カエルノキーホルダー(著:ぶろこり
梅雨の季節になると私はいつも数年前出会った不思議な少女のことを思い出す。
ある雨の日だった。私の部活は大会を前に控えて毎日猛練習をしており、私はクタクタになって電車の中で居眠りをしていた。そんな時肩を叩かれて正面をむくと、見慣れない少女がいた。
「あんた、席代われよ」
明るい髪に、不自然なほど真っ赤な唇、当時の私の少ない語彙の中から「ヤンキー」という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。
「ええっと……」寝ぼけた頭で彼女の言葉を反芻する、代わる?誰に?なぜ?
「ほら、はやく」そう言って彼女は私の荷物を勝手にとりあげると床に叩きつけたのだ。
雨の日で泥まみれの床は私の鞄を躊躇なく汚した、そしてその衝撃でカエルのキーホルダーがちぎれ床に転がり、さらに運悪く別の人の足に踏まれバラバラになってしまう!
遠くで暮らす祖母から貰ったキーホルダーだった。お守りがわりにとくれたそのカエルは妙に派手な装いであまり好きではなかったけれど、大好きな祖母からの贈り物だからと中学生の頃から大切にしてきたのだ。あまりの出来事に一気に目が覚め、思わず立ち上がっていた。
「あんた、どういうつもり?」
「は?」
「勝手に人のものを叩きつける?何考えてるの!」
ストラップの残骸を拾い上げようと手を伸ばしたところで電車がカーブへさしかかった。甲高いブレーキ音を立てながら車体が徐々に斜めに傾いて、バラバラの部品は乗客の中へ消えていく。
さらに怒りで顔を赤くする私の様子を見て、少女は満足と言ったように赤い唇をにっと歪ませた。
「あんた気づいてないみたいだからさ、起こしてやったんじゃん」
「はぁ?」
「ほら」
怒りで何も考えられず、ただ彼女が顎で示す方へ反射的に視線を向かわせる。すると――
「私の財布!」
隣の男が私の鞄から財布を取り出し、まさに今ふところへ入れようとしていた。
そこからはよく覚えていない。財布を盗もうとした男ともみ合っていると誰かが呼んだ警察がやってきて、話を聞かれたあと両親が迎えにきた。
不思議なことに男は私が盗む直前まで居眠りしていたと言うのだ、私と少女が口論していたことなど知らないと。
そもそも盗まれたことに気づいたとき、床に打ち捨てられたはずの鞄はいつのまにか私の膝の上にあったし、汚れひとつなかった。ただ一つあのカエルのキーホルダーだけは無くなってしまっていたが。
そういえばあのカエルのキーホルダーは赤い唇をしていたっけ。




