第52話『あっけない終わり方』
窓枠から図書室に着地すると、気絶した鈍器を雑に投げ捨ててマリアさんへと話しかける。
「なんだ、せっかく助っ人に来たのに全部終わってるんスね」
「まーな! オレにかかればこんぐらいラクショーだぜ! おめーも魔獣化抜きでやれるようになれよ!」
「はいはい努力しますよ……っと」
マリアさんの小言を躱し、その足元で尻餅をついているユエちゃんへと歩み寄る。
やはりユエちゃんも洗脳されていたようだ。目が正気の時のそれではない。
「ひっ……来るな……来るなって言ってる、です!」
「ひどい言われようだなぁ……安心してよ、悪いようにはしないから」
ユエちゃんの正面にしゃがみ込み、その頬に手のひらで軽く触れる。そして洗脳の術式を解析・解体しようと思ったのだが……
「やめろ、ですッ!!」
ユエちゃんはそれを振り払い、がむしゃらに不定形の刃の腕を振り回した。
それが周りの机や椅子、本を切り刻む。しかし俺は避けない。全身を切り裂かれ、抉られながらも、安心させるようにユエちゃんを抱きとめる。
「やめっ、離せ、です! センパイは……センパイなんかに……ッ!!」
「うん、大丈夫だから。落ち着いて、ゆっくり深呼吸をしてみようか」
ユエちゃんの耳元で囁く。するとユエちゃんはビクリと肩を跳ねさせてから、凍りついたかのように全身を硬直させた。
そのままユエちゃんの頭と背中を撫でてやると、ユエちゃんの暴走の気配が止まり、俺に言われた通り深く深呼吸をした。
「……出たよ、洗脳返し。呪術のスペシャリストってのはやっぱ悪どいなー」
「今いいとこなんで、ちょっと黙っててくれません?」
「へいへい」
俺がやったのは呪術の一種、通称「洗脳返し」。
元からかかっている洗脳の術式に干渉し、催眠術の容量で洗脳の主導権を奪う。話術と呪術の合わせ技だ。
この洗脳返しの極意は、相手の精神に深く入り込むこと。その方法は様々だが、俺が使うのは「依存」。
話術と細かい動作によって「甘える」という精神に干渉し、安心させた上でこちらに主導権を委ねさせる――詐欺師と言われても反論できない反則技。
しばらくそうした末に、洗脳の術式の解体が完了する。
ユエちゃんの呼吸も落ち着き、いつもの彼女へと戻った。
「どう? 落ち着いた? 体は大丈夫?」
「……は、い……でも、頭がぼーっとして……わたしは、何を?」
「何も気にしなくていいよ。ユエちゃんも疲れてるだろうから、今はゆっくり休んでて――《マインド・ダウン》」
「――んぅ」
催眠魔法でユエちゃんを眠らせる。ユエちゃんから事情を聞き出すよりも先に、この惨状をどうにかしなくては。
復元魔法によって破損した備品や本を直せるだけ直し、操られていた生徒たちの治療も行う。
「この黒い触手……まだ生きてるな。持って帰って解析班に見てもらうか」
「また動き出さねーだろうな? コレで操られた奴ら、みんなゾンビみたいにしぶといからメンドーなんだよ」
「そんなの俺にはわかんねえっスよ。後遺症とかもキッチリ診てもらわないと……」
と、ひとりひとり外傷を治して回っていた時。
その中で1人だけ、早々に意識を取り戻した生徒がいた。
「お、ハユル起きたのか。コイツすげーんだぜ、魔獣化したらめっちゃ速えの! ビュオッ!! って音してたんだぜ!」
「そういや図書室にいるって言ってましたね。大怪我してないといいけど――ぶッ!?」
頭を抑えながら上体を起こしたハユルちゃんを見て、思わず噴き出す。
ハユルちゃんの制服が前でバッサリと斬られており、あられも無い姿となっていた。小柄な体格を超越した巨大な双丘が揺れ、その先端までが見えそうになっている。
「なんっっって格好してんの!? これマリアさんやったんスか!?」
「やー、あんまりにも速すぎて狙いが逸れちまったんだ」
「ありがとうございますッ!! ……じゃなくて!」
と狼狽していると、最悪のタイミングでハユルちゃんの意識が覚醒した。
「ん……私はいったい何を……ん? え? ちょっ、なにこのカッコ!?」
自分の格好を見て、顔を赤くしたり青くしたりしてから、キョロキョロと周りを見回す。
そこで最初に俺と目が合い、ハユルちゃんは一気に泣きそうな顔になった。
「みっ、みみみみみみ巳禄くんっ!? やっ、みっ、見ないでぇぇぇぇ!!」
「わかった! 見てない! 見てないから泣かないで! 泣く前にそれ何とかしよう! 上着貸すから!」
片手で顔を覆い、もう片方の手で空間魔法で手頃な上着を取り出してハユルちゃんに投げ渡す。
ハユルちゃんはそれをキャッチすると、光の速さでそれにくるまって涙目でこっちを見てきた。
「み、見ました……?」
「見てないです! 断じて!」
「そうなんですか!? そうですよね!? し、信じますよ……?」
「男に二言は無い! この命に代えて誓います!」
「そ、そうですか……」
ごめん嘘。指の隙間からバッチリ見てました。軍用の反射神経強化魔法まで駆使して。
華奢な鎖骨とか、白い首筋とか、柔らかそうな曲線とか――破れた服の隙間から見えた桜色とか。
「……《メモリア》」
「え、あの……何か言いましたか……?」
「いや? 何も? それよりほら、ハユルちゃんも今は休んでてよ。色々大変だっただろうし」
と、そこへ通信が来た。佐伯からだ。
『こっちは何とか片付きました……そっちはどうなってますか?』
「もう終わってた。今から学園内を見て回るとこだ」
『了解です。こちらにはすでに中執の方が来てくれてるので問題ありません』
「よし、そっちはそのまま頼む」
佐伯の方も無事終わったようだ。
問題はこのあとどうするかだ。学園内をもう一度確認して回るのは当然として、事後処理についても考えなければ。
「……監察官、1ヶ月持たなかったな」
こちらの捜査をことごとく回避し、ここまでの規模の奇襲をしかけてきたマグダラ教会。あちらが見事と取るか、こちらが無能と取るか。
騎士団なら間違いなく後者だ。3人まとめて監察官はクビになるだろう。とすると、今回のマグダラ教会の件が俺の最後の仕事になる。
「あっけない終わり方だな、全く……」
せっかく上手くやれてたのに、全部パァだ。これも俺の能力不足が招いた結果。甘んじて受け入れよう。
ともかく今は目の前の仕事だ。俺は図書室の処理をマリアさんに任せ、学園内を見回ることにした。
「……ん? 「未読メッセージが1件」……? あのゴタゴタで確認するの忘れてたか」
確認してみると、それは徹からのものだった。
『遅くなって悪い』
『空海さんの素性について、ひと通り調べ終わったから報告だけしておく』
そういえば、徹にはユエちゃんについて……とりわけマグダラ教会との関係性について調査してもらってたんだった。
もうほとんど無用の情報になってしまったが、一応確認だけはしてみることにする。
『空海さんの暴走の件……その理由がよくわかったよ』
『彼女は3年前、両親と祖父母、そして兄をマグダラ教徒によって殺害されている』
『過去にマグダラ教会が起こした唯一の事件だ』
『そして空海さんは』――
『その犯人をバラバラにして殺害している』
第12話にてノブさんが言及していた「犯人を殺したガキ」とはユエのことでした




