第53話『憤怒と、悲哀と』
夢を見ていた。
幸せな夢だった。
それでいて、ひどく悲しく寂しい気持ちになる夢だ。
わたしが失ってしまった家族との記憶。
絶望で真っ黒に塗りつぶされた記憶。
憤怒で真っ赤に染め上げられた記憶。
少し天然だけど、ニコニコしてて優しかったお母さん。
無口で不器用だけど、誰よりも家族を愛していたお父さん。
頑固で厳格なのに、わたしにだけは甘かったお爺ちゃん。
お爺ちゃんに呆れながらも、みんなを見守ってたお婆ちゃん。
快活で、やんちゃで、馬鹿で、脳筋で、唐変木で、それでもわたしのことをいつも一番に思ってくれてた、家族思いのお兄ちゃん。
大好きだったわたしの家族。
大好きだったお兄ちゃん。
その全てを、希望を、幸福を、平和を――あの狂信徒にバラバラにされた記憶。
そいつを、わたしの手でバラバラにしてやった記憶。
そのせいで、バラバラになってしまったわたしの心。
ずっと、ずっと、憎み続けて。
ずっと、ずっと、復讐の機会を伺って。
ずっと、ずっと、それに必要な力を求め続けて。
そして、とうとうその手がかりを見つけて。
そして、わたしは――
あれ? わたしは、その怒りを、どこに、ぶつけたんだっけ――?
――センパイ?
◇◇◇
「う……んん……っ」
「あ、起きた?」
ようやくユエちゃんが目を覚まし、とりあえずは一安心。ひどくうなされた様子だったので軽い精神安定魔法をかけてあげたのだが、少しは効果があっただろうか。
ユエちゃんは保健室のベッドから上体を起こし、額の汗を拭いながら焦点の合わない目で俺を見た。
「くずりゅう、センパイ……? わたしは……」
「覚えてる? マリアさんが運んできてくれたらしいんだけど……ごめんね、本当は俺がついてたかったんだけど」
俺はその間、学園内全てをマグダラ教会の痕跡が無いかくまなく見回っていた。
中執のみんなのおかげでそれも比較的早く終わり、事後処理は先生方や騎士団に任せている。今のところ、学園内に脅威は無い。
「嫌な夢でも見てた? 辛そうだったけど」
「夢……? うなされてた……? わたし、何を、見て……」
「あぁ、夢の内容は思い出さなくていいよ。嫌なことなんて忘れちゃった方がいいに決まってる。それより体の方はどう?
「へいき、です。でも、何してたか思い出せなくて……」
「覚えてない? ユエちゃんは図書室で――」
ユエちゃんにこの騒動の事と、その顛末を話した。俺も推測の部分が多かったのだが、あらかたは合っているはずだ。
話を聞くうちにユエちゃんは顔をさらに青ざめさせる。そしてらうわごとのように謝罪の言葉を呟き続けた。
「め……なさい……ごめんなさい、ごめんなさいこめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
ユエちゃんの感情が振り切れる。洗脳の影響か、自責の念の暴走か……精神が非常に不安定な状態だ。
いや、とっくの昔に精神はボロボロになってたのかもしれない。それを、いつもの無表情で覆い隠していたのだろう。
ユエちゃんの過去を聞くと、そうだとしか思えなかった。
「……大丈夫。誰もユエちゃんのことを責めたりなんてしてないよ。ユエちゃんは操られてただけなんだ。何も悪くない」
「でも……っ、わたし、センパイたちに……っ!」
「みんな気にしてないよ。みんな許してくれてるし、俺も許す。学園中の奴らが許さなくても、俺が許す。許させる」
洗脳返しと同じ要領でユエちゃんを落ち着かせる。こんな汚いやり方でしか安心させられない自分に腹が立つ。
でも俺にはこのやり方しかわからない。こんな方法を使ってでも、彼女の口から全てを聞きたい。
「……あの洗脳ね、単なる洗脳じゃなかったみたいなんだ」
「え……?」
「洗脳ってのは、その人の意思に関わらず精神を塗り潰して操るのが普通なんだ。でも、ユエちゃんにかけられた洗脳だけは違った」
ユエちゃんの洗脳を解析し、解体した俺だけがわかったことだ。彼女の洗脳は、ショッピングモールでマグダラ教徒にされていた人々の洗脳とは違っていたのだ。
それは、もはや洗脳とも異なるモノだった。この「洗脳ではない洗脳」の効果は――
「『その人が持っている最も大きな感情のベクトルを操る』――それがあの洗脳の効果だ」
「……っ」
ユエちゃんの場合は、マグダラ教徒への憤怒、絶望、憎悪――それらのベクトルが逸らされ、俺たちへと向けられていたのだ。
卑劣な力だ。自分たちの受けるべき報いを受けず、他人事のようにやり過ごすなんて。反吐が出る。
その怒りと同じくらい、ユエちゃんに同情する。
兄を亡くした妹と、妹を亡くした兄。
俺たちはどこまでも対照的で、どこまでも似通っていて、どこまでも同じなのだ。
「ユエちゃんがどうしてあんな怒りを振りまいてたのか……ユエちゃんの口から聞かせてもらってもいいかな」
その憤怒は、絶望は、憎悪は、とても理解できるものだから。俺はユエちゃんにとっての理解者でありたい。
その気持ちは、きっとユエちゃんもわかってくれている。だから、ユエちゃんは口を開いてくれた。
「……わかり、ました」
「話してくれる?」
「はい。こうして人に話すのは、初めて、なので……ちゃんと話せるか、わかりませんが」
ユエちゃんは語る。
3年の時を経た憤怒を、絶望を、憎悪を――悲哀を。




