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第69話『四幕・二分間葬儀』

今回から投稿時間を夜に移します

 白い毒煙に覆われた、半径20メートルほどの空間。

 ここが俺たち3人の戦場であり、「答え合わせ」の会場であり、そして「告別」の場。


「……もういいよ、おいで。今ならロニの奴もこっちが見えてない」


 虚空に向かって語りかける。

 今の俺にはわかる。こう呼べば彼女は俺の前に、ありのままの姿で現れると。


 そして、現にそれは実現した。

 俺の正面、何も無い空間から現れる少女。両腕の変形も解いて、完全に武装を解除した彼女が。


「――やっと気付いて、くれ、ました」


 無表情のまま俺の言葉に応えたのは、他でもないユエちゃんだ。

 異形と化した兄と対面させられ、心に大穴を開けられ、洗脳されているはずのユエちゃん。その彼女がこうして俺の呼びかけに応えたのだ。


 どうしてロニの洗脳を振り解けた?

 どうして俺の呼びかけに応えた?

 気付いた、とは何に気付いたのか?


――答えは単純。


「やっぱり、最初から洗脳なんてされてなかったんだね」


「……はい」


 そう、ユエちゃんは洗脳などされていない。正気を保ったまま、こうして俺と対面する機を狙っていたのだ。

 俺がこれに気付いたのは、ある疑問が頭に引っかかったから。その疑問とは――どうして怪物と化した兄を庇うような行動を取ったのか、だ。


 ロニの洗脳能力は「感情のベクトル変換」と「意識の上書き」の2つ。

 一見すると「発動さえしてしまえば万能」にも見えるが、本質的にはその2つしか無いのだ。だから、その2つから外れるような行動は能力が介在していないということになる。


 ユエちゃんの「兄を庇う」という行動は、その2つのどちらにも当てはまらない。

 彼女の「復讐心」のベクトルを変えたところで「兄を庇う」という献身的な行動に出るわけがないし、他人の意識を上書きすればあんな怪物を庇おうなんて思わないはずだ。


 とすると、残された可能性は1つ――ユエちゃんは自分の意思であんな行動に出ている。

 それが正気であれ、本当に心が壊れた結果であれ。そして、俺はユエちゃんは前者であると断定した。なぜならば――


「一般人ならともかく、魔人なら「心が壊れた」じゃ済まない。きっと魔獣化して、なりふり構わず大暴れしてたはずだ」


 そこをロニは失念していた。普通の人間も魔人も「同じ洗脳対象」として一括りに見下していたために起こったミスだ。

 だが俺は違う。監察官を経験してる騎士ならばそんな見落としは絶対にしない。そこが奴と俺の差だ。


 問題は、どうやってユエちゃんが「異形化した兄」という精神的ダメージに抗ったのか、という事だが……。

 ここからは俺の推測だが、これはユエちゃんの血戦技能ブラッド・スキルによるものだ。


「詳細はよくわからないけど、ユエちゃんの能力の本質は「透過」だ。あらゆる物質や概念をすり抜ける能力。その能力なら、自分自身の感情さえもすり抜けられる――違うかな?」


「……センパイは何でもお見通し、ですね。はい、今のわたしは、怒り、悲しみ、復讐心、絶望、狂気……それを全部、無理やり、すり抜けて、います」


 今のユエちゃんは「感情」という概念を透過した存在。

 何も思わず、何も感じず、ただ目の前の事象を無心で処理するだけの機械のような状態だ。


 だからこそ、あんな姿になった兄と平気で同じ空間にいられた。

 だからこそ、死の恐怖など感じずに兄を庇うなんて行動が取れた。

 そうして合理的手段に徹していたからこそ、ロニの洗脳能力をすり抜け、欺くことができていた。


「今、わたしは自分に幻覚魔法をかけて、ます。ロニの目には、この霧の中で右往左往するセンパイの幻覚が見えてるはず、です。……だから、今のうちに」


「ああ、今のうちに。君のお兄さんを、救う」


 意識こそハッキリしているが、ユエちゃんの視界は幻覚に覆われて正常に見えていない。

 今この場でユエちゃんの兄をすく()るのは俺だけなのだ。その役目は俺が引き受ける。


「……あんただってもう辛いだろ? 妹がこんなになってるのを見るのは」


 白い霧の先に向かって語りかける。俺の声が聞こえてるのかはわからないが、俺が語りかけた相手は俺の前に姿を現した。

 黒い鱗をぎらつかせ、理性を感じさせない低い呻き声を上げる異形。その双眸がじっとりと俺を睨んでいた。


「A……ahh……!」


「でも、もう大丈夫だ。そんな思いをするのは最後にしてやる。……行くぞ、《ソル・ブラッド》!」


 猛毒の血の剣を手に、走り出す。

 怪物は触手と業火で迎撃してきたが、毒を全開にしま俺にはもう効かない。触手は俺に届く前に腐敗し、炎は血の刃で斬り払う。


「《ブラッド》――十重詠唱ディエス!」


 隙を見て短い血の杭を大量錬成し、怪物に向かって雨のように降らせる。

 通常なら下級魔法なんて通りそうもないが、回転を加えれば鱗を貫くことは難しくない。怪物は全身を串刺しにされた。


「Gii……! Aaaaaaahhhhhh!!」


 が、ダメージは皆無。撃ち込んだ血の杭は全て弾け飛び、与えた傷も数秒で再生してしまう。

 普段は自分がやっていることだが、相手にやられると面倒な再生力だ。少しの傷どころか、普通なら致命傷になり得る攻撃でもノーダメージなのだから。


 だが、今はそれでいい。


「Gaaaahhhhh!!」


 反撃とばかりに怪物はブレードを振り回しながら突進してきた。しかも今度は単純な物理攻撃ではない。

 なんと炎を触手とブレードに纏わせ、威力と射程を補強してきたのだ。これだけ狂っていて、まだこんな芸当ができるのか!


「おいおい……年の割にはしゃぎすぎじゃねえか、お兄さん……!」


 直撃はしなくとも、この圧倒的な熱量は脅威だ。しかも熱によって血の剣が劣化し、作り直す手間ができてしまう。


 そして、その隙を全く与えないスピード。怪物の肥大化した筋肉は破壊力だけでなく攻撃速度まで極限まで上昇させていた。それに加え、炎による広範囲攻撃。

 なるほど、ロニが最高傑作と豪語しただけのことはある。AA……いや、S級指定危険種クラスか。

 

「だが、もう終わりだ」


 時間稼ぎはもう十分。怪物が大暴れする時間ももう終わりだ。終幕の手筈はすでに整っている。

 

「Giiiiaaaahhhhh――aahh……!?」


 ブレードを振り回して狂乱していた怪物の動きが突然止まり、次の瞬間にはかすかに痙攣しながら膝をついていた。

 この反応は他でもない、麻痺毒によるものだ。いつの間に毒を持ったか……なんて簡単なことだ。


 さっき撃ち込んだ血の杭。あの瞬間だけ、俺は血液に含まれる毒の成分を麻痺毒に変えていたのだ。

 それもただの麻痺毒ではない。俺が使ったのは、微弱な麻痺成分を含んだ()――「対象の免疫機能を破壊する毒」だ。


「どうせ俺対策に解毒機能も付いてるんだろ? だったら、あんたが毒と気付かないような薄い毒でジワジワ攻めるだけだ」


 この毒によって免疫機能が破壊されると、どんな微弱な毒でも十分な効力を発揮するようになる。

 では麻痺毒はどこから持ってきた? その答えなら、そこら中に漂っている。ごくわずかな麻痺成分を含んだ煙幕として。


「これであんたはもう動けない。時間が経てば経つほど麻痺毒は効いていくからな」


 これで勝負は決まったも同然。

 別にただ怪物を殺すだけならば、もっと強力な腐敗毒を使えば一瞬だった。俺がそうしなかったのは、妹であるユエちゃんのため。そして彼自身のため。


「……俺にはわかるよ。どれだけ再生するっつっても、痛いのは嫌だもんな」


 俺は蛇に手首を噛み砕かせて大量の血を吹き出しながら、


「だから、痛みも苦しみも無く、せめて安らかに逝ってくれ」


 願うのは復讐や憎悪ではなく、鎮魂。

 彼を「怪物」ではなく「人間」として送り出すため。

 あんたの痛みも、ユエちゃんの苦しみも、俺が請け負う。

 だから――今度こそ。


「『我は悪意』『始祖を誑かし、堕落させ、オワリを与えし長蟲なり』」


 紡ぐのは最狂の呪術。

 込めるのは最恐の猛毒。


「『命の失落あれ』『虚無を謳え』『黒死を嘆き給え』『堂巡り、目眩み、零に還れ』」


 激痛が、鈍痛が、苦痛が、頭痛が、幻痛が、疼痛が、すべての痛みが俺の肉体を蝕む。

 でも、心は負けていない。俺は誇りをもってこの呪術を彼に贈る。今なら誇りを持てる。


「『頭を垂れよ』『此れは慈悲の刃である』――」



 死という「悪性」でしか成せない、人類最悪の「慈悲」を。

 同じ「兄」として、同族に捧げる最期の「救済」を――!




「……さよなら、お兄ちゃん」


「――『悪性慈悲サルヴェイション赫蛟サマエル』」




 どす黒い呪いの刃。殺戮者カーネイジの俺にできる、精一杯の鎮魂の証。

 振り抜かれた漆黒の剣は、まっすぐに怪物の――誰よりも妹を愛していた兄の首を刎ねた。


 その切り口から怪物の肉体は塵へと分解されていき、魂も同じく無へと還っていく。

 受けた者に、安楽にして絶対の死を与える呪術。怪物のカラダが、空海啓輔のココロが、おわりへと溶けていく。


『Aaahh……a……ユ、エ……』

 

 その命が完全に溶けてしまう直前。

 ほんの一瞬だけ、刎ねられた首は苦悶の表情から安らかな「兄」の顔になり、


「あり、がとう……ゆえ、を、たのむ――」


 そして、兄は完全に塵となって霧に消えた。

 その最期を目に焼き付ける。幻覚で、それを目にできなかった妹のために。感情すべてを殺した妹のために。


「……センパイ。お兄ちゃんは……人として、死ねましたか?」


「ああ。人として、最高の兄として……羨ましくなるぐらい、安らかに逝ったよ」


「そう、ですか……でも、センパイ……わたし、泣けませんでした。お兄ちゃんが死んだ、のに」


「それは……仕方ないよ。 戦いはまだ終わってないんだ。終わったあとでいくらでも泣けばいい」


 戦いは終わっていない。まだ俺はこの悲劇の元凶を――ロニを倒していない。

 これ以上、こんな悲劇を生まないために。この悲劇をこれで終わらせるために。


「幻覚はもう十分だ。だから、ここからは俺を見ててくれ。あのゲス野郎を、俺がぶっ飛ばすところを!」



 そして霧が晴れ、最後の幕が上がろうとしていた。




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