宗教の違い
※本作はカクヨミでも同時連載中ですが、そちらの方が数話ほど物語の更新が先行しています。
ぜひ先行しているカクヨミ版のページでも一気読みしてみてください!
▼カクヨミ版『戦場に降り立った死神』
https://kakuyomu.jp/works/11054822662901128946
血で血を洗う苛烈な宗教戦争が世界の各地で勃発し、人間の命の価値がまるで道端の塵芥のように、著しく低く、無価値に扱われていた暗黒の時代があった。
お互いが都合よく掲げる、傲慢な『正義』や『信念』という名の大義名分を振りかざし、ただ己の神を信じぬ異教徒を排斥するためだけに、人間が狂気へと身を投じていた時代。
不毛な荒野のあちこちから、黒色火薬の生臭い硝煙と、ついさっきまで生きていた人間たちの肉の焦げる悍ましい臭いが、絶えることなく立ち込めている。
その戦火の中心にある小さな農村は、すでに中央の正規軍による容赦のない略奪と蹂躙によって、逃げ惑う人々の鮮血で赤黒く染まり果てていた。
「おぃ! きさま! 往生際悪く逃げるなよぉッ!」
泥と脂にまみれた冷たい石畳の上、鉄鋲がびっしりと並んだ重厚な金属のブーツで、無抵抗な男の背中を容赦なく踏みつける正規軍の騎士が、歪んだ愉悦を顔に浮かべて下品な笑い声をあげる。
「ヒィっ! お願いだ! 頼むからやめてくれ、神にかけて……神にかけて助けてくれ……っ!」
泥をすすりながら涙を流す村人の必死の懇願は、冷酷な鉄の兜の奥でニヤつく笑みの前には、何の意味も成さない。
ただ肉を引き裂き、骨を砕く鈍い破砕音が無慈悲に響き渡り、男の懇願は一瞬にして絶望のなかで途絶える。
「ぎゃーーー! やめてっぇぇー!」
「ギャハハハ!! 走れ走れ、家畜どもが!」
もちろん、戦う力のない女、子供とて例外ではない。容赦などという概念は、この戦場には存在しなかった。
彼ら正規軍の兵士たちにとって、目の前で涙を流し、命乞いをして泣き叫ぶ者たちは、『宗教の違い』ただそれだけの理由で人ではなく、殺処分を待つだけの家畜か、それ以下の不潔な害獣にしか見えていないのだ。
信じる神の教えが違う。
その一点の記号だけで、すべての残虐行為や略奪、強姦が、宗教という都合の良い名のもとに神聖化され、正当化されていた。
◇
激しい戦火の喧騒から、ほんの少しだけ離れた場所にある領主館の一室。
かつては高価な調度品で飾られていたであろう広々とした応接間は、今は侵略してきた軍の臨時の本陣として無残に占拠され、酒の臭いと男たちのひどく不潔な熱気に満ちていた。
―ドンっ!
重厚に静まり返っていた部屋に、勢いよく扉が開け放たれる激しい衝撃音が響いた。
「隊長っ! 2番隊より定時連絡です!」
肩で息を切らせた伝令の若い兵士が、生々しい血のついた床にドサリと片膝をつく。
「なんだ? 今、私は最高に忙しいのだが?」
部屋の奥、かつては領主が使っていたであろう豪華な天蓋付きのベッドの上。
両手両脚を縛られ、恐怖と絶望のあまりに白目を剥いて意識を失っている村の若い女を横目に、自らは一物もまとわぬ全裸のまま、その腰を乱暴に打ち付け、行為を続けている隊長が忌々しげに振り返った。その顔には、弱者を蹂躙するサディスティックな愉悦がべっとりと張り付いている。
「あっ、いえ、申し訳ありません。実は、2番隊からの定時報告の時間をすでに大幅に過ぎているのですが、未だに本陣へ連絡が届きません。一応、隊長の耳に入れようと思いまして!」
「はっ! どうせ、あいつらもそこらの農家の女を捕まえて、今頃いい声をあげさせて楽しんでる最中だろうよ。お前もいちいち心配性が過ぎるな」
隊長は鼻で笑うと、すでにピクリとも抵抗しなくなり、玩具としての興味が失せたのか、乱暴な手つきで女を冷たい床へと転がした。じっとりと汗ばんだ己の醜い肉体を高級なシーツで拭い、卓の上に置かれていたワインのボトルを掴んで、そのまま喉へとなだれ込むように流し込む。
――ドンっ!
デジャヴのように、またしても勢いよく木製の扉が開け放たれた。
「失礼します! 隊長っ! 緊急の急報ですっ! 先ほどの2番隊に続き、3番隊からの定時報告も完全に途絶えました! 周囲に複数の斥候を走らせましたが、未だ応答がありません!」
「「え……?」」
「おい、冗談だろう……?」
隊長と、そのそばに控えていた副官の動きが、冷えた空気のなかで同時にピタリと静止する。
部屋の中の不潔な熱気が、一瞬にして凍りつくような冷たい緊迫感へと引き締まった。いくら略奪と暴行に夢中になっているとはいえ、我が軍の中でも規律に厳しい近衛の精鋭部隊が、2つ同時に、何の前触れもなく音信不通になるなど、大人の軍事常識として絶対にあり得ない。
――ドンっ!
また、また扉が開く。しかし今度は、外側から激しく蹴破られたかのような、あまりにも乱暴で、壊滅的な金属音であった。
「ゲボゲボっ……ガハッ、ゲホッ……っ!」
部屋へと頭からなだれ込んできたのは、金属の鎧のあちこちを強烈な質量によってひどく破壊され、口から赤黒い内臓の血を激しく吐き出す、2番隊の数少ない生き残りであった。その男の顔は、恐怖のあまりに血の気が引いて真っ白に変色し、瞳の奥は完全に本物の狂気に染まっている。
「あ、悪魔が出た……。2番隊、三十名全員のフルプレートアーマーで包囲し、完璧な陣形で立ち向かったのですが……っ。1合。たったの一閃、1合だけで、我が隊は塵のように全滅しました……」
「な、なんだと……っ!? 馬鹿な、三十人の重装騎士が1合で全滅だと!?」
「悪魔、です……。あれは、人間の力では……絶対に……」
その呪詛のような言葉を最後に、隊員はガシャっと力なく床へ崩れ落ち、白目を剥いたまま二度と動かなくなった。首の骨が、あり得ない角度にひしゃげている。
「ど、どうなっている!? 大砲でも直撃したというのか!? 相手は新型の巨型投石器か、それとも中央の中央軍が隠し持っていた最新の秘密兵器でも持ち出してきたというのか!」
隊長の余裕の仮面が完全に剥ぎ取られ、その焦りと恐怖が、部屋の中にいる全員の肌へと伝染していく。さっきまで裸の肉体を濡らしていた下品な性的高揚感は一瞬で消し飛び、心臓を直接氷の爪で掴まれたかのような、凄まじい不安と戦慄が背筋を激しく叩く。背中を冷や汗が滝のように伝い落ちる。
「伝令っ! 全軍に伝えよ! これ以上の村の略奪、および交戦は不可能だ。直ちに略奪品を捨て、撤退の準備にかかれ! 急げ、全軍退却だ!」
「「はっ!」」
―ドンっ!
また、勢いよく扉を開き、外の廊下へと必死の形相でひた走る伝令の足音が、遠ざかっていく。
静まり返った部屋の中で、一物もまとわぬ裸のまま、ガタガタと膝を震わせて立ち尽くす隊長だけが、本能で察知していた。
数ある正規軍の包囲網を、たった一振りの一撃――わずか1合ですべてを肉袋へと変え、全滅させられるような戦場の化け物。
この泥臭い宗教戦争の闇の中で、そんな圧倒的な破壊の質量を持つ人物に【一人だけ】心あたりがあると……。
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