初めての気持ち
ユーグと別れて研究室に戻って、ジェシカは不安になった。
「さっき、彼、怒ってたわよね? せっかく迎えに来てくれたのに断ったからかしら」
思わず、ルイスに確認してしまう。
彼は呆れたようにジェシカを笑った。
「お前、相変わらずだな」
「どういうこと?」
「あれは、嫉妬だろ」
「は?」
「だから、俺がいたから」
「え? どうしてユーグがあなたに嫉妬するの? あなたはただの同僚よ。嫉妬する理由なんて何もないじゃない」
「……お前、相変わらずだな」
ため息をついたルイスは、
「あいつのどこがいいんだよ。もう少し身なりを整えさせろよ」
「別に見た目なんてどうでもいいのよ」
「あー、聞いた。魔力の相性だろ」
「それだけじゃないわ」
ジェシカがきっぱり否定すると、ルイスは珍しく真っ直ぐにジェシカを見つめた。
「恋愛的に好きなのかよ」
「……恋愛はよくわからないけど」
答えにくい質問に、ジェシカの方が視線を逸らす。
「結婚は契約でしょ。恋していなくても結婚はできるわ」
「じゃあ、他に誰かを好きになったら、そっちと再婚するのか?」
「しないわよ! ユーグ以上に好きになる人なんてもう現れないわ!」
ジェシカは大声を出してから、はっと我に返った。
「なんだよ。結局恋愛じゃないか」
ルイスの声から力が抜ける。
ジェシカもやっと自覚した。
「そうね。えっと、そうみたい」
ルイスは「あーあ」と大きく伸びをして、
「もうお前の結婚はどうでもいいから、さっさと魔道具の件を進めてくれよ」
ユーグの背中にぴたりとくっついて、ジェシカは自分の気持ちを持て余していた。
帰宅したとき、彼は普通に出迎えてくれて、ジェシカはほっとした。ルイスの言っていた嫉妬うんぬんは彼の気のせいだろう。無駄足を踏ませてしまったことだけ謝ると、ユーグは「もう気にしないでいい」と言ってくれた。
いつものようにベッドに入って、いつものように抱きついて、魔力が混ざる心地よさと同時に今まで全く気に留めなかったユーグの肉体の存在を感じていた。
魔力の境界は溶けて混ざっているけれど、実物の境界は変わらずそこにあった。それを確かめたくて、ジェシカは身体を離した。広い背中にそっと指を滑らせると肩甲骨に触れた。引き締まった身体はごつごつしている。背骨を辿ると、ユーグの肩が揺れた。
「なに? いつもと違うけど」
「え、ううん。何でもないの」
ジェシカは慌てていつものように抱きつく。
けれど、ユーグの身体を意識してしまうと、いつものようにはいかなかった。
一度だけ口付けたことがあるうなじに、吸い付きたい衝動を覚える。
いつもより高い体温。首筋の匂いを嗅ぐ。
硬い背中に胸を押し付け、素足を絡ませ、ジェシカはユーグの胸元に手を伸ばした。
「待った!」
「え?」
手を取られて、ジェシカは我に返る。
「これ以上はやめてくれ。……無理だ」
ユーグの切迫した声音にジェシカは固まる。
「ごめんなさい」
ジェシカをそっと押しやって、ユーグは起き上がった。
「先に寝ていてくれ」
「どこに行くの?」
「いや。ちょっと……」
「謝るから、行かないで」
ジェシカは泣きそうになって、ユーグを引き止める。いつもと違うジェシカの様子にユーグもとどまってくれた。
「わかった。どこにも行かないから。……離れて寝てくれ」
「ありがとう」
ユーグは横になり、ジェシカに背中を向けた。ジェシカも彼に倣って反対を向く。
深夜にふと目が覚めると、隣には誰もいなかった。




