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第2話 その姿を見たものは……







隊長の異様な焦りが脳にこびり付いている。


略奪を行う部隊に急ぎ撤退の伝令を出そうと走るが、誰一人として姿が見えない。




「現在地を見失ったか?」




そう毒づきながら地図とコンパスで何度も確認するが、本来そこにいるはずの部隊が影も形も存在しないのだ。




「仕方がない。次の部隊に――」




ガリっ。ガリっ。ガリっ。




静寂を引き裂く不穏な金属音が聞こえた瞬間、彼は見てしまった。


激しく燃え盛る街の炎の中から、ゆらりと黒い煙をまとって現れた『異物』の姿を。




それは、街のシンボルであった教会の銅像よりも遥かに巨大だった。その手に持つ剣……いや、あれはもはや剣と呼べるシノモノではない。


己の身長よりも大きく長い、分厚い鉄板のような塊。


その先端には赤黒い血がべっとりと付着し、剣の柄の方まで絶え間なく滴り落ちている。




目が合った。




――いや、目が合ったと思った次の瞬間には、姿は掻き消えていた。


網膜に焼き付いたのは、ただ、下から上へと一閃された巨大な鉄板の残像のみ。




衝撃はなかった。




痛みすら、遅れてやってくる。




ただ世界からすべての環境音が消え去り、恐ろしいほどの静寂の中で、自分の身体だけが重力を失ってゆっくりと宙へ浮かび上がっていくような錯覚に囚われる。




視界が歪む。




遥か下方、血の海と化した石畳の上で、首を失った自分の胴体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちていく光景が信じられないほどスローモーションで目に飛び込んできた。




あの日、あの闘技場で見た悪魔が、今、自分のすぐ目の前に――。





「あれ? なんで――?」





歪んだ世界が激しく反転し、そのまま、冷たい闇へと暗転した。





◇





「まだか! まだ撤退できんのか!」




本陣の応接間、隊長はすっかり正気を失った顔で怒鳴り散らしていた。




「はっ! 伝令を走らせているのですが、まだ誰も戻ってきていません!」




「ぐぬぬぬっ! 構わん! 全軍、今すぐここを引き払うぞ!」




「しかし隊長、残りの部隊を置き去りにするのですか!?」




「戦死したと報告すれば済む話だ! いいから早く撤退だ!」





その時だった。




――ズドンッ!!!




退路を塞ぐように頑丈に積み上げておいた樽や台車が、まるで大砲の直撃でも受けたかのように一瞬で粉々に吹き飛んだ。


立ち込める白い硝煙の向こうから、ゆっくりと地を這うように移動する『異物』が姿を現す。




「ぐっ……。ゆ、弓隊っ! 撃てぇ! 撃てえぇぇっ!」




隊長がパニックになりながら絶叫する。日頃の苛烈な訓練の成果か、兵士たちは恐怖に震えながらも、一斉にその異物に向かって矢を放ち始めた。無数の矢が煙の中へと吸い込まれていく。




だが、次の瞬間。




「消えた……?」




そこに居たはずの、圧倒的な巨躯がどこにもいない。矢はただ虚しく石畳に突き刺さるだけだった。




「「ぎゃあああああああーーーッッ!!」」




鼓膜を突き破るような悲鳴が響いたのは、右翼に展開していたはずの弓隊の場所からだった。




「ば、ば……っ!」




隊長には、次に発せられる言葉が残されていなかった。


一瞬にして中央へと移動してきた異物が、ただ無造作に、隊長の胴体を下から上へと真っ二つに斬り上げていたのだから。


宙を舞う隊長は、ただ冷徹に自分を見下ろしている悪魔の貌を、その目に焼き付けるしかなかった。

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