第66話『開戦・邪教徒』
ようやく巳禄視点に戻ります
「クソッ……間に合うか……!?」
拷問によってユエちゃんの居場所を掴んだ俺は、いつもの黒コートを翻しながらビルの上を飛び移る。
あの3人から得た情報によれば、このままだとユエちゃんが危ない。まさか単身で奴らのアジトに乗り込むなんて……!
「それにしても、どうやってユエちゃんはこの人混みの中を……? しかも魔力検知器までくぐり抜けて……」
考えれば考えるほど、ユエちゃんが通った痕跡のあまりの少なさに驚く。
人混みを抜けるだけなら隠密魔法でもできないことはない。だが魔法では魔力検知器を欺くことはできない。元々はそのための設備なのだから。
じゃあどうやって? スライムにそんな特性は無いし、ユエちゃんが突然変異種の魔人ってわけでもない。
とすると、もう可能性は1つしか残っていない――すなわち、血戦技能。こんな土壇場で覚醒したのか……!?
「隠密特化の血戦技能なら、無事な可能性も高い……って信じるしかない!」
残された希望に縋りながら先を急ぎ……とうとう禁域の入り口へと辿り着く。
俺は警備していた騎士2人に特A級騎士の証明手形を提示し、
「急ぎの用だ! 手続きは省略させてもらいたい!」
「いきなり何を……って『蛇王』殿!? なぜこのような場所に……!?」
「マグダラ教会の本拠地か禁域にあることがわかった! これ以上厄介な動きをされる前に速攻で叩く!」
「マグダラ教会の!? そ、そうですか……わかりましたら今すぐ応援を――」
「いや、俺1人でいい! あっちが強力な洗脳能力を持ってる以上、下手に人数を増やすわけにもいかない。俺1人で十分だ」
それに、佐伯やミツキさんに「俺が行く」と言った以上、その責務は俺が果たさねばならない。
それに、禁域ならば周囲の被害を考えずに戦える。その条件なら俺1人で戦った方が何倍も強いのだ。
「し、失礼しました! では我々はどうすれば……」
「警備の強化はすでに頼んであるから、何もしなくていい。強いていうなら……女の子がここを通らなかったか? 水色の髪の小柄な女の子だ」
「女の子、ですか? ……いえ、我々は見ておりません」
「そうか……わかった、ありがとう。引き続き警備を頼む! 今まで以上に警戒を!」
「了解しました!」
敬礼する2人の間を通り過ぎ、禁域へと入る。
妙だ。まだ入り口からそこまで離れていないのに、周囲の建物の損傷が激しい。状態からして、荒らされてからそこまで経っていないようだが……
――ビキッ!
「ああクソ、言ってるそばから魔物か!」
空間の裂け目が、同時に4つ。流石は禁域と言わんばかりの熱烈な歓迎だ。
だが今の俺はいつもとは違う。AAレートの脅威相手じゃなくても、街への被害をチマチマ気にする必要が無いのだ。
「お前ら邪魔なんだよ……!」
魔獣化の進行度をフェーズ3――ショッピングモールで見せた「半魔獣化の限界」まで引き上げる。
背中からは蛇が8匹。蛇のフルフェイスマスクの中で髪は真紅に染まり、双眸は金色に輝く。
「猛毒の大盤振る舞いだ。遠慮せず死ね。今すぐ死ね」
鋭い牙を付けた8つの口から、一斉に超高濃度の毒ガスを散布する。吸わずとも皮膚に触れるだけで即死する猛毒だ。
裂け目から出てきた魔物どもは、出てきて1秒と持たずに溶けて消え失せる。爆破テロの時はあれだけ手こずった量の魔物が、一瞬だ。
「ロクに足止めもできねえなら最初から出てくんな!」
猛毒の霧を纏いながら駆ける。
あの3人からは「この禁域内にある」としか聞いていないが、今ならユエちゃんの魔力を辿れる。アジトまでは一直線だ。
……一直線なはずなのだが。
「クソッ! 魔物がうぜえ! マグダラ教会の野郎ども、意図的に仕向けてやがんな畜生!」
3秒で片付く魔物も、こうも引っ切りなしに群れをなして来られると邪魔だ。
しかも魔力が散ってユエちゃんの魔力の補足に集中できない。そして、邪魔なのは魔物たけではなかった。
――バキンッ!
「あぁもう、またか! 次はどいつだ――」
と悪態をついた瞬間、裂け目から大量の弾丸が飛んできた。明らかに並の魔物の攻撃じゃない。
弾丸すべてを溶かして無力化しつつも、足を止めて裂け目の内部を注視する。
「……おいおい、マジでどうなってんだよマグダラの科学力は……!」
ガシャン、と音を立てながら裂け目から現れたのは、3メートルほどの二足歩行の機械だった。
歩行戦車というやつだろう。機関銃や大砲が取り付けられた鋼鉄の塊が、ざっと見ただけで30以上。しかも、魔力による強化までされてると来た。
――ドドドドドドッ!
と、弾丸や砲弾が嵐のように俺を襲う。
それ自体は猛毒の霧で溶かせるからノーダメージ。それはいい。だがこれは……!
「前が、見えねえ……しかもまたか!」
猛烈な煙と爆風の中で、チラリと自分の右腕の状態が目に映る。二の腕から指先まで、ビッチリとツタに拘束されていた。また木魔法……この弾丸全てに込められてるのか!
舌打ちをしながらそれを溶かすも、次の瞬間にはまたツタで拘束される。しかも俺の魔力を奪って成長しながら。
完全に俺用の対策だ。腹が立つことこの上ない。
それを何度か繰り返してから、とうとう俺はブチ切れた。
「うっっっぜえな! 呪術『業呪・黒化』!!」
その瞬間、俺を中心としてドーム状の黒い結界が出現した。いや、正確にはこれは黒い結界ではなく、蠢く黒いルーン文字の集合体。
その効果は「術式の腐敗」。内臓を1つ代償として、触れた魔術式を問答無用で腐敗させるのだ。不死身の俺にしか扱えないような欠陥呪術だが、今はこれで十分。
木魔法の術式が分解され、俺に巻き付いていたツタが枯れ落ちる。そして二度と効力を発揮しなくなった。
「よくも余計な時間食わせやがったな鉄屑どもが! 全部ブッ潰れろ!!」
毒の霧を刃状に圧縮し、歩行戦車を一気に溶かしながら斬り刻む。拘束さえ無力化してしまえばこんなものだ。
時間は食われた。だが妨害の手が強まったことからして、ユエちゃんの所まではかなり近付いているはず。
「もうすぐだ……! すぐに助けるからな……!」
より一層強まる妨害をすべて斬り払い、溶かし尽くし、踏み潰しながら、全力で走る。
そうしているうちに、ふと不自然なまでに妨害の手が止んだ。ユエちゃんの魔力反応もかなり近い。
俺は走るのをやめて、警戒しながら歩きだした。
空気が冷たい。嫌というほどの殺気を感じる。吐き気を催すような邪悪の気配。
一歩一歩、この空間に存在する全てに注意を払いながら歩いて……辿り着いた。
建物という建物は崩れ、ほぼ瓦礫の山と更地に覆われた場所。そこにかろうじて原型を留めている教会。
そこに、全てがあった。ずっと辿っていた魔力の発生源も。邪悪の気配も。背筋の凍る殺気も。
「こうして対面するのは初めてですね、『蛇王』――いや、九頭龍巳禄」
「……馴れ馴れしく呼んでんじゃねえよクソ外道が」
ステンドグラスの反射光に歪に彩られた瓦礫の中に、そいつはいた。全身を赤で統一した、骸骨のような痩せぎすの男。
こいつが全ての元凶。ユエちゃんの家族を皆殺しにし、学園の皆を洗脳したマグダラ教会の教祖。
「外道ではありませんよ。ワタシは教祖ロニ・ラヴ。マグダラ神の教えに従い、物質界を救済せんと――」
「御託はいい。 ユエちゃんをどこにやった」
「……クハハッ、そう慌てずとも彼女には会わせてあげますよ。ほら」
妖しげな笑みを見せつつロニが指を鳴らす。
すると、今までとは比較にならないほど巨大な空間の裂け目が出現した。
中から現れたのは、無数のマグダラ教徒。
目が虚ろな者、明確な意思を持っている者、機械化している者――その中に、ひときわ異常な奴がいた。
異形。怪物。化け物。あまりに怪物然としたその姿に、そいつが人型であるということすらも認識が遅れた。
そしてその体の異常さに対して、顔だけは嫌に人間じみた苦痛の表情をしていて……何というか、不気味だ。
その怪物のすぐ側に寄り添っているのは――
「ユエちゃん……お前、ユエちゃんに何をした!」
「何をするも何も。見ればわかることでしょう?」
「テメエ……! 何度この子の心の傷に付け込めば……ッ!!」
また例の洗脳か。あるいは別の何かか。
何にせよ、精神に干渉する術式というのは使われすぎると何かしらの後遺症が残る可能性がある。
しかも、どれだけ影響が出るかわからない血戦技能だ。早く助けないと手遅れになる……!
「クハハッ! アナタは最強と呼ばれた騎士だ! この全員を救うくらいできますよねぇ!? ヒャハハハハハッ!!」
「下衆が……!」
「――さぁ! マグダラ教会の敬虔なる信徒よ! この背教者に神罰を!!」
ロニが号令をかけると同時に、マグダラ教徒たちが一斉に俺に襲いかかり始めた。
幸いなことに、怪物は動いていない。それに寄り添うユエちゃんも無言・無表情・無反応のまま。
厄介な横槍が入る前に。そして万全の状態で怪物を斃すために。その全ての障害を除いてからユエちゃんを救うために。
「まずは全員大人しくしてもらう……悪く思うなよ!」




