第50話『コードネーム: 『凶風』』
【マリア視点】
オレを取り囲む魔物や生徒が矢継ぎ早に攻撃してくる。
ひとつひとつの攻撃はさほど強くないが、こう一度に来られると対処も面倒だ。
しかも「魔物は殺す」と「操られた生徒は殺さず戦闘不能にする」を同時にやらなければならないのだ。
そしてこの図書室という環境。この学園の施設だけあって部屋の広さ自体はあるが、本棚や机が障害物になっていて動き辛い。
「あーもうめんどくせー! おめーらみんな邪魔!」
ここはハーピーの魔人であり、風魔法が得意なオレにとっては最悪の戦場だ。これだと本来の実力の2割も出せない。
このままでは押し切られると判断し、より殺傷力の高い魔法を解禁する。
「もういいや! おめーら結構バッサリやるけど許せよな! 《ラーマ・ウィルド》!」
今までの「撃ち抜く」「吹き飛ばす」といった風魔法とは異なる、「切り裂く」ことを目的とした風魔法だ。
1メートル弱ほどの風の刃が大量に放たれ、周囲のものを全て切り刻んでいく。明らかに高そうな本が真っ二つになったが気にしない。
出力を上げたおかげで、一瞬にして魔物の半数が片付いた。しかしそれでは終わらない。
流石はここの生徒と言うべきか、洗脳されても魔法の腕はそこそこで、ほとんどの生徒が障壁魔法で風の刃を防いでいた。
「チッ、ちょっと手加減したら調子乗りやがって――」
と、再び魔法を展開しようとした時。
生徒の集団の中から明らかにスピードが違う奴が、一瞬でオレの真上まで飛び出してきた。
「なっ……ハユルっ!?」
洗脳でリミッターが外されているのか、目は赤くぎらつき、額からは一角兎特有の角が突き出ている。
魔獣化だ。マグダラ教会め、強制的に魔獣化を誘発する術式まで組んでやがったのか。
「ったく、いい加減おめーも目ぇ覚ませ! 《ギガス・ウィルド》!」
「ぐあっ!」
風の弾丸が鳩尾にクリーンヒットして、ハユルは軽く吹っ飛ばされながら床に落下した。
しかし魔獣化によってタフになっているため、一撃では気絶せず。獣のような唸り声を上げながらすぐに起き上がった。
そして、
「ゥウウゥゥッ!!」
「うおっ!?」
オレの最高飛行速度にも匹敵する速さで、ハユルが一気に突進してきた。すかさず障壁魔法を展開するも、あまりの勢いに障壁が一撃で割られる。
「こんな凶悪な速さしたアルミラージ、見たことねーぞ……!」
「ふ、ふふっ……それがほんとの、センパイの強さ、ですよ……!」
今まで錯乱していたユエが落ち着きを取り戻し、不敵に笑った。
そして口元を歪に吊り上げたまま、指をパチンと鳴らす。すると、ダウンしていた生徒が再び起き上がり戦闘態勢に入った。
「頑張ってるみたい、ですが……そろそろ終わり、です!」
その言葉と同時に、ハユルのほかの生徒も急激に魔獣化し始めた。
ある者はケンタウロスに、ある者はアルラウネに、ある者はコボルドに、またある者はリザードマンに――
「魔獣化に、さらに強化魔法を施した尖兵、です。殺さないように手加減しながら、相手でき、ますか? ふふっ、ふふふっ」
「テメエ……!」
「いい顔、です。――殺せ」
底冷えするような声色でユエが号令をかける。
それに従い、魔獣化した生徒たちがオレにその爪牙を剥き――
「――舐められたもんだな」
その全てを無詠唱の風魔法で一蹴する。
図書室の中を暴風が吹き荒れ、襲いくる全ての奴らを壁に叩きつけてやった。
「なっ……そんな、ばかな……っ!?」
「手加減しながら相手できるかって? とーぜんだろ。こちとら中執のパンピーなんざ相手にならねーぐらい強いんだぜ?」
騎士団において、風魔法の扱いで右に出る者はいない。それがオレ、コードネーム『凶風』だ。
本当はハーピーの特性を生かして上空から風魔法を連発・殲滅するのが一番得意なんだが、 だからといってそれ以外ができないなんてハズは無い。
オレは現状、特A級に一番近い女なんだから。
「この程度なら実力の2割も出せりゃ十分だ! まとめて相手してやるぜ!」
「……っ、調子に乗るな、ですッ!!」
ユエの怒りに呼応して生徒たちがさらに凶暴化する。そのままオレに殴りかかってきたトロールの魔人の腕を、風圧だけで叩き折る。
踏みつぶそうとしてきたケンタウロスの魔人は脚を折り、ケットシーの魔人には高密度の風弾をブチ当てる。魚人にはエラに空気をぶち込んで失神させてやった。
「ぅううああァァァッ!!」
「ハユル、お前も寝てな」
「ぎゃあっ!?」
風の刃で角を切り落とす。速すぎてコントロールがズレたために、服を大胆に前で切り裂いてしまったが……まぁいいか。
「あとはおめーだけだぜ、ユエ。今すぐ目ぇ覚ましてやっからな」
「ぐ……まだ、です! わたしは、負けてないッ!!」
今度はユエが魔獣化し、伸縮自在の腕が鎌となってオレに斬りかかる。オレはそれを軽くいなし、ユエ本体に直接風弾を撃った。
「そんな攻撃当たりま、せんッ!」
ユエはぐにゃりと不定形の体を歪ませて風弾を回避する。そこへオレはもう一発、風弾を撃ち込んだ。
「当たらないって言ってるのが、わからな――」
そう言いかけたユエが、モロに風弾を受けて吹っ飛ばされる。
床に叩きつけられたユエは何とか起き上がろうとするも、咳き込んで上手く動けないようだった。骨は折れていないと思うが、威力はそれなりにしたからな。
「なん、で……いま、変形できな……」
「周りの空気でおめーの体を圧縮しただけだぜ。空気で固定しちまえばお得意の変形もできねーだろ」
「く……っ」
手も足も出ず、ユエは悔しげな表情で俯いた。
これでやっとユエを元に戻してやれる――と思った直後。
「……ふふっ」
「あ? なーにがおかしーんだ?」
「ふふ……あはっ、あははははっ! これで終わりだと思ったら大間違い、です! 確かにわたしは負け、ました……が! 誰が敵はわたしだけと言い、ましたか!」
手足をばたつかせながら、ユエは狂ったようにケタケタと大笑いした。
今のユエの言葉の意味――つまり、図書室以外でもこんな事態が発生してるということだ。
「残念、でした! わたしはタダの囮! 囮相手に調子に乗って、大口叩いて、気分はどう、ですかぁ? あはははっ!」
ユエがオレを煽る。
オレのしてきたことが、全て無駄だったと突きつける。
下卑た笑いを浮かべながらこちらの顔を覗き込むユエに、オレは――
「……ブフッ! あははははっ! もう無理! はらいてー! あっははははっ!!」
「っ!? な、なにがそんなにおかしい、ですかっ! お手上げすぎて壊れ、ましたか?」
「ちげーちげー。ただ、おめーがあんまりドヤ顔で煽ってくるからよ! ドッキリ大成功ってか? ぶっははははっ! やべー、涙出てきた!」
一通りヒーヒー笑ってから、オレは窓の方を向いて、語りかけた。
「だ、そうだぜ? ちゃんとカタ付けてきたか?」
そう言った途端、窓を突き破って外から人影が降りてきた。それと同時に、この図書室を隔離していた結界も破られる。
ソイツの両手には、同じくマグダラ教会に操られていたと思われる、気絶した生徒が1人ずつ。
ユエはそれを見て目を見開き、ワナワナと唇を震わせた。
「全部ちゃーんと片付けて来たっスよ、マリアさん」
気絶した男たちを床に放り捨て、ソイツは――巳禄は不敵に笑ってみせた。




