第60話『行方不明』
なぜ? いったい何が起こった?
溝呂木はともかく、ユエちゃんは病院で検査を受けていたはずだろ?
しかも血戦技能の影響を直接受けたんだから、病室に隔離しているはず。
「騎士団お抱えの病院が何をやってんだよ……!」
連れ去られたという線は薄い。マグダラ教会の新型転移補助蟲が確認されてからは結界の術式も微妙に変えているからだ。
外部からの侵入は困難。一般人を装って入っても、ユエちゃんの病室まで辿り着くのは不可能だ。
だとしたら、ユエちゃんが自分の意志で失踪した可能性が高い。どんな隙間でも通り抜けられるスライムだからこそできることだ。
だからスライムやレイスの魔人を隔離する時には、何重にも魔術的なロックが必要なのに! それを怠ったな!?
「クソ……佐伯、捜索はもうやってるんだろうな?」
『ええ、警察も騎士団も動き出しています。しかしまだ見つかっていません』
「わかった。俺はこのまま捜索に出るから、佐伯はマリアさんと引き続き学園の方を頼む」
『……ボクは反対です。昨日、自分たちはあくまで監察官だと言ったのは他でもないあなたでしょう? ボクたちは監察官として学園の守りに徹するべきです』
「……」
『空海さんが心配なのはわかります。ですが今は――』
「悪いな佐伯、それでも俺は行くよ。どうせ監察官は今回もクビだしな!」
『ちょっ、先ぱ――』
佐伯の制止を無視して電話を切る。あいつの言ってることは尤もだが、それでも俺は行かなければならない。
ユエちゃんと約束したから。肝心のユエちゃんがいなくなってしまっては意味が無いのだ。
それに、学園の守りはあの2人でも問題ない……というか、2人だけじゃない。教師陣もいるし理事長も強者だ。
それに、前回の襲撃は結界の術式がリークされてたから起こった事だと、解析班による転移補助蟲の解析で判明している。
この短期間で2度目の奇襲は不可能だ。学園の方は心配ない……と信じてる!
「すいません、ミツキさん! 俺ちょっと出ます! アドバイスありがとうございました!」
「待ちなさい」
「ぐえっ!?」
早足で向かおうとした俺の襟首を、ミツキさんがひっ捕らえて引き止める。おかげで首が締まった。
「な、何スか……」
「さっきの、生徒が2人行方不明って連絡でしょ?」
「え、あぁ、いや……はい」
それを聞いたミツキさんは溜息をついてから、
「実は私、その件については今朝から知ってたのよ。その上であなたには知らせないようにしてたの。……佐伯くんや綾瀬ちゃんにも根回ししてね」
「っ!? 何で知らせてくれなかったんスか! ……って、わかりきってることか……」
「あなたには監察官任務がある。だからそっちに集中してほしかったのよ。……けど、佐伯くんは約束破っちゃったみたいね」
佐伯は全部知ってた上で黙っていた。それなのに、今になってわざわざ俺に知らせてきたらしいのだ。
上官の命令に反し、ご丁寧に俺に反論と忠告までして。
「ま、所属してる師団が違うから、元から私の命令に強制力なんて無かったんだけどね。佐伯くんもよく今まで律儀に従ってたわ」
「じゃあどうして……」
「そんなの佐伯くんに後で聞きなさいな。どうせ綾瀬ちゃんも遅かれ早かれ言ってたと思うけど」
みんな自由すぎるわよ、とミツキさんは呆れた様子で苦笑した。
「本当は私も、万一あなたがコレを知った時に引き止めるように言われてたんだけど……行きなさい」
「いいんスか……?」
「あの子の体を隅々まで余すことなく解析したんでしょ? だったらあの子の魔力を一番正確に辿れるのはあなたよ」
「なんか言い方がイヤらしいっつーか、誤解を生むっつーか……いや間違ってはいないですけど」
「細かいこと気にしないの。それに、どうせコレ団長の適当な指示だから問題ないわよ。あの人の命令は破られる前提ってのは、あなたもよく知ってるでしょ?」
あぁ……ノブさんはここぞという時以外、剣術以外ダメなおっさんだからなぁ。
命令違反した方が上手くいく時とかザラにあるし。第10師団はミツキさんがいなかったら滅んでる。
「了解っス、じゃあ遠慮なく命令違反させてもらいます!」
俺は第10師団の事務室を飛び出し、ユエちゃんの捜索へと駆け足で向かった。
その剣幕に、ついさっきすれ違ったばかりの騎士がギョッとした顔で道を開ける。
本部から街へ出た俺は、まずユエちゃんの魔力を辿ろうとしたのだが……反応無し。どうやらこの近辺にはいないようだ。
仕方なく俺はあちこちを走り回りながら聞き込みをした。だがそれも効果なし。
1時間近くやっても有力な情報は何も得られなかった。もしかすると、すでにもっと遠くへ行ってるのかもしれない。
「だとすると、魔力検知器に引っかかってないのはおかしい……どういうことだ……?」
駅などの特定の箇所には、通行人の魔力を検知するシステムが導入されている。
それに引っかかってないってことは、まだこの区画にいる可能性が高い……はずなのに、なぜ夕方になっても見つからない?
人目につかない場所にずっといるのか?
それとも、すでにマグダラ教会の奴らに誘拐されている可能性も……クソ、もしそうならマズい。俺は最悪の状況を想像して歯を食いしばった。
この区画にいることはわかってるんだ。
せめて1つでも、何かしらの手がかりがあれば――
「――っ!? この気配……!」
拳を握りしめていると、遠くの方からかすかに魔力を感じた。この魔力……間違いない、ユエちゃんだ!
洗脳の解除のためにユエちゃんを徹底的に解析した俺じゃなかったら、こんな残りカスみたいな気配には気付かなかっただろう。
「無事でいてくれよ……!」
魔力を辿り、少しでもそれが強い方に向かって走り出す。
途中で魔力反応が薄れたり消えたりしつつも、少しずつユエちゃんには近付いている。
周囲の風景からは少しずつ人気が無くなっていき、ついには入り組んだ団地のような場所へと足を踏み入れた。
そこの、さらに目立たない路地裏のような場所で、ついに俺は魔力の発生源を見つけ――
「ダミー……だと……?」
路地裏の行き止まりで俺が発見したのは、腰の高さぐらいまである燭台のようなものだった。
その先端に魔力を発する炎が燻っている。ここからユエちゃんの魔力……いや、それに酷似した別の魔力が発生していた。
「――まんまと釣られたな、騎士団の犬め」
俺の背後から、逃げ道を塞ぐように3人の男が姿を現わす。全員、見覚えのある装備を身につけていた。
これはショッピングモールで、洗脳でマグダラ教徒にされていた人々が装着していた軍用と思われるもの。
洗脳されてるかどうかはわからないが、こいつらもマグダラ教徒だ。
「貴様をおびき寄せるための罠だったが、本当にこれほどまで微弱な魔力を辿ってくるとはな」
「学生にしては余りにも飛び抜けた魔力感知能力……よほどの実力者か。なるほど、目論見以上のいい素材になりそうだ」
俺をおびき寄せるための罠……ってことは俺のことを知ってたのか? その「素材」とやらにするために?
口振りからするに俺が騎士ということは知らない様子だが……とりあえずそれはいい。俺が今聞きたいのは1つだけだ。
「テメエら、ユエちゃんをどうしやがった……!」
「……フン、いずれ嫌でも知ることになるだろう」
「答える気は無いってか? ……上等だ」
俺は戦闘態勢に入って目の前の3人を睨みつけた。
答える気が無いなら無理やり答えさせるまで。拷問してでもユエちゃんの居場所と、ついでに溝呂木のことも聞き出す。
「あの時素直に喋っときゃよかったって後悔させてやるよ、三下ども」




