第67話『二幕・正体』
久々の更新
更新できない日が続いてすみません
人、人、人、人の海。人海戦術とはまさにこのようなことを言うのだろう。
中には機械やら化け物やら人と呼べないものも混じっているが。そんなのも含めて、数えるのも嫌になるほどだ。
「どうです! ワタシの血戦技能『悪辣なる啓示』の力は! 条件さえ整えれば500を超える最大捕捉数ッ! 洗脳能力でコレに並ぶモノなどそうありませんッ!!」
狭い効果範囲を黒い触手によって強引に広げ、人質兼兵士として使役する――厄介な戦術だ。
禁域ならば全力を出せると思ったが、やはりそう簡単には行かせてくれないらしい。
麻痺毒で行動不能にすれば、これだけの人数を無防備な姿で禁域の脅威に晒してしまうことになる。
ロニに勝利してユエちゃんを取り戻すのは簡単なことだが、そうするとどれだけの犠牲が出ることか。騎士としてそれはできない。
ロニはそこまで計算して、この状況を作り出したのだ。
こうなれば俺もロニに従わざるを得ない。嫌らしい。嫌らしいが、確実だ。俺を無力化するにはこの手しかない。
――だが。
「こんなのはこっちも想定内だっつの」
俺を無力化する方法がコレしかないのに、俺自身がこの状況になる可能性を考えてないわけがないだろ。
俺は襲い来る暴徒に対し、構わず麻痺毒をガスにして散布した。
それも、かなり強力な即効性の麻痺毒。数日間は全身の痺れが抜けないほどの毒性だ。人々はガスに触れただけでバタバタと倒れていく。
「《エル・ウィルド》《グラヴィド》《フォルト》《フォルト》《フォルト》」
「……ほう?」
続いて唱えるのは風魔法、重力魔法、そして強化魔法。
前者2つの魔法を後者で強化し、風圧と引力で人々を一箇所にまとめる。そして仕上げに――
「呪術――『黒荊墓場』」
直後、一箇所にまとめられた人々を、黒ずんだガラスのような障壁が覆う。その表面には黒い荊が這う。
これは俺がメアリーの魔法から着想を得て、一から作り出した最新の呪術だ。
効果は「障壁の内部の生物から生命力を吸い出し、それを障壁として還元する」というもの。
普通に使えば中の人は数分で死に至る代物だが、これだけの人数で補い合えば命に別状は無い。障壁の高度も上級の障壁魔法を遥かに上回るため安全だ。
これで洗脳された人々の処理は完了。
ロニが挑発したように、1人の死者も出していない。これで残る人質はユエちゃんだけだ。
「……ほう! ほうほう! 成程そう来ましたか! ハハハハッ、これはしてやられましたねぇ! 流石ですよ九頭龍巳禄ッ!!」
しかし、ロニは策をアッサリ破られたことに怒る様子もなく、むしろ拍手しながら俺を賞賛してみせた。
「見れば見るほど興味深い魔法……いや、呪術か! これ程までに完成度の高い呪術ッ……術式はどうなっている!? 代償は!? マナの収束度は!? ネガの反応は!? あぁっ、今すぐ研究室に帰って調べ尽くしたいッ!!」
「……やっと化けの皮が剥がれやがったな」
興奮しているロニに冷めた視線を送りながら言い放つ。
機械化や転移補助蟲、触手、肉体改造などの異常な科学力。
反魔法界を謳いながらも、その中枢が魔法界人であること。
そして今の「研究室」という発言。
その全ての答えが、ここにある。
「一応聞いておく。お前の目的は何だ、教祖――いや、科学者ロニ・ラヴ」
「クハハッ! やはり知っていましたか! ワタシの部下を拷問でもしましたかね?」
大正解。それでも大したことは聞き出せなかったが。曰く「自分たちはロニに買われただけの奴隷だから、何も知らない」と。
マグダラ教会の中で、トップであるロニだけしかその目的は知らないのだ。その目的とは――
「――物質界に混乱をもたらすためですよ」
「何……?」
「簡単なことです。ワタシたちが過剰な反魔法界を主張しテロ紛いの行動を起こせば、物質界の民はそれに反発、または過度に傾倒する。そうすれば社会は大混乱し、人々の精神は少なからず揺らぐでしょう」
「そこにお前が付け入って、洗脳で駒を増やす気だったのか」
「半分正解。ですが実行するのはワタシではありませんよ。ご存知の通り、ワタシの血戦技能は欠陥だらけ。洗脳するのはもっと上の方だ。ワタシは人々の心に小さな穴を空けたに過ぎません」
上だと? これだけ社会に殺戮と混乱を呼んでおきながら、こいつ自身も末端でしかないのか?
だとしたら、どんな奴らなんだ? どうやらこいつには聞かなきゃならない事が大量にあるようだ。
「これをアナタに話したところで、計画は変わらない。ワタシがここで敗北する所までが計画の一部ですからねぇ。お互い、やる事は変わらないという事ですよ」
こいつは知っている――精神的に不安な状態から救われた時こそ、心に大きな隙ができると。
こいつらは、マグダラ教会が倒されたということに安心した人々を狙う気なのだ。どこまで悪趣味なんだこいつは……!
しかも、こいつは。
「小さな穴、だと……? お前のやった事のせいで、どれだけユエちゃんが絶望したと思ってる!? それを小さな穴だと!? ふざけんなよ!!」
まだ中学生になったばかりの女の子が、人生を復讐に捧げるとまで言ったんだぞ?
そこまでの決意を、怒りを、絶望を……お前は壊して、弄んで、踏みにじって、それを「小さな穴」って言うのか!
爪が皮膚を突き破るくらい拳を握りしめる。そこまでしなければ、今すぐにでもこの下衆を殺してしまいそうだ。
それができないのがわかっていて、こいつはニヤニヤと不快な笑みを貼り付けているのだ。
ロニはニヤつきながら肩をすくめ、
「何を言うかと思えば。まぁ、そうですねぇ……確かにこのお嬢さんには謝罪が必要かもしれません」
「……は?」
「いえね、実はお嬢さんの家族が犠牲になったのは事故のようなものでして。実験用に肉体改造を施した部下が、暴走した挙句脱走しましてねぇ。その結果がアレなのです。いやぁ、失敗失敗。申し訳ないことをしました」
悪びれもせず、ロニは「ですが」と付け加え、
「アレは幸運でもありました。あれだけ魔力の高い青年を見つけられましたからねぇ。死んでしまったのは残念でしたが、こうして遺体も回収して改造できましたし。非常に強力な駒だ、あの方も喜んでくれましたよ」
歩きながらペラペラ喋っていたロニは、ユエちゃんが寄り添っている怪物の隣で足を止めた。そして、そいつの体をコンコンと指で軽く叩く。
「待て、お前何を言って……青年だと? 遺体? 改造? まさかお前……ッ」
この怪物が、その青年――ユエちゃんの兄だって言うのか?
何らかの方法で遺体を回収し、改造し、その結果できたのがコレだと? ユエちゃんが寄り添っているのは、その証明だって事なのか……!?
「コレと対面した時のお嬢さんの悲鳴……あぁっいけません! 思い出しただけで昂ぶってしまいますよ! ヒトの心が壊れる瞬間というのは実に爽快だ!! そして壊れたお嬢さんまで駒にできて一石二鳥ッ! まさか血戦技能持ちを手駒にできるとは思いませんでしたよ!! 笑いが止まりませんッ!! アハハハッ、アハハハハッ!!」
その高笑いを聞き流しながら、俺は激怒するでも絶望するでもなく、ただ「ここまで人間は腐れるのか」と呆然としていた。
ひと通り笑ったロニは俺を指差し、
「さて……次はアナタ達の番ですよ、ご兄妹。我が最高傑作の性能、今ここで見せてもらいましょうか!」
すると、怪物はのそりと一歩前に出た。それに付き添うように、瞳から光を失ったユエちゃんが続く。
ここからが本番。今までの戦いとはレベルが違う。
片やロニが最高傑作とまで豪語した怪物。
片や正体不明の血戦技能持ち――その上、大怪我はさせられない。
「クソッ……!」
ロニへの怒りは忘れろ。ここからはそれどころじゃない。一刻も早くユエちゃんを救うことだけを考えろ。
そう自分に言い聞かせて、俺は拳を構えた。
そして――
「行きなさい」
ロニの指示を受けた怪物が、地面が割れるほどの踏み込みで突っ込んできた。




