隠れ里の魔族とチート勇者たち
1
人里離れた山奥に、隠れ里がある。
そこに棲まうのは人間ではない。魔族と呼ばれる人ならざる者たちだ。
「メイ姉ちゃんの池まで競争だー!」
「負けないぞ!」
里の中央にある池を目指してかけっこしているのは、小熊のような姿をしたフォレストベアのロロと、狼に似たガルムバイツのルゥ。
彼らは有り余る元気をかけっこに変えて、大好きなお姉ちゃんのいる池へ向かう。
「ロロ! ルゥ! あんまり遠くへ行くんじゃないぞ~!」
「里の外は危ないからね! 気をつけな!」
「外じゃないよ! お姉ちゃんの池に行くから大丈夫!」
獣人のボランおじさんとタランおばさんに返答しながら、二人は走る。
最初に池へ着いたのはルゥだった。
「とうちゃーく!」
「ふわ~! また負けたぁ!」
途中から地を這うように走ったロロだったが、ガルムバイツのルゥの速さにはかなわない。かけっこではいつも負けてしまう。
「次こそ絶対に負けないぞ!」
「へへん! おいらの足にかなうもんか!」
「言ったなぁ~!」
「二人ともケンカはダメよ」
優しい声がして、池から上半身は人間、下半身は魚の姿をした女性が顔を出した。
美しい声音と煌めく青色の髪を持つ半人半魚の魔族、マーメイドだ。池は水中深くで遠くの湖とつながっており、メイは毎日、湖から里へとやってくるのだった。
「メイ姉ちゃん!」
水しぶきをあげて池から飛び上がり、メイは指定席である切り株の上で横座りになった。
ルゥとロロは我先にとメイのもとへ駆け寄る。
「ねえねえ、お歌を聞かせて!」
「あ! ずるいぞ! 今日は毛並みを整えてもらう約束だったのに!」
「こ~ら。ケンカはダメって言ったでしょ?」
「「は~い!」」
メイは素直に返事をする二人の頭を撫で、美しい歌を歌い始めた。
──彼らは、ひっそりと穏やかに暮らしていた。
誰に迷惑をかけるわけでもなく。
奪いもせず、殺しもせず、つつましやかに、自然の恵みを享受しながら生きていた。
メイの歌に釣られて、スライムのピキンが飛び跳ねる。
ハーピーのチャミィが空中を旋回し、鬼人のガッカスがロロを持ち上げて肩に乗せる。
竜人のバルーザは家の補修をしながら歌に合わせて口笛を吹き、エルフの長老がうつらうつらとうたた寝をする。
警備の打ち合わせをしていたリザードマンのジャガルとドワーフのドドンはその手を止め、歌のリズムに身体を揺らす。
隠れ里の魔族たちは、姿かたちは違えど、互いの力を互いのために使い、身を寄せ合って生きていたのだった。
メイの歌が終わると、獣人のボランとタランが真っ先に拍手をする。
今日もいい一日が始まるぞ、と皆が毎日の習慣になったメイの歌に満足する。
人魚のクシでロロとルゥの毛並みを整えると、メイは手を振ってから池に戻った。
ロロとルゥはドワーフのドドンのもとへ行き、以前からの約束をせがんだ。
「ねえ、見せてよー」
「ちょっとくらいいいでしょー」
「ったく、仕方ねえなぁ。ちょっとだけだぞ」
子供ながらのわがままに根負けし、ドドンは店の奥から巨大な槌を持ってきた。
大人の魔族でも持てる者は少ないであろうその大槌は、豪奢でありながら神聖な輝きを放っている。中央の胴体部分、その真ん中にはめ込まれた赤色の宝石は強い魔力を持っており、魔力を流すと破壊力が何倍にも増すという。
「これはな、このドドン様が魔王様のもとで働いていたときに、その働きぶりを評価して魔王様が直々にくださった物凄い大槌なんだぞ」
「へえ~! 魔王!」
「魔王“様”だ!」
「すごいや! かっこいい!」
「そうだろう、そうだろう!」
ドドンは途端に上機嫌になって、訊いてもいないことまで話し始める。
ロロとルゥは素直な子たちだったので、ドドンの話が終わるまで耳を傾けた。
その後、二人はエルフの長老のもとでお勉強という名の世間話を聞く。
「ここ一ヶ月は、平和なもんじゃのう。人間の迷い人すら現れん」
不穏な声が聞こえたのは、そんな時だった。
「みんな! 早く逃げるんだ!」
里の警備を担当するケンタウロスのシュダッツが長老のもとへ駆けてくる。
「勇者だ! 勇者が来たぞ!」
ドスッ、とシュダッツの背中に矢が刺さり、胸元まで貫通した。その身体がゆっくりと地面に横倒れになる。皆から尊敬を集め里周辺の警備を任されていた、あのシュダッツが。
里の入り口から悲鳴が聞こえる。
ロロとルゥはなにが起きているのか、まったくわからなかった。
ただ、遠くに見える人間の一行が、里の魔族を魔法で焼き、剣で斬りつけ、矢で射殺す姿だけが目に焼きついた。
「こんなとこに魔族の里があるとはなぁ! 全員、経験値にしてやるぜ!」
中央にいる少年が、女神の権能を持つ聖剣を振りかざした。




