事件の結末
ジェシカはユーグとギャラリーの候補物件の見学に来ていた。
「メインの通りより、数本奥に入った通りのほうがいいと思うんだ。商売じゃないから」
ユーグがそう言う。
百貨店もある大通りから少し離れたここは、落ち着いた雰囲気だ。老舗の文具屋や、有名なドレス店もあるため、閑散としているわけでもない。
「商売にしなくていいの?」
展示品にちなんだ品を外国から取り寄せて売る案もあった。
「ミナリオ国やその周辺ならともかく、行ったこともない国はさすがに無理だな」
ユーグは肩をすくめた。
この物件は北向きで、ショーウィンドウから日光が入らない。
「古書店だったらしい」
「まあ、そうなのね」
上階もバックヤードの階段から上がれて、こちらは倉庫として使えるようだ。
さらにその上の階は賃貸のアパートメントになっていて、そちらは外から別の階段で上がるらしい。――この辺りのアパートメントに十年も暮らせば、同じ金額でウィンドレイク男爵邸がある新興住宅地の家が買えるかもしれない。
両隣は帽子屋と弁護士事務所。
「ええ、いいと思うわ。ここにしましょう」
「君も気に入ってくれて良かったよ」
ユーグが振り返ると、商会の副支店長のドナルドが不動産屋に声をかけた。契約などは彼がやってくれるそうだ。
「あ、そうだわ。ここに防犯結界の魔術をかけてもいいかしら?」
「確かに。高価なものは銀行の貸金庫に預けるつもりだったけど、それでも防犯対策は必要だな」
盗聴の事件のあと、ブラッドに紹介してもらった業者に頼んで通信魔道具を再度設置してから、工房登録のために防御結界の魔道具を設置した。
そして、さらに防犯結界の魔術もかけた。防御は内部の事故が外に影響しないようにするものだが、防犯は外敵から守るものだ。こちらはジェシカのお手製だった。
「魔術院三長老のスイス師に教えてもらった宮廷魔術師時代の結界の応用なの。王墓を盗掘から守る魔術よ。いつかどこかで試してみたかったんだけど、自宅にかければ良かったのね!」
そう言いながらうきうきと魔術陣を描くジェシカに、ユーグを始めデニスやアンも呆れたような微笑ましいような顔をしていた。
魔術をかけたときに内部にいた者か、その者から招かれた者でなければ入れない魔術だ。
そう説明すると、「王墓で招かれる……?」とユーグは顔を青くした。
その防犯結界の魔術をギャラリーにもかけることにした。
「オンフィールド商会は少し目立ってしまったからなぁ」
ユーグがため息混じりに首を振る。
盗聴の事件は大々的に報じられた。とあるゴシップ誌が解決にオンフィールド商会が協力したと記事にしたため、しばらくは記者が押しかけて大変だったらしい。
ジェシカも念のため、乗り合い馬車ではなく、商会の馬車に護衛つきで出勤することになった。
それもあっての防犯結界だった。
「ベリンダさんも大変だったと話していたな」
ユーグの言葉にジェシカはうなずく。
ベリンダはコリンの処遇がはっきりするまで王都に残り、以前勤めていた魔術師事務所を手伝っていた。
皆が自分のところの通信魔道具を点検しようとしたため、通信魔道具を扱わない事務所まで大忙しだったそうだ。
魔術院では国の管理する建物に設置された通信魔道具を総点検することになり、ジェシカたちはまだまだ多忙が続いている。
「コリンは残念だったな」
「ええ、そうね」
脅されていたとは言え、コリンが担っていた役割は大きい。魔術師協会から除籍されたうえ、魔術を使えないように魔術契約に縛られることになった。三年間の労役も課されている。
「せっかく才能があったのに」
ベリンダも悔しそうにしていた。
彼女はエイプリル伯爵家に逗留していたが、コリンの刑が確定したと同時に帰って行った。
人の繋がりが濃い地方で、コリンのことが知れたらベリンダはやりにくくなるのではないかと心配したが、彼女はそれは仕方がないことだと笑った。
「弟子を正しく導くのが師匠の役目だからね」
ジェシカもしっかりやりなよ、とベリンダはジェシカの肩を叩いて旅立っていった。
しんみりしてしまったジェシカをユーグが抱き寄せた。ジェシカは素直に彼の胸に頭を預ける。
魔力を遮る手袋を外すと、彼は何も言わずに握ってくれた。
魔力の相性で決めた結婚だけれど、ジェシカはもうこの手を離せない。
ユーグのためにもがんばらなくては、とジェシカは気合を入れ直した。
「それにしても、あなたの魔力、気持ちいいわ……。最近忙しかったから、夜だけじゃ全然足りなくて」
「あー、確かに、君はすぐ眠ってしまっていたからな」
「ええ……。こっちの手も……。ねえ、手袋外して?」
――ジェシカとユーグのやりとりを耳にしたドナルドと不動産屋は慌てて場所を移動したが、二人は全く気づかないのだった。
終わり。
思いついたら続くかもしれませんが、ここでまた終わります。




