第33話「小さな仲間」
西暦256年10月16日。
僕が、ソルジャーさんという訳ありの元騎士と出会ってから、早くも約二ヶ月の時間が経過していた。
季節は完全に秋の色を深め、朝晩の風は冬の訪れを予感させるように冷え込み始めている。
長く過酷な駅馬車での長距離移動の旅。
そして今日、僕たちはついに、その長かった旅の一つの大きな区切りとなる目的地へと到達したのだ。
「着いたで!!! ここがマナグアや!!!!
みんな長旅ご苦労さん!! とりあえず一日だけ、今日はここでゆっくり休むで!!!」
馬車の御者台から、リーダーのギーガさんの大声が響き渡った。
その声の通り、僕たちは村を出発してから実に半年もの歳月をかけて、ようやくニカニスタンの巨大都市に到着したのだった。
半年。
冒険に出発したあの日、僕が「マナグアまでは駅馬車で行く」と聞いて驚いた時、ギーガさんに言われた言葉がある。
『子どものお前の短い足に合わせて全部歩きで移動してたら、平気で半年くらいかかるで!!』と。
だが、結局のところ、駅馬車という文明の利器を使ったにもかかわらず、その移動にかかった時間は、すべて歩きで移動した場合と全く変わらない「半年」という長い時間がかかってしまったのだ。
寧ろ、僕たちが当初目標としていた『三ヶ月での到着』という予定よりは、はるかに遅れてしまっていた。
何故、これほどまでに到着が遅れてしまったのか。
その理由は、過酷な旅の途中で起きた様々なアクシデントと、僕たちが生きるこの世界の厳しい環境の変化にあった。
出発してすぐに、駅馬車の馬を操る本来の御者の人が、フィスティアとの戦闘の巻き添えで無惨に死んでしまったこと。
そして、季節が秋から冬へと向かって徐々に気温が下がり始めていることが原因で、飢えた魔物や魔獣たちの活動が活発化し、街道での遭遇戦と戦う数が予想以上に激増してしまったからだ。
毎日のように襲い来る魔獣の群れとの死闘。
駅馬車を守りながらの防衛戦。
その過酷な実戦の連続の中で、僕は自分が、村の広場で一人で素振りをしていた頃よりも、どんどん、圧倒的に実戦慣れして強くなっていると、肌で実感していた。
「せやったら、一旦ここで解散にしよか」
馬車から降りた僕たちに向かって、ギーガさんが大きな伸びをしながら言った。
「自分ら、このデカい都市で、ここで買いたいもんとか見たいもんとか、色々あるやろ?
宿はワイが先に行って人数分押さえといたるから、今から夜までは自由行動でええで。
……どのみち、明日にはまた次の都市へ向けて出なあかんからな。しっかり休んどきや」
ギーガさんがそう言うと、僕は左手をギュッと強く握りしめ、力を入れながら心の中で歓喜の声を上げた。
(自由行動……!! よっしゃーーーーー!!!!)
半年間、ずっと狭い駅馬車に揺られ、毎日魔獣の血の匂いと泥にまみれていたのだ。
安全な巨大都市での、誰にも縛られない自由な時間。
まるで、前世で厳しいテストが終わった後の放課後ような、最高に開放的な気分だった。
「ギーガ。お前とはここでお別れだ。俺は、昔の仲間と再会する約束があるから、このマナグアに残る」
僕が自由行動に胸を躍らせて喜んでいる最中、ずっと一緒に行動してきたソルジャーさんが、突然そう切り出した。
(ああ、そうだ……。あの時、ギーガさんに言われていたんだった。
ソルジャーさんたちアーサーキングのパーティーは、『マナグアまでは一緒に行動してくる』っていう、一時的な同盟だったんだ)
「おお、そうか! また会おうやソルジャー!! 今度会うた時は、また酒でも飲みながら決闘でもしよな!!!」
ギーガさんが、豪快に笑いながらソルジャーさんの肩を叩く。
「ふふっ。またね、ソルジャー。死なないようにね」
アネモネさんが、妖しい笑みを浮かべて手を振る。
「元気でね、ソルジャー。今度会う時までには、そのむさ苦しい髭はちゃんと綺麗に剃っといた方が女の子にモテていいわよ〜」
ラミアさんが、色っぽくウインクをしてからかう。
僕が別れを理解し、心の中で寂しさを噛み締めている間に、ギーガさんだけではなく、昔からの知り合いである古参勢のアネモネさんとラミアさんも、ソルジャーさんに対して次々と別れの言葉を口にしていた。
「ソルジャーさん!! 約二ヶ月間という短い間でしたが、本当にありがとうございました!!
次にまたどこかで会う時までに、僕は絶対に、もっともっと強くなってみせます!!!」
僕は、仲間たちの中で一番最後に、彼に向かって大きな声で別れの言葉と決意を言った。
言うのが一番遅くなってしまったが、何も言わないよりは、自分の口でしっかりと思いを伝える方がずっとマシだ。
「ああぁ!! グライ、またいつか必ず会おうな!!!
お前なら絶対に強くなれる。後悔のない、お前だけの冒険しろよ!!!」
ソルジャーさんは、僕に向かって力強く頷き、そう言って、一人で都市の西の方角に向かって歩き出した。
彼はここマナグアまでは僕たちと駅馬車で移動してきたが、懐の硬貨が足りないわけでもないのに、何故かここからは、歩きで西の目的地へ行くことになったらしい。
その理由は、旅の途中でソルジャーさん自身に何度か尋ねてみても(あるいは、聞いてみても)、彼ははぐらかして笑うばかりで、結局不明なままだった。
ソルジャーさんと別れてしまうのは、頼もしい戦力が減るというだけではなく、一人の仲間がいなくなるようで、とても悲しい。
でも、今はいつまでも下を向いて気分を悪くしているわけにはいかない。
せっかく、この世界の巨大都市に初めて来たんだから、与えられた自由行動の時間を使って、たくさんの店を見て回っていこうじゃないか!!
* * *
僕たちが到着したこの都市がある国、ニカニスタン。
それは、「スタン三国」の最も南に位置する、工業と技術の発展を得意分野としている技術大国だ。
この都市では、主に魔獣を狩るための剣や斧、槍といった武具の製造を中心としており、職人たちの活気に満ちている。
それだけではなく、この国にある大学では、高度な工業の学科をどれか一つ専門的に学ぶことができる仕組みになっているらしい。
四年間しっかりと学び、国の認める資格さえ取っていれば、安定して高給で働くことも可能だという、非常に実力主義の国だ。
雪子さんの授業で学んだ知識によれば、今僕がいるこの巨大都市マナグアでは、国の高い経済水準を維持するため、試験に合格した優秀な人材しか働くことができないという厳しいルールがあるらしい。
とはいえ、その関門を突破してマナグアに住んでいる多くの市民は、その分、貧しさのない豊かな暮らしを続けているのだろう。街を歩く人々の服装も、辺境のレストリア村とは比べ物にならないほど清潔で立派なものばかりだった。
僕は、まず街の中心にある巨大な市場を回ることにした。
石畳の広場に、見渡す限りの無数の店が並んでいる。
新鮮な肉を吊るしている肉屋さん、近くの川や海から運ばれてきた魚を売る魚屋さん、色鮮やかな果物が積まれた果物屋さん。
僕は、珍しい品物を一つずつ、時間をかけながらじっくりと見て回っていった。
しばらくして、僕は美味しそうな匂いに誘われ、果物屋さんで少しの食料を買うことにした。
「毎度あり!! 坊主、また買いに来てくれよな!」
僕が商品を買ってお金を払ったため、店主である大柄なオークのおっちゃんが、太い声で大声でお礼をしてくれた。
僕は、今後の旅のことも考えて、最低限の量の果物を買った。
前世でいうところの「バナナ」にとてもよく似ている、黄色くて甘い「ナバナ」を二つ。
前世の「梨」と見た目は似ているが、食感と味が異なっているシャキシャキとした「シナ」を四つ。
そして、前世の「パイナップル」のようなトゲトゲとした形をしている、酸味の強い「パイナツ」を一つ。
全部で七つ買って、お代は計900B。
日本円の感覚で言えば約900円だ。物価の安い市場だったためか、かなりお得な値段で買うことができた。
(よし、美味しいものも買えたし。次は……やっぱり、この工業都市の鍛冶屋に寄ってこうかな……?)
僕は、買った果物を肩から下げた荷袋にしまい、果物屋さんでの買い物を終え、鍛冶屋のエリアに寄るため再び賑やかな通りへと歩き出した。
優れた技術を持つこの街の鍛冶屋で、いったいどんな業物の武器が売ってあるのか、剣士の端くれとして是非この目で見てみたい。
そう思いながら、人混みを縫ってワクワクと歩いている、その時だった。
僕が歩いている途中の路地裏の入り口で、ふと目にしたのは、「マナグア・ペットショップ」という少し派手な装飾の看板だった。
店の中には檻が並んでおり、前世のペットショップと同じで、たくさんの動物や魔物の幼体が、「誰かに飼われたい、養ってほしい」ために、毎日毎日、ガラス越しに客に向かって必死で愛想を振りまき、アピールする場所だ。
しかし、僕はその看板を見ても、全く興味が湧かなかった。
今の僕のこの過酷な冒険の人生において、ペットをのんびり飼うような暇や心の余裕はない。
どこかの富豪の息子じゃあるまいし。
それに、こんな大都市でペットとして売られている動物を飼うためのお金も、餌代を含めればかなり莫大なものになるだろう。
素通りしようとした、その時。
ふと、僕の視界の端が何かを捉えた。
僕が目にしたのは、ペットショップの賑やかな入り口から少し外れた、路地の暗がりの地面にぽつんと落ちている、一つの「フワフワ」した白くて丸い物体だった。
ただのゴミか綿毛の塊かと思ったが、「フワフワ」とはいえ、大人の手のひらサイズくらいは優にある大きさだ。
生き物のように、微かに規則的に上下に動いているようにも見える。
僕は、それがなぜ道端に落ちているのか気になり、その前にしゃがみ込んだ。
そして、傷つけないように、それを左手でそっと優しく持ち上げ、手のひらに乗せたまま再び立ち上がった。
「何だろう……これ。このフワフワしたすごく柔らかい感触、全面が真っ白で、ボールみたいに丸まっているのは……?」
僕は、手のひらの上の不思議な毛玉をマジマジと見つめながら、そんな独り言を口にしていた。
その時だった。
「う〜〜〜ん……ふわぁ……よく眠れたのです……」
突然。
僕の左手の上に乗っているそのフワフワした白い物体から、舌足らずな、可愛らしい女の子っぽい声が聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
僕が驚いて目を見開いていると、その白い毛玉はクルンと丸みをやめ、まるで小さな人間のように二本足でピョコンと僕の手のひらの上に立ち上がったのだ。
……って、おいおい!
これ、ただの動物の兎じゃない!! 獣族の『兎』の亜人か!!?
僕の手のひらの上に立つその生き物は、全身が雪のように真っ白な、フワフワな毛に覆われていた。
背中には可愛らしい丸い尻尾がついており、頭からは、自分の背丈ほどもある長くてモフモフの耳が、重力に従ってだらりと垂れ下がっている。
顔つきは人間というよりも兎そのものだが、表情があり、知性を感じさせる。
そして、何故かその小さな身体には、僕が今着ているような、革と布で作られた一人前の『冒険者の服』を、ミニチュアサイズにして着込んでいたのだ。
……とはいえ、その外見は完全に『兎』だ。
僕が本で読んだ、獣族の兎系の特徴が、どれも一つとして違っていなかった。
僕の手のひらの上で立ち上がった小さな兎の獣人は、小さな両手で目を擦りながら、ゆっくりと両目を同時に開けた。
「うぅ……昨日、夜風が少し寒くて……道端で寝落ちしちゃったのかな……」
その兎の獣人は、自分が今どこにいるのかも分かっていない様子で、寝ぼけ眼のままそんな呑気な独り言を呟いていた。
僕は、あまりの現実離れした光景に声も出ず、ただその兎の独り言をじっと聞いたまま見つめ返していた。
すると、その兎の獣人は、自分を覆う大きな影があることに気づいたのか、ハッとして、ゆっくりと上を向いた。
「…………えっ?」
僕と兎の目が、至近距離でバッチリと合った。
「・・・・・あっ……」
一秒の、真空のような沈黙。
そして。
「ぎょええええええええええ!!!!」
「うわぁ!!!」
自分の足場が地面ではなく、見知らぬ人間の男の巨大な両手の上に乗っているという異常な状況に気づいたその兎は、僕の顔を信じられないというように三度見した直後、鼓膜が破れるかと思うほどの、とんでもなく大きな悲鳴を上げたのだ。
顔のすぐ近くで、いきなりそんな大音量の悲鳴を上げられたため、僕は心臓が止まるほどビックリしてしまい、「うわぁ!」と声を上げて後ろに尻餅をつき、完全に腰を抜かしてしまった。
(決して、小さな兎に恐怖を感じたわけではなく、あまりにも突然の大声に驚きすぎたからだ。マジで)
しかし、僕の手のひらから地面にドスッと着地した兎の獣人は、すぐに周囲の状況と僕の様子を把握したのか、ハッと口を両手で塞ぎ、ピタリと悲鳴を上げるのをやめた。
「あわわ……わ、私は何で、こんな見知らぬ人間の両手の上で無防備に寝てたんだろう……。
もう〜、私のバカバカバカ!! 警戒心が足りなすぎるのです!!」
小さな両手で自分の頭をポカポカと叩きながら、一人で反省会を始める兎の獣人。
僕は、腰を抜かしたまま地面に座り込み、その様子を見つめながら、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、兎さん……。あなたはいったい、誰なんですか?」
僕はこの、人間の言葉を流暢に喋る不思議な兎の名前を、早く知りたかった。
何故なら、こんなに小さくて知性のある生き物を見ていると、さっきは興味がないと思っていたのに、不思議とペットを飼っているような、愛おしいような感情が胸の中に湧き上がってきたからだ。
「んっ? ……わ、私のことですか?」
兎の獣人は、僕の問いかけにピタッと動きを止め、長い垂れ耳を揺らしながら僕を見た。
「……コホン。私の名前は、『サラ』です。種族は、獣族の『兎系』なのです。
……言っておきますけど、別にペットショップから逃げ出したわけでも、誰かに捨てられたわけでもないですからね、人間。変な勘違いしないでよね」
少しツンとした態度で、腕を組んでそっぽを向くサラ。
その強がる仕草が。
声も、顔も、丸い尻尾も、垂れ耳も。
すべてが反則的に、めちゃくちゃ可愛かった。
「サラさんですか? 覚えました。
僕は、グライ・ファンジアスと言います。現在は、『ハイスピード』という冒険者パーティーで、仲間と一緒に冒険しています。
ちなみに、僕の今の階級は『超級剣技』と『超級魔法』です。初めまして、よろしくお願いします」
僕は、立ち上がって服の埃を払い、動揺を隠して、六歳児とは思えない冷静な態度で、カッコよく自己紹介をした。
舐められないためには、最初が肝心だ。
僕の自己紹介と階級を聞いたサラは、大きな赤い目をさらに丸く見開いて、僕を上下にマジマジと観察した。
「まぁ、まだこんなに小さいのに、立派な冒険者の子なのね……。
そうね……私は今までずっと、一人で旅をしてきて心細かったし……。
あなたが変な人間じゃなさそうなら……あなたのパーティーの仲間にでも、なってあげようかしら……?」
まさかの、急展開。
「仲間にでもなろうかしら…」。
この言い回しは、まだ僕のことを完全に信頼し、仲間だと思っているわけではない、少し上から目線の言葉だ。
とはいえ。もしかしたら、この小さくて可愛い兎の獣人が、僕のペット……嫌、共に戦う「仲間」になってくれるかもしれないのだ。
僕は、これまでパーティーでは常に一番年下で、先輩たちに「仲間に入った側」として守られてきた。
でも、もしサラが加入してくれれば、僕は人生で初めて、新人を「仲間に入れた側」、つまり先輩という立場になれるのだ。
そして、僕がこの冒険の旅で、初めて自分自身の力で仲間に誘うことになりそうなのは……手のひらサイズの、「小さな仲間」だった。
(よーし。いつか絶対に、このサラに、僕が頼りになる本物の仲間だと証明して、認めてもらえるように……)
僕は、僕を見上げる小さなサラの瞳を見つめ返し、自分自身の心の中で、「絶対に先輩として頑張るぞ!!」と、熱く決意を固めたのだった。
To be continued
次回第34話 6月13日(土) 午後8時投稿予定




