第32話「案内」
「俺の名前は、ソルジャーだ。冒険者パーティー、『アーサーキング』のリーダーをやってる。
経歴を言うなら……元・西ガルバン王国の、正規騎士団の所属だ」
その髭のおじさんは、ふらつく足取りでありながらも、不敵な笑みを浮かべてそう自己紹介をした。
僕は今、ソルジャーと名乗るこの人と出会った
しかし、僕の頭の中で一番の警戒信号を鳴らし、強く疑問に思ったのは、彼が自ら口にした「元西ガルバン王国の騎士団」というその肩書きだった。
西ガルバン王国。最強の剣聖を擁するというあの武力国家。その正規の騎士団に所属していたほどの人間が、なぜ国を離れて、こんな場所で酔っ払って冒険者などやっているのか。
いったい何者なんだ……この、ソルジャーって人は……。
僕は、直感的な警戒心を抱きながらも、ここでパニックになってはいけないと自分に強く言い聞かせた。
落ち着いて、冷静に。相手に怪しまれないように、まずはしっかりと礼儀を尽くして自己紹介をしなければ。
「ソルジャーさんですね……。僕は、グライ・ファンジアスと申します。
現在は、『ハイスピード』という名前のパーティーで冒険しています。
ちなみに、僕の今の階級は『超級剣技』と『超級魔法』です。
……ソルジャーさん、さっきの森での僕たちの戦いを、どこからかご覧いただいていたんですか?」
僕は、混乱しないために、ゆっくりと、はっきりとした声で自己紹介をした。
五歳の子供が超級の階級を名乗るのはおかしいと思われるかもしれないが、隠す意味もない。
僕が自己紹介を終えた、その瞬間だった。
「グライ・ファンジアス? ハイスピード……だと?」
ソルジャーさんの酔いで濁っていた瞳が、突如として見開かれ、驚愕の色で完全に塗り潰された。
「……まさか、お前……あの、ピサロ・ファンジアスの息子か!?
そして、あの伝説の『ハイスピード』なのか!?
教えてくれ、グライ!! それは本当か!?」
ソルジャーさんは、顔色を変えて大声で叫んだ。
その声には、信じられないものを見たという驚愕と、何かを確かめようとする必死さが入り混じっていた。
(えっ……? 何で、この人がピサロの名前を知っているんだ? 何でハイスピードのことを知っているんだ?)
僕は、彼のあまりの剣幕に、完全に困惑してしまった。
もしかしたら……父であるピサロの、昔からの知り合いなのか?
だが、僕がそんな推測を頭の中で巡らせている間にも、ソルジャーさんの興奮は収まらなかった。
彼は、足元をふらつかせながらも、ものすごい勢いで僕の目の前まで歩み寄ってくると、大きな両手で僕の小さな両肩をガシッと力強く掴んだのだ。
「本当なのか、グライ!!? おい!! グライ!!! 俺の声が聞こえてるか!!?
どっちなんだ!!! 本当か!!? 違うのか!!?」
ソルジャーさんは、僕の肩を揺さぶりながら、血走った目で必死に問い詰めてきた。
その様子は、まるで突然家族が行方不明になり、警察官に対して半狂乱になって縋り付いている人のように……異常なほどの必死さを帯びていた。
「ほ、本当です!!! 僕は、ピサロ・ファンジアスの息子です!!!
そして、あなたが言ってるとおりの、ハイスピードのメンバーです!!!
だから、お願いですから落ち着いてください!!!」
僕は、肩の痛みに耐えながら、大きな声で事実を言った。
これ以上彼が興奮して暴れると、この力で何をされてしまうのかわからないという恐怖があったからだ。
僕がはっきりと事実を告げると、ソルジャーさんは、まるで魔法が解けたように、フッと力を抜いて落ち着きを取り戻した。
そして、「そうか……本当か……」と小さく呟きながら、僕の肩から両手をゆっくりと離した。
(でも……何で、父さんの名前を聞いただけで、こんなに必死になるんだろう……)
僕が肩をさすりながら疑問に思っていた、その時だった。
「おい、自分!!! ピサロはんのこと、よう知っとるんか? ピサロはんの知り合いなんか?」
背後から、突然、鋭く太い声が飛んできた。
ギーガさんだ。
僕が突然馬車から降りたのを心配して、ギーガさんも御者台から駅馬車の外へと降りてきてくれたのだ。
ソルジャーさんは、ギーガさんの声を聞いて、ゆっくりとその巨体を見上げた。
「あんたは、確か……ハイスピードの『二番隊隊長』であり、『ピサロの右腕』とまでいわれた、あのギーガか?
……やっぱり、あんただったか……。俺だ! ソルジャーだ!! 覚えてるか!!?」
ソルジャーさんが、その名を口にした瞬間。
「ソルジャー!! 自分、ホンマにあのソルジャーなんか!!?
アーサーキングのリーダーの、あのソルジャーなんか!!?
あの時の、騎士団におった奴なんか!!!?
……マジかよ!!!! めっちゃ久しぶりやな、ソルジャー!!!!」
ギーガさんは、目を限界まで見開き、驚愕と歓喜が爆発したような大声を上げた。
そして、躊躇うことなく大股で歩み寄ると、ソルジャーさんの右手を取り、両手でがっちりと熱い握手を交わしたのだ。
その光景を見て、僕は二人が間違いなく、ただの顔見知りなどではない、昔からの深い知り合いなのだと理解した。
(てことは……リーダーのギーガさんやピサロだけじゃなくて、古参勢のアネモネさんやラミアさんも、このソルジャーさんのことを知ってるってことなのか?)
僕がそんなことを考えていた時……。
「ソルジャー……? 何でこんな所にいるの? 本当に久しぶりね……」
「まぁ、ソルジャーじゃないの。随分と見た目が変わっちゃったけど……身体は大丈夫なの?」
背後の駅馬車の方から、複数人の女性の声が聞こえてきた。
……アネモネさんと、ラミアさんだ。
彼女たちも外の騒ぎに気づいて、馬車から降りてきたのだ。
その反応を見て、やっぱり古参勢のメンバーは全員、このソルジャーさんという男のことを絶対に知っているのだと、僕は完全に確信した。
「アネモネさん!!! それに、ラミアさん!!! お二人とも、このパーティーにいたんですか!!?
いやあ、めちゃくちゃ変わりましたね!!!」
ソルジャーさんは、二人の姿を認めた途端、先ほどの深刻な顔から一転して、少年のように顔を輝かせて喜んだ。
すると、アネモネさんとラミアさんは、小走りでソルジャーさんに駆け寄り、なんとそのまま彼にギュッと抱きついたのだ。
子どものように、心からの再会を喜んで強く抱きついたため、二人はなかなか彼から離れてくれない。
(これが、かつて苦楽を共にした戦友たちの「再会」というやつなのか……生で見ると、感情の重みがすごいな)
僕は、少し離れた場所から、その感動的な光景をただじっと観察していた。
それからの少しの時間、四人は完全に昔の思い出話に花を咲かせていた。
かなり久々の再会だったのか、僕が今まで見たことがないくらいに、めちゃくちゃ楽しい雰囲気で笑い合っていた。
当然だが、古参勢ではない新人の僕と、ドワーフのメガロンさん、犬系亜人のヨナさんの三人は、その濃密な思い出の輪の中には一切入れなかった。
僕たち新人三人組は、少し離れた場所で、とても静かに、あの輪の中の楽しそうな会話をただ黙って聞いていることしかできなかった。
やがて、ようやく四人の楽しい会話が一段落した。
ギーガさんに後で詳しく聞いたところによると、なんとソルジャーさんたち『アーサーキング』のパーティーも、偶然にも僕たちと全く同じ目的地である、ニカニスタンの都市マナグアを目指して旅をしている途中だったらしい。
そのため、結論から言うと……マナグアに到着するまでの間、彼らは僕たちと一緒に行動してくれるらしい。
すなわち、強力な二つのパーティーによる、一時的な同盟の結成だ。
* * *
時は経ち、西暦256年9月20日。
あの日、街道でソルジャーさんと出会ってから、早くも1ヶ月という時間が経過した。
僕たちは、ソルジャーさん率いる『アーサーキング』のメンバーたちとともに、広大な大陸を南下し、マナグアを目指して駅馬車の旅を続けている。
毎日、馬車を降りては襲い来る魔物を共に戦って撃退し、野営の火を囲んで一緒にご飯を食べ、夜には色々な話をして過ごした。
それに、共闘してわかったことだが、ソルジャーさんの剣の実力は、僕の想像を絶するものだった。
元西ガルバン王国の正規騎士団の一人であったという肩書きは伊達ではなく、とてつもない実力者だったのだ。
彼の剣技の階級は「騎士」。
それは、僕の尊敬する父・ピサロと全く同じ、到達困難な最高峰の階級だった。
でも、共に過ごす時間が長くなればなるほど、僕の心の中には、どうしても消えない一つの大きな「疑問」が膨らみ続けていた。
それは、「何故あの人は、それほどの実力を持ちながら、名誉ある騎士団から脱退してしまったのか?」ということだ。
だから、この日の夜に。
僕は、どうしてもその真実が知りたくて、ソルジャーさんに直接聞いてみることに決めたのだ。
ギーガさんや他の仲間たちが、馬車の中で深い眠りについている間に。
「あの、ソルジャーさん。……少しだけ、聞きたいことがあるんですけど……いいでしょうか?」
僕は、馬車の外で一人で見張りを兼ねて夜風に当たっていたソルジャーさんの背中に向かって、なるべく落ち着いた状態を装って声をかけた。
「ん? おっ? グライか。こんな夜中に起きてきて、いったいどうしたんだ?
ガキは明日の体力を温存するために、さっさと寝んねしといたほうがいいぞ」
ソルジャーさんは、振り返りながら、少しからかうような口調でそう言った。
(……僕はもう、ただの守られるだけの子供じゃなくて、立派な冒険者なのに。またバカにして……)
ソルジャーさんに露骨なガキ扱いをされながらも、僕はグッと怒りを堪えた。
ここで反発しても意味がない。どうしても聞きたいことがある僕は、決意を込めて口を動かした。
「ソルジャーさんは……何故、西ガルバン王国の騎士団をやめてしまったんですか?
何か、国でとても辛いことがあったからですか?」
僕は、ソルジャーさんに対して、感情を交えずに極めて冷静に質問を投げかけた。
何でやめたのか? 何か、耐えられないほど辛いことがあったのか?
僕は、その隠された真実をどうしても知りたかった。
「……俺が、騎士団をやめた理由を知りたいのか……」
ソルジャーさんは、僕の質問を聞いた途端、先ほどの軽薄な態度は完全に消え失せ、恐ろしいほどに真剣な表情でそう言った。
その顔つきは、一ヶ月前に初対面で会った時の、あの酔っ払ってふらついていたソルジャーさんの表情とは、完全に大違いだった。
本物の、過去に重い十字架を背負った戦士の顔だった。
「俺が、誇り高き騎士団をやめた理由はな………」
ソルジャーさんは、深く息を吐き出し、そして、ゆっくりと口を開いた。
「『面倒くさかったから』だ」
(………………は?)
その短すぎる一言を聞いて、僕は完全に困惑してしまった。
やめた理由が……「面倒くさかったから」?
嫌、意味が全くわからない。
そんな、子どもの言い訳みたいなくだらない理由で、普通、名誉ある騎士団をやめるか!?
あんなに真剣な表情を作っていたから、さぞかし国家の陰謀に巻き込まれたとか、親友を裏切られたとか、相当な重い過去があるのだとばかり思っていたのに……まさか、こんなくだらない、拍子抜けするような理由でやめたとは、夢にも思わなかった。
「そ、そうなんですね……面倒くさかったから……だったんですね……」
僕は、引きつりそうになる顔の筋肉を何とか堪えて、愛想笑いを浮かべた。
流石に、こんなくだらない理由を聞かされたからといって、ここで怒りたくはない。彼と喧嘩はしたくない。だから僕は、必死に自分の感情を堪えたのだ。
「でもな、グライ。勘違いするなよ」
ソルジャーさんは、僕の呆れたような態度を見透かしたように、再び話し始めた。
「俺は、ただ単に『面倒くさかったから』っていう、それだけの浅い理由でやめたわけじゃないぞ。
……俺は、あの清廉潔白を装う騎士団の一員に、根本的に相応しくなかったからでもあるんだ。
いいか、よく聞け。これは騎士団という組織だけとは限らないが……人が集まる大きな組織というものには、必ず光の当たらない『裏』というものが存在する。
だから俺は、表向きは『面倒くさい』という嘘の理由を作って、騎士団をやめたんだ。
驚くことに、誰も俺のその嘘だと見抜けなかった。いや、見抜こうともしなかったのかもしれないな。
……俺は、それだけのことで国を捨ててやめたんだ。………何か、文句あるか?」
ソルジャーさんは、自嘲するような笑みを浮かべて、そう締めくくった。
やっぱり、嘘だったんだ。「面倒くさい」というのは、嘘の理由だったのだ。
僕は、左手を自分の胸にそっとくっつけながら、安堵の息を吐いてホッとした。
胸にくっつけた左手に、僕自身の心臓の鼓動が、トクトクと強く脈打っているのが感じられた。
今日は、本当に数え切れないほど、たくさんのことが起こった長い一日だった。
森の中で遭遇した、あの恐ろしいベラーの群れとの死闘。
僕が放った、一撃で群れを殲滅した超級魔法の圧倒的なお披露目。
そして、この謎多きソルジャーさんという男との劇的な出会い。
最後に、彼が騎士団をやめた、本当の理由と隠された「裏」の存在。
たかが四つの出来事ではない。
僕のこれからの冒険の旅を大きく左右するかもしれない、極めて重要で濃密な事件が重なったのだ。
僕は、胸に手を当てて今日の出来事を頭の中でゆっくりと反芻しながら、ふと顔を上げた。
ただ、雲一つない満天の星が輝く異世界の夜の大空を、静かに、いつまでも眺め続けていたのだった。
To be continued
次回第33話 6月6日(土) 午後8時投稿予定




