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第62話『目前の怨敵』

ユエ失踪直前の夜まで時間が戻ります

【ユエ視点】


 隔離された病室のベッドで、わたしは歯噛みしていた。


 どうして、あんなことをしてしまったのか。

 どうして、あんな奴と接触してしまったのか。

 どうして、よりにもよってわたしの怨敵と……!


 洗脳されていたのだから仕方ない――そう九頭龍センパイはわたしを許してくれた。

 それだけに留まらず、わたしの今までの行いを知ってなお、復讐に協力してくれるという。


 センパイの良心が、寛容さが、同情が――わたしの心に罪悪感や後悔という形で、深く突き刺さる。

 あの時の、何も知らなかったわたしをぶった斬ってやりたい。あの時、あの男と会話なんてしていなければ……!



◇◇◇



 話は()()――交差点での爆破テロ事件から数日後に遡る。


 九頭龍センパイのおかげ――後から留学生のセンパイのおかげでもあったと聞いた――で事なきを得たわたしは、魔獣化の影響を見るために病院へと搬送された。

 幸い、魔獣化の進行度の割に目立った後遺症は残らず、数日間の療養だけで完治するとのことだった。


 しかし、全く後遺症が無いわけではなかった。わたしに残った唯一の後遺症――それは「漠然とした不安感」。

 精神的な要因が大きい魔獣化において、こういった些細な後遺症は珍しくないらしい。しかし、わたしにとってはそれがどうしても耐え難いものだったのだ。


 いつもはルームメイトがいる寮の部屋に、わたし1人。

 普段だったら、何も気にせずにそのまま寝ていたかもしれない。だが今回は事情が違った。


 近頃、九頭龍先輩や安浦センパイ、環舘さんなど、色んな人と知り合い、行動を共にしていたからなのかもしれない。

 急に1人になったことで不安感は孤独感へと変わり、わたしの精神を蝕んでいた。



――寂しい。


――わたしを1人にしないで。


――誰でもいいから、わたしといっしょにいてほしい。



 それは、3年前――復讐を決意した時以来の感覚だった。

 余計なことは何も感じず、何も思わず、何にも触れない……今までずっとそうしてきたのに。


 気が付いたら、わたしは財布と携帯だけ持って外に出ていた。

 安静にしていろと言われたのに。学校もサボって。なぜそう思い立ったかは覚えていない。

 心のモヤモヤを晴らすには、とにかく体を動かすのが一番――きっとそんな思いつきだったんだろう。


 朝食を食べていなかったわたしは小腹が空いていた。だいたい10時半ぐらいだっただろうか。中途半端な時間だ。

 少し迷ったわたしは、結局近くのファストフード店へ行くことにした。


「こんでる……」


 なぜこんな朝食にも昼食にも中途半端な時間帯に、こんなに混んでいるのか。

 すぐに店を出るほどの混んでいたわけでもなかったのが、また中途半端にわたしの意思を揺らしていたが……結局、空腹に抗うことはできなかった。


 少しだけ並んでから、簡単なセットだけ注文する。それからまた少しだけ待ち、注文した品を受け取ると……


「う……また、人ふえた……」


 ちょっとの間で、また人が増えていた。トレーを持ったままキョロキョロと辺りを見回すと……ちょうど席が1つ空いたようだった。

 普段は少しコンプレックスな小柄な体型を生かして、空いた席へと滑り込む。今回ばかりはこの幼児体型に感謝。


 そして、ようやくチーズバーガー(L)にありつこうとした時――


「すみませんね、お嬢さん。相席しても?」


 口をあんぐりと開けたところで、横から声をかけられる。

 そこには、細身で長身の男性がトレーを持って立っていた。どうやらここ以外に席が無いらしい。


 しかし、妙な格好だ。もう夏だと言うのに、真っ赤なコートにシルクハットという暑そうな格好……これに関しては自分も言えたことではないが。

 金髪のオカッパ頭も珍妙だし、それでいて顔だけ病人みたいに弱々しいのもアンバランスだ。


 外見だけなら、あまり相席したくはないのだが……その時のわたしは孤独感の方が大きかった。

 少し話すぐらいなら、この人でもいいか……わたしはそう思い、


「……どう、ぞ」


「ありがとうございます。いやぁ、いつまでも他の席が空きそうにないのでね」


 微笑みながら、赤コートの男はわたしの向かいの椅子に腰かけた。

 そして手元のハンバーガーにかぶり付き、「たまにはこういうのも悪くない」なんて言っている。


「今日は新発売のメニューがあるそうで。それだけでここまで混むとは……いやはや予想外」


「そう、でしたか。どおりで」


「人混みはあまり好きではないので困ってしまいますよ。……おや、そういえばお嬢さん、学校はどうされましたか」


「ひみつ」


「……まぁ、ワタシは部外者ですし何も言いませんがね。たまにはこうしてサボるのも悪くありません」


 学校をサボっているのが明白なわたしに対して、赤コートはとやかく言うこともなく柔和な笑みを浮かべた。

 それから赤コートは「しかし」と付け加えて、


「深刻な悩みは早めに解消するのが吉ですよ」


「……?」


「いきなり失礼。職業柄、無意識に他人の心の陰を感じ取ってしまいますので」


「職業、ですか」


「ワタシ、これでもメンタルカウンセラーでしてね。よければ愚痴程度なら聞きますが……あぁ、もちろん無料でね」


 こんな骸骨チックな顔でカウンセラーとは……と、少しの驚きと不安が頭をよぎる。

 しかし、逆にこんな珍妙な風貌でも勤まっているなら腕は確かなのでは? そう思ったわたしは「愚痴くらいなら」と口を開いた。


「……ふむ、なるほど。つまり、ある目的のために頑張ってはいるものの、中々成果を上げられずにいる……と」


「自分がどれだけ目的に近づいてるのか、わからない、です。センパイたちにも、すごく迷惑、かけてしまって……そんなこと気にしないって、決めた、のに」


 目的の内容については、もちろん明かしていない。しかし大体の事情については話してしまった。

 赤コートはわたしの話を最後まで聞いてから、


「アナタは優しい人なのですね」


「やさ、しい……? そんな、ことは……」


「目的のためなら手段は選ばず、心を殺す。人生を捧げてでも、その目的を達成する。……そこまでの決意をしてなお、あなたは人のために心を痛める優しさを忘れていないのですから。それはとても素敵なことですよ」


「で、でも……傷つけたり、迷惑をかけたのは、わたし自身で……だから、その……」


「ええ、ええ、わかっています。自分で傷つけておいて、その人のために心を痛める……それが何と傲慢なことか。アナタはそう思っているのでしょう?」


「……!」


 赤コートの男は、わたしの心情を完璧に分析してみせた。やはりカウンセラーにはお見通しなのかと、その時のわたしは驚いていた。


「その傲慢さ恥じることはありません。……ワタシは性悪説を支持している人間でしてね。人間、多かれ少なかれ罪を持って生まれるものなのです」


「……つみ、ですか」


「ええ。七つの大罪というのは聞いたことありませんか? 傲慢とはその1つです。間違いなく傲慢は罪ですよ。……しかし、アナタの傲慢は善き傲慢。善き罪なのです。その罪を恥じることはありません」


「??」


「きっと神も、アナタの罪をお赦し下さいます。神でさえも赦す罪ならば、それを咎める者は誰もいません。……簡単に言いますと、アナタは今のアナタのままでも大丈夫ということですよ」


 そう言って、赤コートはコートの懐から何かを取り出し、わたしに差し出した。

 それはミサンガのようなアクセサリーだった。しかしただのミサンガではなく、それは微弱な魔力を発していた。


「よければ差し上げますよ。少しだけ心を落ち着けるマジックアイテムです。着けてみてください」


「はぁ……」


「もしまた辛いことがあったり、自らの罪に押しつぶされそうになった時は、そのミサンガにこう唱えなさい――栄光あれ、と」


「それだけ、ですか」


「まぁ、効力はおまじない程度ですがね。無いよりはマシですよ。……すみませんね、宗教の勧誘のようなことをしてしまって」


「……いえ、ありがとう、ございました」


 確かに会話だけなら、怪しい宗教か何かにしか聞こえない。

 しかし、わたしの心に溜まっていた不安と孤独は自然と消えて無くなっていた。


「……おっと、少し喋りすぎてしまいました。ワタシはそろそろ時間なので、これで」


「あ……お時間とらせて、ごめんなさい。ありがとうござい、ました」


「こちらこそ、相席どうも。それでは」


 赤コートの男はわたしに別れを告げ、店を出ていった。


 どうしてあんな相談をしたんだろうと、その時のわたしは不思議に思っていた。

 少し考えてから「どうせ二度と会わない人だから」という結論に至ったのだが――

 



――どうやら、そういうわけにも行かなくなったようだ。



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