第3話 傭兵寄合所の出来事
とある薄暗い傭兵寄合所。
酒と安煙草の臭いが充満する店内で、無頼漢たちが声を潜めていた。
「おぃ。聞いたか?」
「ん? あの宿屋の看板娘を口説き落としたって話か?」
「バカちげぇーて! 正規軍が村で略奪行為をしてたら一瞬で全滅したって話だよ」
「あー! あの一合で全滅ってやつか? どうせよくあるホラ話だろ。生き残りのクズが言ってたらしいが、恐怖で頭が狂った男の戯言だってよ」
「あのな! 情報通の俺から言わしてもらうとな! どうもホラ話じゃなさそうなんだよ……」
「へっ! どうせそうやってクソみたいな噂話を流して、俺たちから酒代の金をせびるつもりだろ?」
「本当だって! マジのやつなんだよ!」
――ドンっ!
耳を聾するほどの勢いで、激しく木扉が開け放たれた。
酒に酔いどれていた傭兵たちが、一斉に入り口へと視線を向ける。
そこに佇んでいたのは、圧倒的な質量を持つ筋肉の大男だった。
全身を、鋼鉄ではなく自らの大胸筋と広背筋という名の『筋肉のフルプレートアーマー』で覆ったような巨躯。
そして背中に背負っている獲物は、通常の騎士が使う大剣よりも遥かに大型で分厚い、人間には到底扱えないであろう鉄板の塊だった。
その男が静かにカウンターへと移動する間、傭兵たちは誰一人として目線を離すことができなかった。いや、離せなかったのだ。生存本能という名の脳の警鐘が、けたたましく鳴り響いている。
ヤバい。
こいつは【本物の化け物だ】と。
男は何やら怯える店主と短く話を交わし、報酬の入った袋を受け取っているようだったが、カウンターの上にはゴトッ、と不穏な重苦しい音が響いていた。
「ちと、挨拶してくるか」
さっきまで噂話を鼻で笑っていた傭兵が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら席を立ち、男の背後へと歩み寄っていく。
「お、おぃ! バカ! やめっ……! そいつは並の剣士じゃねぇ! 数年前に闘技場で暴れ回ってた狂戦士と人相がそっ――」
――パァァァァァンっ!!!
乾いた、しかし耳条を聾するほどの凄まじい衝撃音が響き渡った。
ただの、無造作な裏拳だった。
茶化しに行った相棒を必死に止めようと声をかけた次の瞬間には、その男の身体は文字通り『壁』に深く張り付き、白目を剥いて崩れ落ちていた。
床に転がった男の頭上から、ヒビの入った壁の漆喰が、バラバラと虚しく剥がれ落ちていく。
静まり返った。
酒場の喧騒も、下品な笑い声も、一瞬にして完全に消し飛んだ。誰もが呼吸をすることを忘れ、グラスを握ったまま石のように硬直している。ただ、倒れた男の傷口から床へと滴り落ちる、ワインと血の混ざった生温かい液体の音だけが、不気味に響いていた。
異物と、一瞬だけ目が合った気がした。
幾度となく地獄の戦場をくぐり抜けてきた自負があったが、全身の毛穴が収縮するようなこんな恐怖は、生まれて初めてだった。
「筋肉が足らん。」
ボソッ、と地鳴りのような低い声が鼓膜に届いたと思った次の瞬間。
男の姿は、いつの間にか掻き消えるように居なくなっていた。
☆
【作者より】
『戦場に降り立った死神』をお読みいただきありがとうございます。
本作は、言葉を持たぬ「異物」の恐怖を、周囲の人間たちの目線(周り目線)だけで冷徹に描き出すミリタリー・ホラーです。
もし、この「無駄な説明を極限まで削ぎ落とした爆速のテンポ感」と「緊迫感の裏にあるシュールな悪ノリ」を気に入っていただけましたら……。
作者の【本拠地】であり、活字の玄人たちが夜通し狂わされている上質な変態芸術家たちの職人劇『牢獄のアルティザン』も、ぜひ覗きにきてください。
本作の死神ドナンの「1合全滅」のキレ味の、すべての原点(仕様)がそこにあります――。
https://kakuyomu.jp/works/2912051606683262649
【牢獄のアルティザン〜変態芸術家達が世界に中指を立てていく〜】




