【PROCESS-A】依頼『その子、本当は助けを求めていた』
『みなさんは、《美人局》という言葉をご存じですか?
《びじんきょく》……いえいえ、そんな役所のような呼び方じゃない
《つつもたせ》っていう、とってもおそろし~いもの。
しかし、仕置俱楽部は立ち上がる。今回も仕置に仕置いてやりましょう、
とてつもなく容赦なく』
——その日。新宿の路地裏のカフェで、男はひとり膝を抱えていた。
スーツはよれよれで、ネクタイは斜め。目の焦点は合っていない。
カフェの店員が何度か声をかけても、彼は「すみません」とだけ繰り返し、コーヒーも冷めたままだった。
「……あの子が、泣いていたように見えたのに……どうして……俺、何もすることができなかった……」
泣き寝入りするしかなかった——それが、彼の今の気持ちだった。
そんな男の向い席に、いつの間にかひとりの初老の男がいた。黒い山高帽を乗せて、黒いスーツに黒いステッキを持っている。どこか昭和な風貌の男はにこやかにこう言った。
「ふおっふおっふおっ。お兄さんよ、チョコレートは好きかいの?」
「……え?」
「西新宿にあるコンビニの〈エブリデイ〉というところがあってのう、限定のハート型チョコがあるんじゃ。ちょっと変わった商品でのぉ。甘いんじゃが、食べた後に正義の味がするのじゃ……一度、試してみたらどうじゃろうか?」
そう言って立ち上がると、初老の男はチラシを男に手渡した。
初老の男は、「……お若いの。みなまで言わんでいい。さしずめ、困っておるところじゃろうて。このチラシとともに、この〈エブリデイ〉に行ってみなされ。そうしてレジで『ハート型チョコレートありますか?』と聞いてみるのじゃ。そうすれば、そなたの悩みも解決するかもしれんぞい」と歯を出して男に笑ってみせた。
そのチラシにはこう書かれていた。
《エブリデイへようこそ》——あなたの心の痛みに、そっと寄り添う場所。
初老の男は、「ふおっふおっふおっ。人生は山あり谷ありじゃ。ということは、よくないことがあるってことは次には良いことがあるというもんじゃ」と言って、その場を去って行った(ジョニーさん、名を名乗らないときもあるのね)。
男は目を丸くし、チラシを握りしめた。
——数時間後の午後9時ごろ。西新宿のコンビニエンスストア〈エブリデイ〉。
♪ポンピ~ン
悩める男が入店した。
「……すみません。『限定のハート型チョコ』ってありますか?」
レジにいた執行店長はその男をしばらくじ~っと見つめた。
その後、「かしこまりました。バックヤードへどうぞ」と低い声を発し、誘導した。
小さな革靴の音が、バックヤードの中へと吸い込まれていく。
男が案内されたのは仕置俱楽部のテーブル。執行をはじめスナイパー、ハッカーが静かに揃う。テーブルの上には資料を挟んだファイル。
緊張の色を浮かべたまま、悩める男は案内されるがまま席に腰を下ろすとすぐに頭を下げた。
「……どうか、助けていただけませんか。俺は……騙されてたんです。けど、あの子はたぶん……本当は助けてほしい子なんです」
執行が静かに男を見据える。その眼に、男の話の続きを促す光があった。
「俺は……会社の付き合いでそういうお店に行ったんです。新宿のデートクラブ『シークレット・ピーチ』って名前です……最初はただの、いわゆる添い寝とか、食事とか、そういうギリギリセーフの業態だと聞いていました」
男の声はどこか責めるような響きも、自戒の念も含んでいた。
「で……案内されたのが《ルナ》って女の子でした。見た目は、まだ学生みたいで、かわいくて……でも、話がうまくて、頭もよさそうで……妙に落ち着いてて。最初は普通に喫茶店で話しただけだったんですが……」
執行の隣で、スナイパーがメモを取り始める。
ハッカーはすでに何かの検索を始めていた。
「その後、回を重ねていくと、『ホテルに行かない?』って誘われて……まあ、行ってしまったんです。で、シャワー浴びてる間に……財布もスマホも、全部なくなってました」
「で、例の大男登場ってやつですか?」スナイパーが小声でつぶやく。
男は「はい、もうそのことはあのおじいさんに聞いているんですね。そうです。すぐに出ようとしたら、部屋の外から、ものすごい威圧感の男が二人現れて、『手切れ金払え』と、『示談にしろ』って。あとから分かったのですが、もともと店のスタッフらしいですが。あの体格じゃ誰も逆らえません……ああいうのって、よくある《美人局》なのでしょうか?」と涙ながらに聞いた。
執行は「そうねえ。聞いてる限りでは典型的な分業型美人局ばい。客引き、誘導、窃盗、そして示談金。筋書きはできとるけん。まあ警察に届け出ても、『合意の上での出会い』って扱いにされて、まず相手にされんとばい」と淡々と説明した。
男は小さくため息をついた。
「……それでも、俺がここに来たのは、ただ復讐がしたいわけじゃないんです。ルナって子が、あの子が、最後に俺の顔をまともに見なかったんですよ。シャワーの音がしても、あの子は震えていた。俺が気づいてないふりをしている間に、唇をかんでいた」
スナイパーのペンが止まった。
「そのとき思ったんです。『この子は、やりたくてやってるんじゃない』って」
——沈黙。
部屋の中を、コーヒーメーカーの滴る音だけが埋めていた。
「……だからお願いです。あの子を、ルナを……助けてあげてください」
男が深々と頭を下げる。
その姿に、執行が静かにうなずいた。
「……分かった。仕置、受け持つばい!」
スナイパーが即座に「じゃあ、今回の潜入は専門の俺ですね。客になりきって、ルナに接触してみます!」と手を挙げた。
「よし、頼むばい。だが警戒も忘れたらいけん。この手のグループは、下っ端の女の子を『捨て駒』として使い回しよるけんね。何か異常があったら即時退避せんといけんよ、ま、ワシという切り札が潜んでいるから、何かあったらけちょんけちょんにしちゃるけん!」
ハッカーが手を止め、モニターを三画面同時に切り替えた。
「『シークレット・ピーチ』、裏で回っている口座を複数発見っす。うち3つは、風俗店名義の洗い替えアカウントっすね。どうやら《ルナ》って子は、ここ半年で指名率トップに躍り出ているっすね」
「半年か。それまでは別の女の子が稼ぎ頭だったってことか」
スナイパーが眉をひそめる。
「それに、ルナだけSNSの顔出しがないっすよ。他の女の子は加工でも顔の一部を見せてるのに、彼女はプロフィール写真もすべて後ろ姿化、手元だけ……これは何かあるっすよ、絶対!」
執行が席を立ち、ある言葉が浮かんだ。
——騙された者が、泣き寝入りせんために。
見抜けなかった自分を責めることなく、もう一歩先へ進むために。
「この仕置は、ただの制裁やなかよ。これは、逃げ道を塞ぐ側への警告ばい!」
スナイパーが笑みを浮かべ、「そろそろ、俺も客の演技の腕を見せるときですね」と肩を鳴らして言う。
「そういやあ昔、新宿のホストでナンバーワンだったって噂あるっすよね!」
「それを言うな、ハッカー。あれは、俺的には黒歴史なの!」
三人の間にいつもの空気が戻る。
だがそのとき——ハッカーのモニターに、あるライブ映像が映し出された。
そこには、カフェの外で男に手を振る少女の姿。長い髪に征服のようなチェックのスカート。口元に笑みを浮かべながらも、どこか目が笑っていない。
「……コイツが、ルナか?」
「位置情報バッチリ合ってるっす。時間も、デートクラブの営業内っすよ」
スナイパーが目を細めて画面を見つめる。
「……やっぱりな。どこか、心が泣いている顔だ。悲しそうな顔をしてるし」
「行くばい! 次の正義も、必ず振るうけん!」
その夜、仕置俱楽部のスペースには、善意の刃を研ぐような沈黙が満ちていた。
——そして、その刃は、すでにひとつの悪意に向けて、静かに構えられていた。
次回、
FILE-03『執行、とんでもなく容赦ない美人局を仕置く!』
【PROCESS-B】調査『シークレット・ピーチの黒幕を暴け!』
シークレット・ピーチの実態、そしてナンバーワンのルナ。
ひとつひとつ紐解いていきます。




