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第68話『三幕・兄妹』

お久しぶりです

1日1話は難しいですが連載再開できそうです

 それまで無言で突っ立っていただけの怪物は、ロニの指示を受けた瞬間に豹変した。

 まず、その筋力。踏み込みだけで突風と軽い地響きまで起こし、一瞬にして俺との距離をゼロにしてしまった。


「く……っ!」


 俺目がけて振り下ろされたブレードをすんでの所で躱す。直後、ブレードが激突した箇所の地面が爆発した。

 火炎魔法や振動魔法などによるものではなく、純粋な筋力だけで。ただの物理攻撃でこの威力、この速度だ。


「A……Aaaaaaaahhhhhhhhh!!」


「ぐお……ッ!?」


 怪物が涎を撒き散らしながら叫ぶ。

 そこには人間であった頃の面影など無く、聞いているだけで普通の人間なら発狂必至のおぞましい声だった。


 俺も精神に異常こそ皆無なものの、あまりの音量と音圧に一瞬だけ怯んでしまう。

 その一瞬は、怪物が体勢を立て直して再び突っ込んでくるのに十分な時間だった。


「Guuuu……aaaAAAAHHhhh!!」


「ギャーギャーうるせえぞ、お兄さん! 《シルト・ブラッド》!」


 振り下ろされたブレードを、盾の鮮血魔法で受け止める。が、それも1秒と持たない。

 盾をぶち破ってきたブレードに腕を掠められながらも、俺は瞬時に反撃に移った。


「《リコール》――三重詠唱トレス!」


 「再現」するのは、変則八刀流の高周波ブレード8本。それを三重詠唱――合計24本の剣が怪物に向かって降り注ぐ。

 24本ともなるとコントロールほぼ不可能で魔力もゴッソリ削られるが、これだけやれば有効打になるはず!


「串刺しだ! やれ!」


「Gi……ahh! Gahhhhhhh!!」


 全弾命中とはいかなかったが、半数以上の剣が怪物の巨体を貫いた。

 怪物の硬い皮膚も振動剣なら効果的なようだ。少しでも動きが鈍った今のうちに、このまま猛毒をぶちこんで――



――ゾクッ



「――っ!?」


 蜘蛛の巣にかかったような、じっとりとした異常な殺気。背後から感じたソレに反応し、思わず全力で背後を斬り払った。

 手応えが無い……いや、無いわけではないが違和感がある。()()()()()()()()()()。意図的に「何か」ですり抜けられたような感覚。


「……そういや君もいたな、ユエちゃん……!」


 背後を確認した時にはすでに姿を消していたが、視界の端でチラリと捉えた。

 両腕を鎌に変形させたユエちゃんが、カメレオンのように空間に溶けていく瞬間を。


「隠密系の血戦技能ブラッド・スキル……ユエちゃんが使うと厄介すぎるな……!」


 ただの隠密魔法ならまだいい。だがユエちゃんの能力は、姿だけでなく攻撃そのものも透過してくる。

 こちらの攻撃がすべて無効化されてしまうのだ。攻撃可能なのはあちらが攻撃する一瞬のみ。その一瞬で、手加減しつつ一撃で気絶させるような攻撃は難しい。


 加えて、ユエちゃんが発する独特の殺気。普通の殺気なら、どうせ攻撃されても再生するから無視できる。

 しかしユエちゃんの殺気はどこかが違う。さっきのように、反応せざるを得ない……殺気に慣れた俺が「恐ろしい」と思ってしまう類のもの。これは天性のものだろう。


 そっちに気を逸らされていると、今度は怪物の方だ。

 こいつ、全身の筋や腱を貫かれたのに一瞬で再生しやがった。俺と比べると遅いが、再生力そのものは異常だ。


「Grrrr……AAAAAhhhhhhhh!!」


「クハハハッ! 素晴らしい! 最初にテストした時よりも格段に再生力が向上している! これはまだまだ興味深いデータが取れそうですねぇ!!」


 馬鹿げた筋力に、冗談みたいな再生力。これだけでも泣きたくなるのに、ここに連携ユエちゃんが加わっているのだ。

 ふざけるのも大概にしろと言いたい。そして、怪物の強みはその3つだけでは終わらなかった。


「しかしそれだけでは芸がありません! さぁ、もっと、もっともっともっともっと! 変則的な戦い方をしなさい!」


「――!」


 指示を受けた怪物の動きが、ほんの一瞬だけ止まって――再び動き出す。しかも、動きの種類がガラリと変わった。

 怪物が取った攻撃手段は今までのようなブレードではなく、触手。洗脳能力の補助として組み込まれた黒い触手を、圧倒的な手数の武器として使い始めたのだ。


 10、20、30、40――まだまだ増える。増えながら、超変則的な動きで俺を捉えようと高速で蠢いていた。

 こういう時は、律儀に相手してやる必要は無い。強力な腐敗毒のガスで一網打尽にする。


「これでも喰ら――ッ!?」


 8匹の蛇の口から放射しようとして、寸前でそれを止めた。

 俺にガスの放射を止めさせたのは、怪物の持つ攻撃手段……ではなく、無防備に俺の前に飛び出てきたユエちゃんだった。


「クソ野郎……ッ!」


 ユエちゃんを盾にされては、触れただけで溶け崩れる猛毒ガスなんて使えない。

 それをわかっていて、ユエちゃんは俺の前に飛び出してきたのだ。他でもない、怪物あにを守るために。


 怪物はその瞬間を見逃さなかった。

 素早く俺の四肢を触手で搦め捕り、自身の本体へと引き寄せる。その奥には、鋭い牙を覗かせる巨大な口を付けた触手。


「チッ……!」


 俺は放射しようとしたものと同種の腐敗ガスを、汗として皮膚から分泌する。

 それに触れた触手はたちまち溶解し、かろうじて俺は触手の拘束から逃れた。ここからまた体勢を立て直して――


「Guuuuaaaaaaaaa!!」


「……ウソだろオイ!」


 次の瞬間、俺の体は灼熱の業火に包まれた。

 超高熱の炎に炙られながら、俺の皮膚が再生と損傷を瞬く間に何度も繰り返す。


「ぐあ……があああああッ!!」


 俺を引きずり込もうとしていた大口――アレは俺を咀嚼するためのものではなく、炎を吐くための火炎放射器だったのだ。

 完全に失念していた。ユエちゃんの兄は、元は火蜥蜴サラマンダーの魔人だったということを。


「はぁッ……はぁッ……クソ……」


 何とか炎から抜け出した俺は、炭化した体を再生させながら息をつく。

 不死身体質だからまだ戦えてはいるが、ここから先の活路が未だハッキリと見えない。何しろ、敵もまた超再生力持ちなのだ。得意の持久戦で勝負がつくかどうか。


 持久戦ができないとなると、腐敗毒による速攻が有効なのだが……そうなると今度はユエちゃんが割り込んでくる。

 彼女を見捨てれば勝利は容易だがそれは論外。となると、まずはユエちゃんをどうにかしなくてはならない。


 だがユエちゃんも一筋縄ではいかない。以前のユエちゃんならともかく、今の彼女には血戦技能ブラッド・スキルがあるのだ。

 麻痺毒や睡眠毒で動きを封じようにも、能力によってすり抜けられてしまう。そのくせ、必殺の毒のみ自分から受けに来るのだ。


「……?」


 何か、違和感がある。

 なんでユエちゃんがそんな行動を取る? だってロニの血戦技能ブラッド・スキルは……いや、しかし――


「――何だよ、そういう事だったのかよ……!」


 どうして気が付かなかったんだ。いや、気付かないようにしてたんだ。もっと早くにその意図を酌むべきだった。

 俺はこの劣勢の中で、いかにして怪物を討ち取るかしか考えてなかった。しかし本質は違う所にあった。


 だが、もう大丈夫だ。これなら行ける……いや、すでに勝負は決まったも同然。だって最初・・からそうだったんだから。

 背後には能力でユエちゃんの手綱を握っているロニが控えているが、恐らくそれは問題ない。だってユエちゃんは――


「……よし」


「おやぁ? この期に及んでまだ余裕とは。この状況が見えていないんですかねぇ? 圧倒的な戦闘力を誇る不死身の怪物に、必要に応じて身投げまでしてくる不可視の能力者。この絶望にアナタは抗えると?」


「当たり前だろ。この程度の劣勢、絶望のうちにも入んねえよ。2分でこの状況を変えてやる」


 ここから逆転する。

 いや、これは逆転ですらない。だって、この時点ですでに状況は俺の手の中にあるのだから。


「……けど、お前にはこの逆転劇は見せてやらない。ここからは、俺と、ユエちゃんと、ユエちゃんの兄貴の勝負だ」


「何を――」


 とロニに言わせる前に、俺は白い煙を噴射した。微弱な麻痺毒を含ませた煙幕だ。

 煙の中の状況はロニに悟らせないし、横槍が入っても麻痺毒で大人しくなる。完全に俺たち3人だけの戦場だ。



「……それじゃあ、始めようか」




◇◇◇



「ククッ……愚かですねぇ」


 煙に包まれた戦場を見ながら、ワタシは嗤う。

 この程度の目くらましで、ワタシを戦場から外に追いやったと? 本気でそう思っているなら愚かを通り越して哀れですらある。


「洗脳対象の目はワタシの目。すなわち、あの妹の目はワタシの目。アナタが何をしていようがお見通しだというのに」


 さて、九頭龍巳禄はどんな策を巡らせているのやら。おおかた、空海柚絵の洗脳を解くことで形勢逆転を狙っているのでしょうが。

 そんな事など想定内。そうさせないために、今回は精神の根から洗脳を施しましたとも。


 万が一、などあり得ない。ワタシの血戦技能は発動条件こそ厳しいが、一度かかってしまえば脱出はほぼ不可能。

 ただでさえあの娘は精神が壊れていたのだ。そこに付け込めば逃れることなど永遠に不可能。アレはもうワタシの忠実なる駒だ。


「学園を襲撃した時のようなお遊びとは違うのですよ。……さて、そろそろ2分経ちましたが?」


 ここからどうやって戦況を返すのか、興味深かったから監視だけにしたというのに。結局、『蛇王カーネイジ』は娘の洗脳解除に失敗したようだ。

 これではあまりにもお粗末。最強の騎士にはガッカリだ。今頃は我が怪物に殺されて――


「……10秒ほど、オーバーしちまったな。だが、約束通り状況はひっくり返したぜ」


 ちょうど煙幕が晴れ、九頭龍巳禄が姿を現す。

 ……どこか様子がおかしい。娘の洗脳解除には失敗しているというのに、自信満々な様子で笑っている。


 どうしようもなくなって去勢でも張りだしたか。それとも打つ手が無くなって気でも狂ったか。

 どちらにしても滑稽極まりない。あぁ、やはりこの程度か。滑稽すぎて笑えてくる。


「まだ見栄を張りますか! この2分間のアナタの右往左往ぶりはじっくり拝見させて頂きましたよ? クハハッ! いやぁ、滑稽でした! 策があると言いながら、その策が洗脳済みのお嬢さんに説得一辺倒とは! 全くの期待外れ! やはり所詮、物質界アガルタの塵芥では――」




「――ピーピーうるせえ、です。その口縫い合わせてやる、です」




 ……何?


 いや、待て。それはおかしい。今のは幻聴だ。そうに決まっている。それか、ワタシを動揺させるための魔法か。

 そうだ、振動魔法では空気の振動によって好きな音を出せるのだ。それを駆使すれば声帯模写も可能だ。


「ク……ハ、ハハッ! そんな虚仮威しに頼らねばならぬほど困窮しているとでも!? クハハハッ! 笑いすぎて腹が痛い! いくら打つ手が無いからと言って、そんな手を使うとは抱腹絶倒――」


「だから、うるさい。お前はあとで始末してやるから黙ってろ、です」


「そうだぜ。あんまりうるさいと、この子が我慢できずにその首刈り取っちまうぞ?」


「……馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な! そんなはずは……ワタシのチカラは……『悪辣マグダ(ラ・)()啓示ラクル』は……ッ!!」


 何故、何故、何故!

 何故、貴様が『蛇王カーネイジ』の傍にいる! 何故ワタシに刃を向けている!




「空海柚絵ェェェ……! ワタシのチカラをどうやって振り解いたァァァァ!!」


「……お前なんかに、教えてやらねえ、です」



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