第58話『推理する蛇』
俺の考察はこうだ。
あの能力は、恐らく専用の電波のような物で洗脳するものだろうと推測している。
俺は昨日図書室で、あの能力を「術者とユエちゃんを繋ぐ糸を辿るイメージ」で解析しようとした。
ほぼ全ての洗脳魔法が、糸で自分と対象を繋ぐイメージでかけられるからだ。大抵の洗脳はそれで逆探知できる。しかし、結果は失敗。
ならばと思った俺は、「ユエちゃんの精神にかかってる妨害電波をキャッチするイメージ」に少し変えて解析してみたのだ。
その結果、アッサリ成功。それと同時に疑問が浮かんだ。
「電波のイメージで発動させてるなら効果範囲はかなり広いはずだ。なのに、どうして学園内にしか洗脳事件を起こさなかった……?」
魔法を発動させる上で、イメージというのはかなり重要である。魔法や呪術の内容というのは、術者のイメージにかなり引っ張られるからだ。
そして、意外にもそれは血戦技能にも当てはまる。血戦技能の持つ唯一の法則性だ。
電波のイメージというのは、範囲が糸に比べて広い反面、それを維持する魔力が必要なため負担も大きい。それを承知で、わざわざ電波として能力を発動しているのだ。
もっと広範囲の――もっと離れた場所で同じ事件を同時に起こせば、もっと騎士団を混乱させられたのに。わざわざそれをしなかった理由は何だ?
「答えは単純。しないんじゃなくて、できないんだ」
それを踏まえて、洗脳能力の特徴を羅列する。
イメージは電波で固定。ただし効果範囲はそこまで広くない。そして解析の結果から考えると……その範囲はせいぜい20メートルほどしかない。
そして、その範囲オーバーすると安定性がガクリと落ちてしまう。効果が絶大な分、かなり使い勝手の悪い能力だ。
「そこでその使い勝手を補うのが、例の黒い触手ってわけっス」
恐らくアレは、範囲外からの電波をキャッチした上で洗脳を安定化させる外付けの部品。アンテナかルーターみたいなものだ。
実際には、触手自体に洗脳したり魔獣化させたりする効果なんて無いのだろう。
洗脳状態のユエちゃんの振る舞いに、触手付きの生徒たちが呼応していたのがその証拠だ。
「マリアさん、俺に昨日のユエちゃんとの戦闘のこと報告してくれましたよね」
「んあ? あぁ……そうだな」
ユエちゃんが苦しみ出すと、周りの生徒も苦しみ出した。
ユエちゃんが怒ると、同じように周りも暴走し始めた。
つまり、ユエちゃんと触手持ちの洗脳はリンクしていたということ。
ユエちゃんが何かしらによって精神を乱されると、それに対応しようと電波も質を変える。
結果、同じ電波を受信している触手付きも精神が乱れたという仕組みだ。
「そして、術者自身は学園からそう遠くない所にいた……ってわけです」
最初は手のつけようの無い能力だと思っていた。
しかし、考察すればするほど不完全な血戦技能だとわかる。これなら突破口も見えてくるだろう。
「ってのが俺の推理。ってか思い込みに近いけど。どうかな?」
「……どうだろう。まだ推測の部分が多すぎて、僕には何とも言えないな……けど、全くの見当違いとも思えない」
「ええ、その線で進めてみてもいいかと思います。ボクは賛成です」
「オレにはよくわかんねー! おめーらがそう言うならソレでいいんじゃねーの?」
よし、ではこの考察を前提として報告書を作成、本部に持ち帰って吟味してもらおう。その間、俺たちは俺たちの仕事をしなくては。
「ここからの調査はひとまず別の班に預けよう。あくまで俺たちは監察官なんだ」
「僕は違うけどね」
「お前も実質監察官みたいなもんじゃね? マジで転入して来ちゃう?」
「……一応僕が一般人だってこと忘れてないか?」
「冗談だ冗談」
ともかく、ここからは俺の仕事じゃない。
これからの俺の仕事は、今回の襲撃で学園中に蔓延した不安感を取り払うこと。あれだけの事件が起こったんだから、しばらくは全員忙しくなるだろう。
「あれだけ派手な攻撃を許してしまった以上、俺らが今後監察官任務を続けられるかはかなり怪しい。だから、残されたわずかな期間で俺たちにできることをやろう!」
以上! と締めくくって今日のところは解散とする。
さて、ここから今まで以上に忙しくなる。さっきは別の班に任せるなんて言ったが、俺自身そんな気は全く無い。
ユエちゃんの復讐をできるだけ綺麗な形で完遂させるためにも、俺に休んでる暇なんて無いのだ。
そうでなくても、コレが最初で最後の監察官としての大仕事になる。周りの様子も見つつ頑張らないとな――。
◇◇◇
【???】
あぁ、イライラする。
あの日からずっと苛立ちが治らない。この苛立ちを拳に乗せて、何もかもをぶち壊したくなる。
その破壊衝動を発散する術がこの街には無い。苛立ちは日を追うごとに増していき、何をするにも手がつかなくなる。
ゲーセンに行けば気分転換ぐらいにはなるかと思ったが、それも無駄な金を消費しただけだった。オレは今日何度目になるかもわからない舌打ちをしながら寮までの道を辿る。
あいつさえ……九頭龍巳禄さえいなければ――!
そんな時だった。
そいつがオレに話しかけてきたのは。
「青年よ、そんなに苛立ってどこへ行くのです」
そいつは、格好からしておかしな奴だった。
真っ赤なコートに真っ赤なシルクハット、真っ赤なステッキという、手品師のできそこないみたいな服装。
シルクハットからはオカッパのような金髪が肩まで伸び、その口元には歪な笑みが浮かんでいた。
「……あァ? ンだテメエはァ?」
「溝呂木大和くん、ですね?」
「ッ!?」
何だコイツは。なんでオレの名前を知ってやがる? 不完全な半魔獣化をしたせいで幻覚でも見てるのか?
……いや、この際どっちでもいい。
何故だかわからないが、こいつになら破壊衝動をぶつけられそうだ。
オレはこの不審者に対し、ギリギリのところで破壊衝動を抑えながらも形だけの質問をした。
目的次第じゃオレが何やっても「正当防衛」ってことになるからだ。今の自分にそこまでの判断ができることに、我ながら少し驚く。
「……オレに、何の用だ」
「おや、襲いかかってこないのですか。敵愾心を煽るように精神魔法を使っているのですがねぇ? 流石はあの学園のトップランカー……いや、元トップランカーくん」
「……ッ、何の用だって聞いてンだよォ!」
オレの精神を逆撫でして何が楽しい? せっかく人が最低限の礼儀として答えてやってんのに、こいつは何様だ?
ああ、腹が立つ。苛立ちが止まらない。今すぐにこいつの頭を叩き潰したい。
「おや、今のも耐えますか。存外、あなたの理性は強いらしい……しかしそこまで理性が強いと、この社会では生き辛いでしょう?」
「あァ!? 何言ってやがる!」
「あなたのような力ある者が、肩書きだけの弱者に都合のいいルールで縛られる……全く理不尽なことです。そして、その苛立ちを発散することさえも許されないなど……嗚呼、この子羊のなんと哀れなことか」
「るッせェ! 何言ッてッかわかんねェんだよ!!」
こいつの言葉に耳を傾けては危険だ――なぜかそう直感したオレは、こいつを黙らせるために拳を硬化させて振り上げた。
そして威嚇の意味をこめて、この手品師の顔面めがけて拳を突き出し――
「……ッ!?」
なぜ、避けない? 硬化してるのがわからないのか? 当たったら確実に死ぬぞ?
オレの破壊衝動は驚愕と疑問、そしてわずかな恐怖に似たものへと変わった。それと同時に拳が止まる。
「ほら、今のだってそうです。今の一撃で、あなたはワタシを黙らせることができた。にもかかわらず、なぜ拳を止めたのですか? ……それも、あなたの理性があなた自身を縛りつけているからです」
「あァ……? 縛り付けられてる……? オレが……?」
「そう! この馬鹿げた社会の! 馬鹿げたルールで! あなたは本来あるべき姿を失っている! あなたのあるがままの姿を、この社会は殺しているのですッ! こんなことが許されましょうか!? これは立派な人権侵害だ! 誰かが声を上げねば、この社会は変えられませんッ!!」
なに? なんだって? あるべき姿? 人権侵害? 声を上げる? 何を言っているんだこいつは、意味がわからない。
だが、何故だか安心する。
オレのような奴のことを考えてくれてる奴もいるんだ、と。オレのこの破壊衝動は何も間違ったことじゃないんだと。
「社会をこんな風にしたのは何だ!? あなたを不自由な身体にしたのは何だ!? ――そう、魔法界です! アレは、我々ヒトの世にあってはならない人類の毒だ!」
「魔法界は、毒……」
「そう! そうなのですッ! そんな毒は取り除かねばならない! 毒を以て毒を制さねばならない! そしてワタシならば……マグダラ教会の教祖であるワタシならば! あなたに「毒を制すための毒」を与えられる! この世界を変えるチカラをッ!!」
セカイを、変えル? そうスれバ、オレも楽ニなれるノか?
この衝動ヲ、抑えナクてもイイのカ? オレらしいオレに、なっテモいいノカ……?
ならば……そレナらば……オレは、このヒトに……こノ方に――
「さぁ、共に立ち上がりましょう。我々ならばこの世界を大きく変えられる。そのチカラがあるのです。そのチカラを存分に振るっても良いのです」
「あァ……」
「安心してください。あなたほどの素質の持ち主ならば、きっと良い素材になれますよ」
そノ男は――教祖様は、オレにそう言っテくレタ。
「あなたが……あなたこそが、我々の最終兵器――マグダラの巨人となるのです」
あァ、なんト名誉なコトか。
こんなオレが、世界ヲ変えル最終兵器になレルなんて――
「――マグダラ教会に、光あれ」
オレは教祖様に祈ルヨうに、そう呟イタ。
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