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低身長転生 ~もう一度の人生を送る物語~  作者: 普通の人
第3-2章「少年期 マナグア編」 

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第34話「悪人」

「やめるのです。歩きながら私を撫でるのは……撫でるより、歩くのを優先するのです!!」

マナグアの賑やかな市場の通りで、僕の肩に乗っている小さな相棒——獣族の兎系であるサラさんが、プンプンと怒ったように長い垂れ耳を揺らしながら抗議の声を上げた。

彼女の雪のように真っ白でフワフワな毛並みは、触れているだけで心が洗われるような極上の感触をしており、僕は無意識のうちに歩きながら何度も彼女の頭を撫で回してしまっていたのだ。


「ごめんなさい、サラさん。……でも、獣族の兎系がこんなに小さくて可愛いなんて、本で読んではいましたけど、想像以上だったので……あなたが可愛すぎて、今、どうしても撫で撫で中なのです〜!!」


僕は、彼女の抗議を半分聞き流しながら、さらにその柔らかな毛並みを指先で堪能し、デレデレとした声で言い訳をした。


「ふざけるのもいい加減にするのです!! 今はまだ獣族の兎系だから小さいけど、獣人の兎系に進化すれば、人間のように大きく成長するのです!! 私をただの愛玩動物みたいにバカにしないのです!!」


サラさんは小さな両手を胸の前で交差させて腕組みをし、ツンと顔を背けて強がってみせた。

その仕草すらも計算されたかのように可愛らしく、僕の頬は緩みっぱなしだった。


僕と、今日出会ったばかりの小さな仲間のサラさんは、巨大工業都市マナグアの街並みを気ままに歩き回っていた。

鍛冶屋のエリアに足を運び、この国が誇る職人たちが打ち上げた業物(わざもの)の武器がどんなものか見て回ってみたり。路地裏で見つけた怪しげな水晶玉を覗き込む占い師の老婆に占いをしたり。

そして、歩き疲れたら暇つぶしにサラさんの頭を撫で撫でしたりして、自由行動の時間を大いに満喫したりした。


「鍛冶屋にたくさん立派な武器はありましたけど、レアな素材がないと強化はできませんし、そもそも買うための硬貨も全く足りなかったですね……。あんなに素材と硬貨が必要だなんて、思いもしませんでしたよ」


僕は、先ほど鍛冶屋の店先に並べられていた、何百万S(シルバー)もするような魔法剣の値段を思い出し、ため息をつきながら言った。


すると、肩の上のサラさんが、赤い目を細めて僕をジト目で見下ろしてきた。


「そうかしら……? グライはさっき、お店の中で『ふん、こんなものか』みたいな、お金をたくさん持ってるような余裕の顔をしてたけど?

もしかして……本当はお金なんてないのに、見栄を張って強がってるのかしら?」


「ち、違いますよ!! 僕は別に強がってなんかいません!!!

サラさんの方こそ、さっきから文句ばかりで、口だけじゃないですか!!?

……もしかして、本当は魔物と戦えないんですか? 教えてくださいよ、サラさん。戦えるのか? 戦えないのか」


図星を突かれて焦った僕は、ついムキになって、少しだけサラさんに嫌味を言い返してしまった。

強がり。口だけ番長。戦えない。

僕が立て続けに嫌味な言葉を並べ立てると、サラさんは怒るどころか、フッと鼻で笑い、極めて冷静な声で強がり始めたのだ。


「私をただの小さな兎だと思って、甘く見ないほうがいいのです。

私はこう見えて、御年(おんとし)1()2()4()()なのです。

五歳のグライなんかより、よっぽど長く生きて、世界の色んなものを見てきているのです。それに、魔法だってちゃんと使えるのですからね」


サラさんが事も無げに放ったその言葉を聞いた瞬間。

僕の全身の血がサッと引き、背筋が凍り始め、まるで氷の魔法をかけられたようにその場にピタリと立ち止まってしまった。


(……えっ? 124歳!? 魔法だって使える!?

……いったいどういうことだ!? こんな手のひらサイズの小さくて可愛い兎が、百歳超えのおばあちゃんで、しかも魔法使い!?)


僕の脳内の常識が激しくショートし、パニックになりかけた。

しかし、突然氷のように動けなくなった体が、まるで春の陽光を浴びたようにスッと溶けたような感覚がし、僕は再び身体を動かせるようになった。


動けるようになった僕は、サラさんの衝撃的な話に驚愕し、早口で質問を連投し始めた。


「サ、サラさん、それって本当のことですか!!?

124歳って……いくら長命な種族とはいえ、獣族の兎系ではかなりの長寿ですね!!!

それに、魔法も使えるんですか!!? いったい何属性の魔法が使えるんですか!!?

火ですか!? 水ですか!!? ……それとも、闇っ——」


僕が興奮して質問を連投している途中に、いきなりサラさんが僕の言葉を遮るようにして話し始めたため、僕の言葉は空中で消えてしまった。


「詳しいことは、内緒なのです。私は普通の獣人の兎人系(とじんけい)とは少し血筋が違い、平均寿命が異常に長いのです。

だから、見た目だけで私を甘く見るんじゃないのです。

魔法? ふふっ……どの属性の魔法が使えるかは、言葉で説明するよりも、いずれ実戦でちゃんと確認させてあげるのでっ……」


サラさんが長寿な理由は、獣族の兎系の中でも特殊な血筋だからということを、僕はここに来て初めて知った。

いくらあの『全世界の歴史と地理』の種族図鑑を熟読して知った気になっていたとはいえ、サラさんを路地裏で初見で見た時、僕は彼女がそんな特殊な長寿の獣族の兎系だとは、全く見抜くことができなかった。

どの属性の魔法が使えるかという一番肝心な情報は、もったいぶって教えてくれなかった。それは、いずれ訪れるであろう実戦の場で見せてくれるらしい。


僕が、彼女の未知の力に思いを馳せていると。

僕の肩に乗っていたサラさんもまた、言葉の途中で突然、ピタッと口をつぐみ、言葉が消えてしまった。


「……どうしたんですか? サラさん」


僕が不思議に思って顔を向けると、サラさんの長い垂れ耳が、ピンと不自然に逆立ち、小さな鼻をヒクヒクと動かして、周囲の空気を鋭く嗅ぎ取っていた。


「………匂いが、するのです。……とても『()()()()』が……。

グライ、質問は終わりなのです。今から、私の指示に絶対に従って、全力で走るのです」


彼女の声色は、先ほどまでの愛らしいものから一変し、緊迫感を帯びた真剣なものへと変わっていた。


「えっ? 急にどうしたんですか? いきなり指示に従って走れって……」


「四の五の言わずに、私の指示に従って走ればいいだけなのです!!

……早くしないと、取り返しのつかない『手遅れ』になるかもしれないのです」


「うっ……わかりました!! とにかく従えばいいんですね!?

落とさないように全力で走りますから、僕の肩にしっかりつかまった状態で、的確に指示してください!!」


サラさんがいきなり発した「悪い匂い」という言葉。

それがいったい何を意味しているのか、平和な街中でどういうことなのだろうか?

サラさん自身は兎系という獣族なため、人間の僕とは比較にならないほど、聴覚だけでなく嗅覚もとてつもなく鋭かったのだ。


(嫌々!! そんな悠長な疑問を抱いている場合じゃない! 今は彼女の指示を聞きながら、とにかく走らなきゃいけないじゃないか!!?

こんなことは後で考えろ!! 今は彼女が感じ取った「悪い匂い」の意味を知るほうが、何よりも先だ!!)


僕は、頭の中の疑問を無理やり隅に追いやり、足に魔力を込めて、サラさんの指示に従いながら弾かれたように街中を走り始めた。

「東の方向に向かって、全力で走るのです!!」

「はい!! わかりました!!」

「そこにある十字路を、右に曲がるのです!!」

「さっき通った、前の鍛冶屋の店の前で、さらに右に曲がるのです!!」

「右側に見える、人気のない暗い壁の隙間の路地裏に入るのです!! 少し影が濃くて足場が悪いので、転ばないように気をつけるのです!!」

「わかりました、サラさん!!」


僕は、サラさんの的確なナビゲートに従い、迷路のようなマナグアの街を約10分の間、休むことなく全力で走り続けた。

前世の時、極度の運動音痴で体育の授業が苦痛だった僕が、この異世界で久々にこんな長距離を全力で走るとは思いもしなかった。超級剣技の修練で体力が向上していなければ、とっくに倒れていたはずだ。


やがて、人通りの全くない、石造りの高い壁に挟まれた薄暗い路地裏のどん詰まり近くで、ようやく止まることができた。

僕は膝に手をつき、激しい息切れを整えながら、かすれた声で言った。


「ゼーハー、ゼーハー、ゼーハー……。

サ、サラさん……この奥に、その……悪い匂いを感じるんですか?」


「そうなのです。この奥の建物から、強烈な匂いを感じるのです。

……グライ、私の急な指示に従って、ここまで全力で走ってくれてありがとうなのです……。

グライはかなり息が上がっているから、ここで少し休んでくださいなのです。……私が、先に行って様子を見てくるのです」


そう言って、サラさんは僕の肩から身軽にポンッと飛び降り、小さな体を揺らしながら、僕を置いて先に路地のさらに奥へと歩き出してしまった。


(……えっ? 待ってよ。

ごめんなさい、サラさん。もし、この先でサラさんに何か危険なことがあったら、僕はどうすれば……。

嫌々、ここで少し休んだら、すぐに追いかけて行くしかない!!

僕は冒険者だ!!! あのハイスピードのリーダー、ギーガさんの弟子でもある!!

こんなところで、息が切れたからって弱気になっていていいのか!!?

もしサラさんが一人で戦って強かったら……あとで絶対に『口だけ番長』って笑われる。だから、行くしかないんだ!!)


僕は、自分自身を強烈に鼓舞した。


約3分という短い休息の時間で、荒かった息切れが少し治まった。

奇妙なことに、この休んでいた3分間、路地の奥からは音も気配も、僕の耳には全く聞こえる感じがしなかった。

意味はよくわからないが、もし今、激しい戦闘の音が聞こえたりしたら、僕の心は「恐怖と疲れを感じる」から、脳が無意識に音を遮断して休息を優先させたのだと、自分に都合よく解釈することにした。


(よし、行くか!!! 息切れは少し治まったことだし!!!)


地面に座り込んでいた僕は、バネのようにすぐに立ち上がり、サラさんが消えた路地の奥へ向かって走り出した。


(早くしないと……サラさんにバカにされるか、それとも本当にサラさんがヤバい状況になっているかの、二択だ。

結果がどうであれ、僕自身の目でそれを見なければ、何も始まらない!!)


僕は、薄暗い路地を数十秒で全力疾走し、奥の開けた場所に着いた。

そこには、周囲から完全に孤立した、古く巨大な石造りの廃墟のような建物の壁があった。


そして、その建物の壁際の暗がりにいたのは……。

サラさんではなかった。


「お(かしら)!! また一人、こっちにやって来やしたぜ!!!」

「お頭!! さっきの獣族のウサギの次は、今度は人間のガキです!!」

「お頭!! コイツ、どうしやすか!!?」


そこにいたのは、緑色や黒色の不気味な肌を持ち、口元には鋭い牙を持つ、筋肉質で醜い外見の化け物たちだった。

知能は低いが暴力性と繁殖力が異常に高い、豚のような醜悪な鼻を持つ二足歩行のタイプで、しかしどこか人間にも似た顔立ちをしている。


僕が愛読する『全世界の歴史と地理』の魔物図鑑のページで初めて知り、その存在を知識として得ていた、邪悪なデミヒューマン——「オーク(豚人族)」だったのだ。


人数としては、少し奥でふんぞり返っているリーダー格のお頭が一人と、僕の前に立ち塞がった手下の仲間が三人。

合計四人。軍隊のような大群というわけではなく、そこまで多くはない数だ。


「落ち着け、お前ら。たかが人間のガキ一人増えたくらいで、ギャーギャー騒ぐな。

俺たちオークの力から見れば、たいしたことはない。数秒でさっさと片付けろ!!」


お頭と呼ばれた巨大なオークが、面倒くさそうに鼻を鳴らして命令を下す。


「ああぁぁい!!! お頭!!!」


お頭の号令を合図に。

突然、オークの仲間三人が、錆びついた巨大な剣を上段に構えた状態で、けたたましい雄叫びを上げながら、一斉に僕に向かって飛びかかってきた。


(まずい!! 向こうに先を越された!! だが、こういう時はっ……)


僕は、背中に背負っていたスノーボール・アースの杖を素早く手に取り、無詠唱で超級の火属性魔法を展開し、迫り来るオークたちを全員まとめて一瞬で焼き払おうと魔力を練り上げようとした。


しかし——。

僕の心の中で、魔法を発動させるための強靭なイメージの言葉が、フッと消えてしまった。


(……えっ? 速い!!? 僕が魔力を練るよりも先に、戦闘状態のスピードが……!!?)


そのオークの三人組の動きは、巨体に似合わず、僕の動体視力を凌駕するほどに異常に素早かったのだ。

寧ろ、一瞬にして僕の視界の正面から()()()()()()()、横に見えたりするような、人間離れしたステップワークだった。


ドン!!!!


魔法を放つ直前。

僕は、完全に死角である背後から、鈍器のようなもので頭部を強烈に殴打された。

背後に回り込まれたことに気づき、後ろを向く時間すら、彼らは僕に与えてくれなかったのだ。


強烈な衝撃と激痛。

僕の視界は、砂嵐のように乱れ、一瞬にして完全に真っ暗な闇へと落ちていった。


* * *


(……………………んっ?)


どれくらいの時間が経ったのだろうか。

頭の激しい鈍痛に顔をしかめながら、僕は重い瞼をゆっくりと開けた。


最初に僕の目に映った物……。

それは、窓一つなく、視界一面が完全に黒く塗りつぶされた、ジメジメとした暗い部屋の天井だった。


「……な、何だ、ここは? 僕は確か、あの路地裏の廃墟でオークたちに襲われて……」


ズキズキと痛む頭を振りながら、僕は現状を把握しようとした。


「そんなことより、先に行ったサラさんはどこに!? 僕を襲ったオークの悪人らしき人たちは!?

……今は、もう夜なのか?

それに……何だこれ!? 両手と両足が、太い麻縄でガチガチに縛られてる!?」


僕は、自分の身体を動かそうとして、初めて気がついた。

あの時、背後からの一撃で意識を失い、ここに連れ込まれたのだ。

しかし、ただ倒されただけではなく、こんな冷たく暗い部屋の床に転がされ、手足を縄で縛られているということは。

間違いなく、オークたちによる「誘拐」——拉致監禁されたということで、いいのだろうか。


僕は、手足の縄の拘束に顔を歪めながらも、床に這いつくばった状態のまま、目を凝らして部屋中を見渡した。

この部屋は息が詰まるほどとても狭く、光源が一切ない、かなり暗い部屋だった。


「うっ、うっ……助けて……誰か……」


すると、静寂に包まれた暗闇の中から、微かに、しゃくり上げるような泣き声のような声が聞こえてきたのを感じた。

それは、サラさんの声ではない。

どこかひどく怯えた、幼い人間の女の子のような、か細い声だった。


声はとても小さかったが、部屋が狭い密室であることと、超級剣技の修練で僕の耳の感覚が研ぎ澄まされていたおかげで、すぐにその存在に気づくことができた。


(……女の子の泣き声?)


僕の脳裏に、サラさんの言葉が蘇る。

そうした場合、サラさんが最初に察知して言っていた「悪い匂い」というのは……。

単なるオークの体臭ではなく、「オークの悪人たちが引き起こした、この女の子の誘拐事件」の犯罪の匂いだった、ということで間違いないのだろうか……?


僕は、冷たい床の上で手足を縛られ、魔力も集中できないこの絶望的な状況で。

ここから、どうやってこの女の子を助け出し、脱出すればよいのか?

その答えを導き出すのは、五歳の僕にとって、とてつもなく難しく、絶望的なミッションだと、心の底から確信したのだった。


To be continued

次回第35話   6月17日(水) 午後8時投稿予定

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