被害から捕縛まで
ジェシカはユーグと共に商業地区を歩いている。
後ろには商会が雇っている護衛がついている。ユーグは商談に護衛を連れて行くこともあるそうだ。
「警備団に通報したんだが、どうやら大きな事件が起こったらしくて、こちらは後で改めてということだった」
「まあ、そうなの?」
例の得意先――マリッジュ商会は近いため、徒歩で向かいながらジェシカはユーグから話を聞く。
「マリッジュ商会は俺が支店長になる前からの付き合いで、会頭が父に会いにミナリオ国に来たこともある。盗聴の犯人がマリッジュ商会だとは思えないんだ」
ユーグはこげ茶色のぼさぼさ髪をかき混ぜた。ジェシカは彼の手を握る。
歩いていくと前方に人が集まっていた。
「ん? あそこがマリッジュ商会なんだが……」
ロープが張ってあり、立ち入り禁止になっている。警備団の制服を来た人たちが行き来していた。
護衛が先になって人をかき分けて行くと、ロープの向こうにいた身なりのいい壮年の男がユーグに気づいた。
「ああ! オンフィールドさん!」
「マリッジュさん、これは一体、どうしたんですか?」
「耳が早いと思ったら、偶然ですか。それがですね……」
マリッジュはユーグをロープの内側に引き込む。ジェシカもついでに入り込んだ。
「おや、こちらはもしかして……」
「支店長の妻のジェシカです」
ジェシカはにっこりと今日初めて使った肩書を再度名乗った。
「はじめまして、ウィンドレイク女男爵。マリッジュと申します。ユーグさんにはいつもお世話になっております」
「私のこと、ご存じですのね」
この方は犯人じゃないわね、と思いながら、ジェシカはユーグを見上げたが、彼は依然厳しい表情のままだ。――髪とひげでよく見えないけれど。
「マリッジュ殿。こちらは? 勝手に人を中に入れては困りますよ」
警備団の責任者らしき男が近寄ってきた。ユーグをじろじろぶしつけに見るが、ユーグは変装の魔道具でこげ茶色のぼさぼさ頭にひげ面だ。怪しまれるのも当然だ。
「チルダス隊長、申し訳ない。こちらは得意先のオンフィールド商会の支店長さんとその夫人だ。身元は保証する」
マリッジュの言葉にチルダスは眉間にしわを寄せながらうなずいた。
「それで、何があったんですか?」
「泥棒に入られたんですよ。今日、大口の取引をひかえていて、珍しく金庫にまとまった金があったんですが、それがそのままそっくり! 夜のうちにやられてしまって」
「まあ! もしかして、通信魔道具でお金の話をしませんでしたか?」
「え? え、ええ。そうですね、銀行に事前に連絡したので……」
ジェシカが横から口をはさむと、マリッジュは戸惑いつつも答えてくれた。
ジェシカはチルダスに向き直る。
「私は、王立魔術院、魔術陣・呪文研究課の主任ジェシカ・ウィンドレイクです。通信魔道具の確認をさせてください。立ち合いをお願いします」
「はぁ?」
彼はぽかんとした顔をジェシカに返した。
しかし、ユーグが男爵家に設置された通信魔道具の件を説明すると、チルダスの対応は早かった。
チルダスはすぐに本部から警備団付きの魔術師を呼んだ。彼が魔道具を解体する後ろでジェシカはそれを見守った。
「やっぱり同じね」
魔道具の中に魔術陣は二つあった。
「この大きな魔術陣が通常、通信魔道具に使われるものです。そして、こちらの小さな陣。これも通信の魔術陣ですが、盗聴の役割を果たしています」
ジェシカが説明すると、警備団の魔術師もうなずいた。三十代半ばの彼は、チルダスの信頼もあつそうだった。
「魔道具同士を送信と受信で対にしているんだと思います。この陣から受信側の所在をたどることはできません」
「最近泥棒に入られた商会や家で通信魔道具を新調したところがないか確認したほうがいいかもしれませんね」
チルダスは部下に指示を出し、ユーグに頭を下げているマリッジュに、
「マリッジュ殿、業者の連絡先がわかりますか?」
「ええ、もちろんですとも」
秘書らしき若い男が差し出した紙を見て、チルダスは額を押さえた。
「これは半年ほど前に取り壊された建物だ……」
「ええっ!」
「そうなのか! 俺も気づかなかった!」
ユーグも驚く。
「怪しまれたらいつでも逃げられるようにしていたんだろう」
「マリッジュさんは、うち以外にどこかを紹介しましたか?」
ユーグがそう聞いたが、マリッジュは首を振る。
「いや、オンフィールドさんだけですよ。本当にご迷惑をおかけして……」
「うちは被害には遭っていませんから。それより、うちを囮にして犯人を捕まえましょう」
「え?」
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コリン・レヴァンは独り立ちを許されたばかりの魔術師だ。
夢を抱いて王都にやってきた。
師匠ベリンダに紹介された魔術師事務所ではなく、もっと大きな仕事がしたい。そう思って、魔術師協会の建物に入ろうとしたところ、シェルダックに声をかけられた。
少し手助けしてもらえないか、協会を通さないから紹介料がかからない分をコリンへの報酬に上乗せする。――そんな風に声をかけられて、喫茶店で話を聞き、簡単な通信の魔術陣を作った。
その場で作ったら大げさに褒められ、気分が良くなった。報酬もすぐにくれた。
ベリンダから、王都で開業はまだ早い、数年はどこかの事務所で下積みしろと言われたが、そんなことはない。王都でも自分は十分やっていけるはず。
コリンはそう思った。
シェルダックはコリンを食事に誘った。酒場兼宿屋のような場所だ。食事をしながら、別の魔術陣が発動したときに会話を送信する魔術陣を依頼され、これもすぐにできたため、さらに褒められた。酒も奢ってもらい、コリンは気持ちよく酔った。
それから、見てほしい魔道具がある、一緒に来てくれ、と言われて、シェルダックについて行った。そこで、通信魔道具にさっきの魔術陣を追加できるかと聞かれて、コリンは魔道具に陣を描いた。報酬ももらった。
そのまま一晩泊めてもらい、すぐに新たな依頼が発生するからもう一日ここにいてほしいと言われて、さらに一泊した。――そうしたらコリンはもう帰れなくなっていた。
シェルダックはコリンが魔術陣を付け足した魔道具をとある家に設置したのだと言う。
あれは盗聴だ。なぜ深く考えずに魔術陣の追加なんてしてしまったのか。
『そうだ、いつもの時間にいつもの場所に馬車を回してくれ。……いや、旦那様は今週は三日出勤される。……ああ、……ではよろしく』
目の前の小さな円形の箱から男の声が聞こえる。どこかの家の使用人か。
「お前ももう俺たちの共犯だからな」
コリンは目の前が暗くなった。
監視もあって逃げられずに、コリンは罪を重ねることになる。
――あとで冷静になって気づいたが、最初のとき、コリンは通信魔道具に送信魔術陣を描いたものの、受信魔道具は作らなかった。あれは盗聴ではなく、シェルダックがコリンを騙すために用意した普通の魔道具だった可能性がある。
しかし、もう今さら遅かった。
シェルダックは盗聴で得た情報をもとに強請ったり、盗みに入ったりしていた。
コリンの魔術を盗みにも使おうとしたシェルダックだが、コリンに体力や腕力がないと知るとあきらめたらしい。
しかし、通信魔道具の設置には駆り出される。
「次の設置先は、オンフィールド商会の支店長の家だ」
「ミナリオ国に本店があるでかい商会だよな」
オンフィールド商会の名前にコリンは内心首をかしげた。どこかで聞いたことがある。どこだったか。
翌日設置先の屋敷に着いて、コリンははっとした。
ベリンダから聞いていた姉弟子ジェシカのことを思い出したのだ。
彼女は王都郊外の新興住宅地に住む男爵令嬢で、昨年結婚して女男爵になった。その相手がオンフィールド商会の支店長だ。
ベリンダはジェシカから届いた手紙を見せてくれ、王都に行ったら顔を出しなさいと教えてくれたのだ。
彼女は王立魔術院の主任研究員だと言う。
『師匠より優秀になっちゃってね』
と、ベリンダは笑っていた。
そんなジェシカは至って普通の若夫人だった。あまり貴族らしくない。彼女が女男爵だと知らないシェルダックも疑問に思わなかったようだ。
ベリンダに教わった二重話術で、なんとか言いたいことを伝えた。
ジェシカから「コリンじゃないか」と聞かれたのには驚いた。なんで知っているんだ? まさかベリンダが?
シェルダックから無駄口を注意されたが、それ以外はいつも通りに設置が終わった。
アジトに戻ると、昨夜どこかに盗みに入ったらしい奴らが金を数えていた。
「無駄足を踏まなくていいなんて、コリン様様だよな」
「よっ! 魔術師様!」
コリンは唇をかみしめた。
――本当に逃げられないのだろうか。今からでもどうにかして。
夕方近くに、棚にいくつもある受信魔道具の一つが光った。
「おっ、さっそくか!」
先ほど設置したばかりのジェシカの家の魔道具だ。
『はい。……ユーグ様。ええ、お待ちください』
老年の執事の声のあと、すぐにジェシカの弾んだ声がした。
『ユーグ? どうしたの? ……まあ! ご近所でそんなことが? ……会社に置いておくのは心配だからってそんな……。え、今夜? 相手の事務所って港の七番倉庫だったわよね。大丈夫なの? 夜八時なんて誰もいないんじゃない? ……それは……大金を持っているなんて言わなければわからないけれど……』
静かに聞いていたシェルダックと男たちが顔を見合わせた。
『護衛はいるんでしょう? ……えっ? 時間外? 残業代くらい払えばいいじゃない。……もう! 信じられないわ! とにかく今夜は遅いのね? ……ええ、わかったわ。気を付けてね』
そうして、次の盗みの標的はオンフィールド商会に決まった。
「支店長が大金を持って取引に行くらしいな」
「護衛はいないって言ってたから、連れはせいぜい御者と秘書か?」
「支店長ってどんな奴だ?」
盗みの実行役がシェルダックに聞く。彼はにやりと笑った。
「それが、おかしな格好でな。こげ茶色のぼさぼさの頭に、顔いっぱいのひげだぜ。あんなんでよく支店長なんてやってられるよな」
――夜、深夜になっても実行役たちは帰ってこなかった。今までこんなことはなかった。
アジトに残っていたのは、コリンとシェルダックと魔道具設置の作業員役だけ。
コリンは大部屋の隅の自分のベッドで早々に布団を被っていたが、食堂になっている部屋でシェルダックがイライラと歩き回っている音が聞こえていた。
すると、突然、屋外から鳥の声がした。
『ピー、チチチチッ』
コリンははっとして飛び起きる。鳥の声はベリンダの魔術だ。
コリンは大部屋の扉に結界の魔術をしかけ、向こうから開かないようにした。
わずかな差で玄関の扉が開いた音。大きな声が響く。
「シェルダック! 大人しくしろ!」
「くそっ、なんでここがわかった!」
「コリン! 開けろ!」
「確保!」
扉の向こうで怒号が飛び交う。
コリンは震えて、奥の壁に背中をつけてしゃがみ込んだ。
しばらくそうしていると、扉の向こうが静かになった。
ドンドンと扉が叩かれる。
「コリン! いるんでしょ?」
「し、師匠……?」
「ほら、もう大丈夫だから、この魔術を解除しなさい! って、面倒ね! 私がやるから、扉から離れてなさいよ」
コリンがあわあわしているうちに、気が短いベリンダは限界になったらしい。
向こうで魔術が発動して、コリンの結界はあっさり破られた。結界が消えたら扉は普通に開くのに、ベリンダは同時に扉も破壊した。
バターン、と大きな音を立てて、扉が室内に倒れてくる。
コリンは近寄らなくて本当に良かった、と思った。
倒れた扉の向こうで、ベリンダが両手を腰に当てて立っていた。その背後で警備団員が呆然としている。
「このお馬鹿! あんた、何をやってるのよ!」
母親のようだと言うと怒られるだろうが、放任主義の実母よりもよっぽど世話を焼かれた。
そんなベリンダの顔を見て、コリンは「師匠ー!」と大声で泣いたのだった。
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ユーグが囮になると言ったとき、ジェシカは当然反対した。
「いや、俺じゃない。これだよ、これ」
ユーグは自分の指に嵌った変装の指輪を、とんっと指先でつついた。
「奴らは俺のこの姿しか知らないんだ。警備団員に変装してもらえばいい」
「それは名案ね!」
「だろ?」
と、ユーグが指輪を外そうとする様子に、ジェシカは彼を止める。
「待って、あなたの指輪を他の人に貸したくないわ」
「ジェシカ……!」
珍しく独占欲を表すジェシカをユーグが抱きしめた。
後ろから抱きしめられながら、ジェシカはマリッジュから不要な紙をもらい、さらさらと魔道具のもとになる魔術陣を描く。
『頭髪を守り育てる紳士の会』からの依頼でウィッグの指輪を開発したのは、記憶に新しい。仕組みは同じなので簡単だった。――ウィッグの指輪の商品化はこの先の話になる。
ジェシカの手元をじっと見ていた警備団の魔術師が「さすが魔術院」とつぶやく。
「できました! どなたかこれを」
「俺が!」
手を挙げた魔術師に紙を渡して、陣に直接触ってもらう。
すると、彼は一気にこげ茶色のぼさぼさ頭とひげ面になった。
「おおーっ!」
「そっくりだな!」
マリッジュやチルダスも感心する。
そこで、「ん?」とチルダスがユーグを見た。
「オンフィールド氏のその面相は、つまり、この魔術ですか?」
「ははっ。素顔を見たら驚きますよ」
マリッジュが大きな声で笑った。
ジェシカが「知っているの?」とユーグを見上げると、彼は「ミナリオ国に来たことがあるって言っただろ」と笑う。
「結婚前から知ってるんだ。じゃなかったら、ここまでぼさぼさにしない。他の取引先には、こげ茶色の長髪にメガネで出かけている」
マリッジュがユーグを陥れようとしたんじゃなくて本当に良かった。
ジェシカもユーグに笑顔を向けた。
――それから、念のため私服の警備団員を護衛にジェシカは帰宅し、打ち合わせ通りユーグと通信魔道具で話した。
夜八時に港の倉庫に大金を持って出かける。そういう罠だ。
ユーグのふりをした警備団員を襲うか、取引先――こちらも偽だ――に渡ったあとを狙うのか、それは犯人次第だった。
オンフィールド商会の建物内にも警備団員が待機し、ユーグはそちらに留まることになった。
ジェシカは落ち着かないまま、男爵邸の居間にいた。
通いのメイドのアンも、まとめて護衛したほうがいいと残っている。
夜半すぎ、警備団員の魔道具に通信が入る。
『シェルダックたちは捕えた』
ジェシカも、デニスもアンもほっと息をついた。
通信の背後で、ベリンダの怒鳴り声が聞こえる気がするけど、たぶん気のせいじゃないだろう。
ジェシカは苦笑した。




