経験値
2
それはもはや、虐殺だった。
戦いと呼ぶことすら憚られる、一方的な蹂躙。
突如訪れた勇者たちの災害に等しい凶行は、里の魔族たちを恐怖で震え上がらせ、混乱の渦へ叩き落とした。
「逃げんじゃねえって、この!」
獣人のボランがタランをかばって聖剣で斬られる。
「あ、ああ……あなた!」
タランはボランの身体を揺するが、聖剣の一撃によってボランは絶命していた。茫然とするタランの上に少年が影を落とす。
「よう獣人。お前もすぐに後を追わせてやるよ」
少年が持つ聖剣が、陽光を反射させてギラリと輝く。
「この第三十一代目勇者イスルギ・キョウマ様の聖剣エクスペリエンスでなァ!」
悲鳴をあげる間もなく、タランは聖剣の餌食となった。
「ふー。これでまたレベル上がっちまったな」
「ピキー!」
勇者に飛びかかったスライムのピキンは次の瞬間に炎で焼かれて蒸発した。
勇者の少年の隣に、ピキンを魔法で焼いた老魔法使いが並ぶ。
「ほっほっほ。キョウマ様の聖剣は獲得経験値が十倍。このような雑魚であっても、殺せば殺すほど強さに反映されていきますなぁ。儂の無尽蔵魔力もキョウマ様の前では形無しですわい」
「俺のレベルは80だしな。お前らとはもう30くらい離れてんじゃね?」
明らかな年上の人間に対しても勇者は尊大な態度を崩さない。彼らにとってはそれが当たり前だった。
「アンタの聖剣が異常すぎるのよ。まったく」
「ま、お前らが弱くても、俺が守ってやるから安心しろよ」
弓使いの女に自信たっぷりの笑みを見せる勇者の少年──キョウマは次の獲物を探し始めた。
ハーピーのチャミィが足の爪を剥き出しにしながら、勇者へ向かって急降下する。
「弓兵の必中一矢」
チャミィの胸元を鋭い矢が貫いた。その身体は落下し、地面に叩きつけられる。
「誰が守ってくれるって?」
「ばーか。反撃するために、あえて引きつけてたんだよ」
里の魔族を惨殺しながら軽口を叩き合う二人の前に鬼人のガッカスが立ちふさがった。
「デカブツとの力比べなら任せなァ!」
キョウマと弓兵女を庇うように大男の戦士が現れる。
地を揺らしながら突撃したガッカスと戦士は手四つになって、互いの力で押し合った。
勇者と弓兵女はニヤニヤと二人の戦いを眺める。
「ぐぬぅ……やるじゃねえか。さすがは鬼人! だが! 俺様の力のほうが、上だあァッ! 戦士の絶対粉砕ッ!」
強大なパワーによってガッカスは投げ飛ばされ、轟音と共にレンガの壁を粉砕した。
ガッカスはすぐさま立ち上がろうとするが、手に異変を感じる。全ての指が圧倒的な腕力によって折れていた。
「──武闘家の弱点看破」
ガッカスが恐怖を感じた直後にはもう、彼の意識は途切れていた。
大木をも一撃で破壊する蹴りがガッカスの首をへし折ったのだ。
「おい武闘家! てめぇ、俺様がやるつもりだった相手を横取りすんじゃねえ!」
「こんなゴミ相手に手間取るほうが悪い」
武闘家は服のホコリを払う。
「がっはっは! 遊びすぎたなぁ、戦士よ!」
大盾を持つ男が、自分の存在を誇示するように笑った。
──勇者たち一行は全員が魔族を上回る異能を有していた。
里の魔族はそれに対抗する術もなく、ただただ命を散らしていく。
ロロとルゥはなにもできず、震えながらその様子を見つめていた。
里の大人たちが、竜人のバルーザが、リザードマンのジャガルが、その圧倒的すぎる力の前に倒れていく。
エルフの長老が杖に魔力を込め、勇者たちに向けて巨大な氷柱の魔法を放った。
「魔法が来るよ! 盾騎士!」
弓兵女の声に、盾騎士が大盾を構えて前へ出る。
「ようやく我輩の出番か! 盾騎士の完全反射!」
氷柱が盾騎士の大盾に接触した。通常ならば衝撃によって壊れ、魔素として散るはずの氷柱は、形を変えることなく向きを変えて跳ね返される。
氷柱はエルフの長老を直撃し、その身体に大きな穴を作った。
ロロとルゥの隣で、長老がどさりと倒れる。
「ロロ、ルゥ……逃げるの、じゃ……」
最後の言葉を残し、長老は動かなくなった。
目の前で、家族と呼ぶに等しい者たちが死んでいく。
その現実を受け止められないロロの隣で、ルゥは牙を剥き出しにしていた。
ロロもまた野生が持つ純粋な衝動──里の暮らしで忘れていた怒りの感情が腹の底からぐつぐつと沸き上がるのを感じた。
「ま、待ってくれい!」
勇者たちの前で手を広げるのはドワーフのドドンだ。
「どうか、どうか許してくれ! 望みがあるならなんでもする! だからどうか!」
「お前ドワーフか? ならいい武器持ってんじゃねえのか? それを寄越せ」
「わかった。なんでもやる! だからこれ以上、里の皆を殺さんでくれ!」
ドドンが店の中に入っていく。勇者たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
戻ってきたドドンは魔王から下賜された大槌を持っていた。
戦士がそれを取り上げる。
「どうか、これで勘弁──」
言いかけたところで、ドドンは大槌によって叩き潰された。大槌の下敷きになったドドンはぴくりとも動かない。
「あーっはっはっは! こりゃいいや! とんでもなく強え武器が手に入ったぜ!」
「おいおい、まだ他にも隠してたかもしれないのに、手が早えんだよ、お前は」
勇者が戦士をとがめるが、ドドンに対する約束を反故にした事実にはなんの言及もない。
「おっとすまねえ。思ったよりも一撃の威力が高くてよ。ま、店の中を調べて“勇者行為”でいただけばいいだろ」
「ああ、それもそうか。“勇者行為”で他人の家のモノならなんでも奪いたい放題だったな」
勇者がドドンの身体を足蹴にした。
「じゃあ──別にいいか」
怒りの限界に達したルゥが、咆哮しながら勇者たちに向かっていった。
「ガルムバイツかよ、めんどくせーな」
勇者は剣を振るうが、素早いルゥには当たらない。隙を見て飛びかかったルゥが勇者の腕に食らいつく。
「チッ! うぜえんだよ!」
焦って腕を振り回すが、ルゥは決して離さない。
その時、美しい歌声が響き渡った。
勇者一行が一斉に膝をつく。
里の異変を察して池に戻ってきたメイが、魔性の歌声によって勇者たちの動きを封じたのだ。
しかし、抵抗力の高い魔法使いにだけは効果が薄かったらしい。老魔法使いが放った巨大な火球が池に落ちる。
一瞬で池が沸騰した。メイは苦痛による叫び声をあげながら、池の縁でぐったりと倒れ込んだ。
勇者に噛みついていたルゥが、武闘家の拳によって吹き飛ばされる。
「……ったく、てこずらせやがって……」
冷や汗を流しながら、勇者は噛まれた腕を押さえた。
盾騎士がメイの髪を引っ張り上げる。
「おーおー。けっこう美人じゃないか。我輩の眼鏡にかなう逸品だ」
「やめな、盾騎士! マーメイドはどの素材も値がつくんだ。特に髪と眼球はね」
「ふん……であれば、首から下はもらおうか」
盾騎士が下卑た笑みを見せた瞬間、ロロの中でなにかがぶつんと切れた。
ロロは獣の雄叫びをあげながら勇者たちへ向かっていく。
「なに言ってんのかわからないんだよな、魔族の言葉って」
「フォレストベアだぞ。勇者、やれるか?」
「な、ナメんなよ武闘家! さっきのはちょっと油断しただけだっての!」
駆けてくるロロに向けて、勇者は聖剣を振りかぶる。
「てめえも俺の──経験値になりやがれ!」
聖剣が、ロロの身体を切り裂いた。
数十分ほどで里を壊滅させた勇者たちは、戦利品を並べていた。
彼らは魔族の家に保管してあった食料で勝利を祝う。
そこに──隕石のような何かが降ってきた。
墜落したそれは土埃をあげながら、ゆっくりと立ち上がる。
「なんだ、ありゃ……?」
勇者一行が目をすがめる。
土埃の向こうに現れたのは、真っ白な全身鎧。
フルフェイスの向こうから鋭い眼光で彼らを睨み、強い殺気を放っている。
よく見れば、鎧のところどころに傷と汚れがあった。それが歴戦の戦いからくるものであるということを、勇者たちは知らなかった。
「……俺がやろう」
いち早く白鎧の殺気を察した武闘家が立ち上がり、攻撃範囲ギリギリまでにじり寄った。
白鎧は一切動かない。
勝機と見た武闘家は白鎧に飛びかかり、
「武闘家の弱点看破!」
強力な異能によって強化された蹴りを当て、勝利を確信した瞬間に、血を吐いた。
武闘家が前のめりに倒れる。
「お、おい、武闘家!」
弓兵の女が異変を察する。
白鎧は倒れた武闘家の身体に、容赦なく剣を突き立てた。
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