」
オークたちが倒れたドアの向こう。
逆光の中に立っていたのは……何と、僕のパーティーの頼れる古参メンバー、闇属性の使い手であるアネモネさんだった。
さらに、驚くべきことに、アネモネさんの肩の上には、僕が路地裏で別れたはずの小さな仲間、獣族のサラさんもちょこんと乗っていたのだ。
「……アネモネさん!!! 何でここに!!?
それに、サラさんまで!!? サラさん、あの時一人で先に行って、いったいどこに行っていたんですか!!?」
僕は、地獄に仏を見た思いで、驚きと歓喜の声を上げた。
「グライ、心配かけて迷惑をかけちゃってごめんなのです。
あの時、奥に複数の敵の匂いを感じたから、私が一人で戦うよりも、グライの強い仲間に助けを求めるために、わざと路地を抜けていなくなったのです」
サラさんは、誇らしげに胸を張って答えた。
「ふふっ、宿屋で待っていたら、突然この小さな兎が駆け込んできて、人間の言葉で助けを求めてきたからビックリしちゃったわ。
まさか、犬系のヨナでもないのに、嗅覚だけでグライちゃんの匂いを追って、私たち仲間を正確に見つけるとわね……。お手柄よ」
アネモネさんが、サラさんの頭を撫でながら妖しく微笑む。
「きゅ、嗅覚で……!?
ま、まぁ……とにかく、助けが来てくれて本当に嬉しいです。
僕、何もできなくて、さっき諦める寸前だったので……。
僕は、本当に素晴らしい仲間に恵まれて幸運です。助けに来てくれて、ありがとうございますっ」
僕が涙声でお礼を言っていると、突然、僕の言葉がリーダーの怒号によって消されてしまった。
「くっ!! ふざけやがって!! 背後から二人がかりで姑息な攻撃をするとはな……」
リーダーのオークは、体勢を立て直し、血走った目でアネモネさんたちを睨みつけた。
「まぁいい。相手が女とウサギの二人だろうが三人だろうが、俺たちは全員皆殺しにするだけだ!!!
お前ら!! 油断するな、一気に襲いかかれ!!」
「ああぁぁい!!! お頭!!!」
立ち上がったオークの仲間三人とリーダーは、怒り狂い、剣と鉈を構えた状態で、入り口に立つアネモネさんとサラさんの二人に向かって、死に物狂いで飛びかかっていった。
僕は、倒れたまま首だけを動かし、早口で彼らの厄介な長所を、戦おうとする二人に対して大声で叫んで警告した。
「アネモネさん!! サラさん!!!
気をつけてください!! そいつら、巨体に似合わず、想像以上にステップが素早いっ——」
「ふふっ、心配無用よ。それをとっくに把握しているのは、グライちゃんだけじゃないのです。
ねぇ、アネモネ。私たちが来る途中で打ち合わせた、『連動攻撃』の準備は、もうできたのです?」
サラさんが、アネモネさんの耳元で小さく囁いた。
「ええ。私も、すでに頭の中で完璧な詠唱準備は完了できましたわ。
相手の素早さという長所は、こちらの圧倒的な広範囲魔法で潰せばいい。既に把握済みってことですわ」
アネモネさんが、冷酷な笑みを浮かべて杖を構えた。
また僕の警告の言葉が消されてしまったが、そんなことより、サラさんが口にした「連動攻撃」って何だ?
僕がこの異世界に生まれ変わってから、五年間、本で一度も読んだことがないし、聞いたことがない戦術の言葉だぞ?
「いきますのです」
「いきますね」
アネモネさんは彼女の持つ黒い魔法の杖を、サラさんはどこから取り出したのか、自分と同じくらい小さな古びた本を、両手で同時に頭上へと高く掲げた。
そして……二人の呼吸が、完全に一つに重なった。
「漆黒の炎!!!!」
二人が、全く同時に、寸分の狂いもなくその魔法の名をそう言った。
すると、二人の掲げた杖と本の上空から、凄まじい熱量を持った巨大な炎がドワッと噴き出してきた。
だが、その炎は普通の赤やオレンジ色ではなく、少し色が、いや、決定的に変だった。
それはまるで、すべての光を吸い込むような絶対的な闇のような色……。
アネモネさんの闇属性と、サラさんの火属性(?)が完全に融合した、恐るべき「闇の炎」だったのだ。
二人は、その融合した巨大な闇の炎を、突っ込んできたオークたち四人に向かって、容赦なく一気に放った。
すると、回避する隙も与えられず、一瞬にして……。
「あああああぁぁぁぁ!!!! 熱い、熱い熱い熱い!! なんだこれ!!」
「何だ、このまとわりつく黒い炎は!!?
消えねぇ!! まさか……伝説の『闇の炎』か!!? クソ、クソォォォ!!!」
リーダーを含むオークたち全員が、逃げる間もなくその漆黒の炎の渦に完全に飲み込まれていき、断末魔の悲鳴を上げながら床を転げ回った。
だが。
僕は、目の前で悪党たちが黒焦げになっていく様よりも、もっと強烈に気になったことがある。
それは、二人がたった今見せた「連動攻撃」というものが、魔法の原理としていったいどのようにして発動し、使うべき攻撃方法なのか、という純粋な魔術師としての好奇心だった。
(……あの連動攻撃。あれはいったい、自分の魔力と他人の魔力を、どのように同期させて使うのかな?
ただタイミングを合わせるだけじゃないはずだ。誰かと組んで、相当な相性と、血の滲むような慣れが必要になる技術なのかな?)
オークたちが闇の炎で飲み込まれ、断末魔を上げている阿鼻叫喚の地獄絵図の中で。
僕は、縛られたまま床に倒れ、静かに目を閉じた状態で、ひたすらにその魔法の理論について深く、深く考えていた。
耳は悲鳴を遮断して無音。身体は縄に縛られて不動。
ただ、脳の思考回路だけをフルスピードで活動させた僕には、外の音も聞こえやしないし、時間の動きも完全に止まったように感じられていた。
こんな命の危機の直後という異常な状況で、魔法のメカニズムについて冷静に分析し、考えているのは……。
きっと、この世界広しといえども、この部屋の中で僕一人だけなのだろう。
To be continued
次回第36話 6月20日(土) 午後8時投稿予定




