第31話「もう一人」
西暦256年8月18日。
僕が、あの絶望と恐怖に満ちた病室のベッドの上で、前を向いて「強く生きる」と心に固く誓ってから、約四ヶ月という決して短くはない月日が経とうとしていた。
季節は巡り、僕は無事に六歳の誕生日を迎えることができた。
前世の現代日本の感覚で例えるのなら、ちょうど「小学一年生」になったばかりの、真新しいランドセルを背負って無邪気に笑っているはずの年齢であり、本来ならば親に守られて安全な世界を生きる立場なのかもしれない。
だが、僕が今生きているこの過酷な異世界において、そして命懸けの冒険の旅の真っ只中において、そんな生温かく甘い常識は一切通用しない。
自分の命は自分で守り、自らの手で未来を切り開かなければ、明日生き残ることすら保証されていないのだ。
先月の7月。僕は、血反吐を吐くような苛烈な修練の末に、ついに「超級剣技」と「超級魔法」の二つの絶対的な力を完全に習得することに成功した。
あの時、僕を絶望の淵から引きずり上げてくれたギーガさんの言葉――。
『弱点だらけやけど、自分にしか出せへん強みが一つだけあるんや』
あの力強く、僕の魂を震わせた一言は、ただの一日たりとも僕の脳裏から離れたことはない。
その言葉が僕の胸の奥底で消えない炎となって燃え続けていたからこそ、三ヶ月間も完全に引きこもって心身を腐らせていた僕であっても、これほどまでの短期間で、常識外れの超級の領域にまで辿り着き、力を取得することができたのだ。
ギーガさん……いや、僕の人生の恩人であり、頼れるリーダー。
師匠!!
僕は、あなたがあの時にかけてくれた言葉のおかげで、再び前を向き、誰にも負けないくらい強く生き抜くことを誓ったのだ。
そして今。
僕はただ足手まといとして守られるだけの存在ではなくなり、この『ハイスピード』の頼もしいパーティーメンバー全員と見事な連携を取りながら、最前線で激しい戦闘を繰り広げている真っ最中だった。
「グライ!! そのまま背後に回り込んで魔法を使え!!そしたら前の『ベラー』も完全にパニクるわ!!!」
前衛で巨大な剣を振るいながら、リーダーである師匠・ギーガさんの野太く豪快な声が、森の木々を震わせるように響き渡った。
「はい!!! 師匠!!!」
僕は、彼の指示に即座に反応し、弾かれたように短い足を回転させて、標的である魔獣の背後へと回り込むように素早く駆け出した。
「ふふっ……私の生み出した糸で、ベラーたちの行き先は完全に封じ込めましたわ」
後衛から、サキュバスであるラミアさんの、妖艶でありながらも冷徹な声が響く。彼女の指先から放たれた無数の透明な糸が、木々の間に複雑な蜘蛛の巣のように張り巡らされ、魔獣たちの退路を物理的に絶っていた。
「アネモネ、メガロン。私たちが張った糸の外側に、さらにベラーの群れが寄ってこないためにも、周囲の警戒と見張りを全力でしてくれないかしら? もし外から襲いかかってくる気配があれば、容赦なく倒してしまっても構わないわ」
「はい!! わかりました、ラミアさん!! この斧にかけて、一匹たりとも通しません!」
ドワーフのメガロンさんが、自身の身長よりも巨大な両刃の斧を構え直し、力強く頼もしい声で応じた。
「はい。ラミアさん。……後方は私に任せてください」
小柄な身体に強大な魔力を秘めたアネモネさんも、周囲に鋭い視線を巡らせながら、短く静かに返事をした。
今、深い森の中で僕たちが相対して相手取っている魔獣の名前は、「ベラー」と呼ばれる生き物だ。
その姿形を前世の生き物で例えるのなら、間違いなく「熊」そのものだ。
全身を分厚く硬い毛皮で覆われ、巨体から繰り出される力は凄まじく、とても凶暴な性質を持っており、最悪の場合、人間に襲いかかってきて無残に喰い殺されるという、非常に危険で油断大敵の中型獣である。
しかし、前世の単独行動を好む一般的な熊と、この世界の魔獣であるベラーとでは、生態において決定的に違う点が一つだけある。
それは……「組織的な集団で襲いかかってくるかもしれない」という、極めて厄介な点だ。
今、僕たちの目の前でラミアさんの糸に囲まれて孤立している状態なのは、たった三体しかいない。
だが、これはラミアさんが素早く糸で彼らの行き先を封じ込めたからこの数で済んでいる、という単純な話ではないのだ。
ベラーという魔獣は、ただ群れるだけでなく、一体一体が明確に異なる「係」の役割に振り分けられながら、高度な組織社会を築いて生きているという恐ろしい習性を持っている。
僕が熟読しているあの分厚い愛読書、『全世界の歴史と地理』の魔獣生態のページに、はっきりとそう書いてあったのだ。その内容を思い出す。
あえて少ない数で先行して行動し、人間の冒険者などの敵と接触して、自らの数を最低限に減らすことで敵の油断を誘う『囮係』。
囮が時間を稼いでいる間に、森の奥から多くの数で行動を起こし、圧倒的な暴力で集団で襲いかかる本隊である『集団係』。
そして、仕留めた獲物を解体し、巣穴の仲間たちのために一体一体公平に分けさせる役割を持つ『食材係』。
ベラーは、この世に生まれたその瞬間、本能によってこの三つのどれかの係に強制的に振り分けられるといわれている。
(……てか、そもそも何で人間の書いた本に、あんな魔獣の内部事情の細かい役割分担のことが、あんなに自信満々に書いてあるんだ?
生態を観察した学者がいるにしても、どうやって『生まれた瞬間に振り分けられる』なんて、そんな証拠の残らないことを予想して断言できるんだよ?)
戦闘中だというのに、僕の心の中の冷静な部分が、本の著者の過剰な想像力に対して密かにツッコミを入れてしまう。
ちなみに、今僕たちの目の前でラミアさんの糸に絡め取られ、苛立たしげに咆哮を上げているこの三体は、その動きの鈍さと数の少なさからして、間違いなく「囮係」のベラーたちだ。
つまり、この目の前の三体を倒したのと同時に、森の奥に潜んでいた凶暴な「集団係」の大群が、怒り狂って一気に僕たちのもとへ押し寄せてやって来るだろう。
僕は、ベラーたちの完全に死角となる後ろ側に張り付いた。
そして、両手でしっかりと握りしめていた魔法の杖、白い球体が特徴的な「全地球凍結」を、空に向かって真っ直ぐに、頭上高くへと掲げた。
無詠唱でも魔法は放てる。だが、この大自然の森の中で、あえて魔力を極限まで高め、威力を底上げするために、僕は腹の底から大きな声で技の名を叫んだ。
「溶岩噴出!!!」
僕が気合と共にそう言い放った瞬間。
僕が頭上に掲げた杖の先端、あの地球のような模様を持っていた白い球体の表面が、まるで内側から燃え盛るかのように、一瞬にして炎のように赤黒く染まり上がった。
表面が真っ赤になったのと同時に、周囲の空気の温度が爆発的に上昇し、何もない空間から超高温のドロドロに溶けた岩石——すなわち「マグマ」が、凄まじい勢いで生成された。
僕は、杖を振り下ろす動作に合わせて、目の前で身動きが取れなくなっている三体のベラーに向かって、その最大限に生成したマグマの奔流を容赦なく放った。
「グォーーーーーーー!!!!!」
「ヴォーーーーーーーー!!!!!」
静かな森の中に、魔獣たちの鼓膜を破るような断末魔の悲鳴が轟いた。
三体の囮係のベラーたちは、自分たちの身体を包み込む大量の超高温のマグマに触れた瞬間、為す術もなく完全にパニック状態に陥りながら、苦痛の鳴き声を上げ続けた。
大量のマグマの熱量によって、ベラーの硬い毛皮も分厚い脂肪も瞬時に焼け焦げ、体中が激しく燃焼し始める。
ベラーの身体が激しく燃焼してから、ほんの少しの時間が経過した。
炎と煙が収まった後、そこに残っていたのは、もはや生き物の原型すら留めていない、完全に黒焦げの炭化状態になって崩れ落ちた三つの黒い塊だけだった。
(……すごいな、これ。本当にすごい威力だ……。
この『スノーボール・アース』の杖、最初は綺麗な装飾の見た目重視の武器だと思ってたけど、見た目からは想像もつかないほどの異常な魔力増幅率で、とんでもない威力を発揮してるぞ)
僕は、炭と化したベラーの残骸を見つめながら、自分の両手にある杖の恐るべき力に戦慄していた。
実は先ほど、僕は確実に仕留めるために、わざと威力の高い上級の火属性魔法を選択して使ったのだ。
それでも、上級魔法単体の威力を遥かに超える、地形すら変えかねないこんな異常な威力になるのは、杖の増幅効果と合わさっているとはいえ、完全におかしいレベルだった。
(まぁ、結果的に敵を確実に倒せたんだから……細かいことは問題ないか)
僕は小さく息を吐き、杖を下ろして警戒を解こうとした。
だが、安堵してそんなことを思っていた、まさにその時だった。
「まぁ、大変。私が生成した結界の糸が、もう魔力の限界ですわ……。
それに、見てくださいな。糸の外側に、恐ろしい数のベラーの群れが押し寄せてきていますし……」
ラミアさんが、焦りを滲ませた声で叫んだ。
彼女がベラーの行き先を封じ込め、僕たちを守るために展開していた強靭な糸の結界が、限界を迎えてブチブチと音を立てて切れ始めようとしていたのだ。
「ダメです、ラミアさん! この密集した森の中では、私の斧技での攻撃範囲が狭すぎて、大振りができません!
もしここで無理に広範囲に攻撃を振り回せば、仲間全員の身体にも被害を及ぼしてしまいます!」
巨斧を構えたメガロンさんが、木々に阻まれて身動きが取れない己の武器の特性に歯噛みしながら、悲痛な声を上げる。
「私も、魔術は闇属性の魔法しか使えないので……。
このうっそうとした森の中の環境じゃ……上空がスッキリと開けた晴れの屋外じゃなかったら、私の闇の魔法の真の力を発揮できたのに……っ」
アネモネさんも、悔しそうに唇を噛んだ。
魔法の属性には、周囲の環境や天候との相性が存在する。彼女の闇魔法は、現在のこの森の木陰と時間帯という状況、そして位置取りが原因で、十全な力を発揮できないらしい。
前衛の武器の取り回しが制限され、後衛の魔法の相性が悪く、結界の維持が限界を迎える。
こんな想定外の不利な状況が重なることは、一寸先は闇の過酷な冒険においては、決して珍しいことではないのだ。
さらに絶望的なことに、木々の向こう側から地響きを立てて、怒りに狂った「集団係」のベラーの大量の群れが、黒い波となってこちらへ押し寄せてきた。
このままでは、結界を破られ、乱戦に持ち込まれてパーティーが壊滅してしまう!
——ここでこそ、「僕の出番」だ!!!
「僕がやります!! みなさん、火傷しないように気をつけて下がってください!!!」
僕は、パニックになりかけている仲間全員に向かって、腹の底から大声で伝えた。
「地獄の劫火!!!!」
僕は再び、スノーボール・アースの杖を両手で力強く握りしめ、頭上に高く掲げた状態で、全身の魔力を限界まで絞り出して叫んだ。
今度僕が使用したのは、先ほどの上級魔法を遥かに凌駕する、正真正銘の、超級の火属性魔法だった。
再び、杖の先端の球体の表面が、今度は太陽そのものを閉じ込めたかのように、目が潰れそうなほど眩しく、炎のように真っ赤に輝き始めた。
僕の全身の血液が沸騰するような熱さを感じながら。
僕は、結界の外側から猛烈な勢いで押し寄せてきたベラーの大量の群れに向かって、すべてを焼き尽くすほどの、圧倒的で大規模な炎の奔流を一気に放った。
ゴォォォォォォォォォォッ!!!!
森の一部を完全に飲み込むほどの巨大な紅蓮の炎が、凄まじい轟音と共にベラーの群れをなぎ払い、空を焦がした。
そして………戦闘は、たった一撃で、完全に終わった。
「ハハハハハ!!!! おいおいグライ、自分、ホンマにえげつないほど成長してきとるなぁ!!!」
もうもうと立ち込める煙と熱気の中で、師匠であるギーガさんの豪快で嬉しそうな笑い声が響き渡った。
「まさか、あんな数のベラーのえげつない群れを、たった一発の魔法で一瞬で仕留めてしまうとはな……。
いちいち長い詠唱せなアカン、ヨナやアネモネみたいな普通の詠唱魔術師とは、魔法を発動するスピードも威力も、完全に格が違うわ!!!
その調子で、これからもワイらのパーティーのエースとして気張れよ!!!」
ベラーの大量の群れを文字通り一網打尽にして倒した後。
僕たちは焼け残った部分から、貴重な栄養源となる魔獣の肉——すなわち食材を大量に手に入れることができた。
今、僕たちは、森を抜けた街道を走る駅馬車の客車の中に乗って揺られている。
この駅馬車には、本来いるはずの、雇われた馬を操る専門の御者の者がいない。
なぜなら、今、馬車の御者台に座って、見事に数頭の馬を操っているのは、リーダーのギーガさんだからだ。
ギーガさんは、獣族の狼系という種族の特性ゆえに、普通の人間にはわからない、動物が何を言っているのか、何を思っているのかが感覚でわかる能力を持っている。
動物と心を通わせるコミュニケーションができることで、駅馬車の馬を操縦するような複雑な作業であっても、初めて操ったとしても何の問題もなく、まるで熟練の御者のように乗りこなすことができるのだ。
「……わ、私よりずっとすごい魔術師が、こんなに小さな子どもだなんて……。
世界って……本当に、広いんですね(。>﹏<。)」
馬車の中で、ヨナさんが垂れた犬の耳をさらにペタンと寝かせ、自分よりも圧倒的な魔法の才を見せつけた僕を見て、尊敬と少しのショックが入り交じった声で呟いた。
「ちぇっ、ギーガさんにそんなにベタ褒めされるなんて、ちょっとムカつくわね……。
でもグライちゃん、一回すごい魔法が撃てたからって、絶対に調子には乗らないでよね。
あんたは魔力量こそすごいけど、肉体的にはまだまだ弱い六歳の子どもなんだからね?」
アネモネさんも、腕を組んでそっぽを向きながら、負け惜しみのような、でも僕を心配しているような言葉を口にした。
ギーガさんの先ほどの「詠唱魔術師とは格が違う」という、あまりにもストレートな発言に、二人のプライドの高い女性魔術師たちは明らかに動揺していた。
僕が特別な才能である無詠唱魔術師であることと、自分たち大人よりも遥かに強い破壊力を持つ子どもが目の前にいるという現実に、悔しさがどんどん増していったのだろう。
特にアネモネさんは、窓の外を見つめながら、真剣な表情で下を向いてしまっていた。
彼女が極めている闇属性の階級は、国家の切り札とも言える『国級魔法』だ。
対して、僕の階級はまだその下の『超級剣技』と『超級魔法』。
魔法の純粋な階級が一つ下であっても、土壇場の戦場において、タイムラグなしで魔法を放てる「無詠唱ができるか、できないか」というその一点の違いだけで、実戦における有用性と評価は大きく変わってしまうのだという残酷な現実を、彼女は肌で感じてしまったのだろう。
「は、はい、師匠!!!
褒めていただいて嬉しいです! でも、僕、もっともっと強くなれるよう、これからも精一杯頑張ります!!!」
僕は、御者台にいるギーガさんの背中へ向かって、大きな声で返事をした。
僕は今、大尊敬するギーガさんに心から褒められた。
それは、パーティー内での僕の「評価が上がった」という、何よりの証拠だ。
僕は、自分の努力が認められたことが、本当に、涙が出るほど確かに嬉しかった。
しかし、僕はこんな一度の勝利や称賛だけで、完全に満足したわけではない。
こんなところで「自分は最強だ」と天狗になって満足してしまったら、これから先の過酷な冒険や、将来の予測不能な強敵に対して、絶対に通用しなくなってしまう。
だから、僕はもっともっと、強い魔獣と本気でやり合いたい。
限界を超えてさらに強くなったら、いつか必ず、あの神の領域にいるという五種神と、もう一度戦いたい。
あの日、暗闇の森の中で、僕は自分の無力さと恐怖のあまりに、伝説の魔獣フィスティアに対して、ただの一太刀すら、かすり傷一つすら付けることはできなかった。
その惨めな敗北の記憶を塗り替えるために。
いつか必ず、あの化け物と真っ向から対峙してリベンジしたいと、僕の心の奥底の炎は、毎日毎日、決して消えることなく熱く燃え盛っているのだ。
「おい、そこのガキ。なかなかやるじゃねぇか。
今さっきのあれは、紛れもなく超級の火属性魔法だっただろ?
お前のような、まだ背丈も足りない小さいガキが、あんな大魔法をノーモーションで使えるとはな。将来性が高くて、末恐ろしいぜ」
僕が、自分の中の決意を新たにして心の中で喜んでいた、まさにその時だった。
突然、僕の背後、つまり馬車の後ろの扉の方から、全く聞き覚えのない声が聞こえてきたのだ。
とても図太いおじさんの声で、言葉の端々がもつれており、明らかに酒を飲んでひどく酔っ払っているような、だらしない喋り方に感じた。
僕は驚いて、走る駅馬車の後部の扉を開け、外のステップへと降り立った。
さっきの僕の魔法による大殲滅の戦いを、この見知らぬ人物がどこかから見ていたのは、その言葉からして間違いない。
しかし、この広大な街道で、いったいどこから現れて、どうやって走る馬車に声をかけてきたというのか……。
「おい、グライ!!! なんで突然、走ってる馬車から後ろに降りたんや!!?
なんか外で異常でもあったんか!!?」
僕が急に後方へと降りた気配を感じて、御者台にいるギーガさんが、不信感と警戒心を抱いた鋭い声を飛ばしてきた。
僕は、駅馬車の後部ステップに降り立ち、しっかりと手すりを握ったまま、声のした方向——僕たちが走ってきた後ろの道の方へと振り返った。
すると、そこには。
僕たちが乗っているものとは別の、もう一つの立派な駅馬車が、僕たちのすぐ後ろにピタリと追走するようにして止まっており、そこからドスドスと重い足音を立てて降りてきた、一人のおじさんの姿があったのだ。
そのおじさんは、人間だった。
顎には無精髭がぼうぼうに生えており、身なりは少し薄汚れている。だが、その背中には、彼自身の身長と同じくらいありそうな、とてつもなく巨大な大剣を無造作に背負っており、酒のせいで足取りはとてもふらついているというのに、ただ者ではない歴戦の強者のオーラを放っていた。
「お前か……さっき、俺が馬車の窓から見ていた森の戦いの中で、ひときわスゲェ威力の火属性魔法を放っていたのは……。
……あぁ、そうか、俺が誰かって? 名乗ってなかったな。
俺の名前は、ソルジャーだ。冒険者パーティー、『アーサーキング』のリーダーをやってる。
経歴を言うなら……元・西ガルバン王国の、正規騎士団の所属だ。今はワケあって国を離れ、パーティーの仲間と一緒に、こうして気ままに世界を冒険している身分さ」
その髭のおじさんは、ふらつく足で立ちながらも、不敵な笑みを浮かべて自己紹介をした。
名前は、ソルジャー。
『アーサーキング』という名前のパーティーのリーダー。
僕が村を出て冒険の旅に出てから、初めて遭遇し、言葉を交わした『他のパーティーの冒険者』との出会いだった。
しかし、僕の頭の中で一番の警戒信号を鳴らし、問題だと思ったのは、彼の現在の肩書きではなく。
彼が自らの口で語った、「元・西ガルバン王国の騎士団」という、その輝かしくもきな臭い過去の経歴だった。
西ガルバン王国。最強の剣聖を擁し、東の国と緊張状態にあるというあの武力国家。
その正規の騎士団に所属していたほどの人間が、なぜ国を捨てて、こんな場所で酔っ払って冒険者などやっているのか。
いったい何者なんだ……この、ソルジャーって名乗る人は……。
僕は、直感的な警戒心を抱きながら、巨大な剣を背負うそのおじさんの顔を、ただ無言でじっと見つめ返していた。
To be continued
次回第32話 6月3日(水) 午後8時投稿予定




