第49話『洗脳』
魔物の出現地点を目指してビルを飛び移り、屋上を駆ける。魔力の濃さ的にはそう離れた位置ではない。
魔力と避難する人々の流れを見ながらその地点を辿っていくと、
「あそこか!」
空間の裂け目は2つ。1つは大したことのないB〜Cクラスの魔物の発生源。そしてもう1つがA級特別指定危険種の発生源だ。
現場にいたのは、豪快に車両を踏み潰しながら、その豪腕で道路標識を真っ二つに両断している――
「カニ!?」
全長5メートル近い、岩のような灰色の装甲を持つカニ型の魔物が、発達したハサミを振り回して暴れていた。
その形状はハサミというよりは斧に近く、がむしゃらに 暴れまわっては至る所を叩き斬っている。
「ちったぁ大人しく……しろッ! 《ヘファイス》――六重詠唱!!」
6本の巨大なランスを錬成し、回転を加えて射出する。
かなりの貫通力を誇る一撃だったが、そいつは斧腕を盾のようにして巧みに防いでしまった。流石はA級の魔物。一筋縄ではいかないか。
「でもお前に構ってるヒマは無いんでな! すぐに終わらせる!」
そう言って手のひらからブシュウ、と白い煙幕を放出する。これも微弱な麻痺毒が含まれており、煙幕兼嫌がらせとしては非常に有用だ。
俺の姿を見失ったカニは乱暴に斧腕を振り回しているが、そんなデタラメな攻撃には当たらない。
俺は背中から蛇を伸ばしてワイヤーアクションのようにビルを駆け上がると、そのまま上空からカニの背中へと着地し、
「硬い奴にはコレが一番だよなぁ! 《レゾナンス》ッ!!」
「――ッ!!」
内側から破壊する振動魔法に、外殻の防御力など意味を成さない。
カニは甲高い悲鳴を上げながら痙攣すると、次の瞬間には派手な音を立てて爆散した。
「次、雑魚共!」
さっきビルの上から確認した感じだと、まだそこまで雑魚魔物は散らばっていない。ならば毒ガスで殲滅するのは簡単だ。
振動魔法《ソナー》によって周囲の生体反応を確認する。避難し遅れた人はゼロ。よし、久々に思い切り毒を盛ってやろう。
体内の毒素を調整し、周囲の物質が溶け出さない程度の「魔物の体組織のみを溶かし崩す猛毒」を生成。
そのままガスとして蛇の口から散布しつつ、目に付いた魔物は剣で切り捨てていく。
宙を舞う羽虫の魔物が、ガスに触れただけで地に落ちる。
集団で襲いかかってきたゴブリンの首を、瞬時に全て落とす。
背後から飛んできた犬型の魔物が、蛇に喉笛を噛み千切られる。
棍棒を振り回すオーガの四肢を、バラバラに解体する。
猛毒は俺の独壇場。
不死身など無くても殲滅は容易。この程度の奴らを片付けるのに1分もいらない。
「やっぱ最高A級ごときの群れだと手応え皆無だな……たまにはS級以上と戦り合わないと腕がナマりそうだ」
ものの30秒で魔物の全滅が完了し、軽く伸びをしながら周囲を見渡す。《ソナー》によれば新手は無し。
さっさと報告して学園に戻らねば。報告のために端末を取り出すと、
「……うわ、マリアさんからメッセージ来てんじゃん」
苦い顔をしながらメッセージの内容を確認する。どうせ大したこと言ってないんだろうけど――
『大至急! 学園に戻ってこい!』
『内側に魔物が大量発生しやがった!』
『空海柚絵はマグダラ教会の内通者だ!』
「……は?」
◇◇◇
【マリア視点】
こりゃあ一体どういう状況なんだ。
ハユルに用があって図書室に来ただけなのに、なんでこんな魔物地獄になってやがる。
空間が隔離されてんのか、外からは全く様子がわからなかった。
そもそもどうして結界をすり抜けて魔物が発生した?
可能性としてはいくつかあるが、一番高いのは空間転移補助具か。
しかしこれだけ高度な結界をハッキングするとなると、相当な完成度じゃなきゃ無理だ。8年前の白鐘の悲劇と同じか? しかしその時にはまだマグダラ教会は――
「――隠れても無駄、です」
「チッ!」
考えを巡らせているところに、大量の魔物が押し寄せてきた。隠れていた本棚がバラバラに破壊され、足元に木の破片と破れた本が散らばる。
「綾瀬センパイ、でしたか。流石しぶとい、です」
「へっ、こんぐれーで死ぬほどオレはヤワじゃねーんだよ!」
一番の問題はユエのヤローだ。
学園の生徒全員調べたと思いきや、窓口のメンツはノーマークだったってワケだ。畜生、完全にしてやられた。
「その威勢もいつまで続き、ますか? これだけの術者に囲まれてる、ですよ?」
パチン、とユエが指を鳴らす。すると、さっきまで魔物に襲われていたはずの生徒がオレを取り囲んできた。
全員、体に黒い触手みたいなのがまとわりついてやがる。そして、揃いも揃って虚ろな目……もしかして例の洗脳とやらで操られてんのか。
その中にはハユルもいた。
あの面白いぐらいコロコロ変わる表情が完全に死んでおり、正気じゃないと一目でわかる。
「アイツらに何しやがったんだよ」
「ふふ、みなさんには、ステキな操り人形になってもらい、ました。これでみーんな、敬虔なマグダラ教徒、です」
「操り人形ね……くはははっ」
「……何がおかしい、ですか?」
「いや? ただそれをお前が言うのか……ってな」
ユエが言葉の意図を読み取れずに眉をひそめる。ああ、お前にはわかんないだろうな。
だって、お前だって同じような虚ろな目をしてんだから。操ってる本人も操られてるなんて、とんだお笑い草だ。
「巳禄に送ったメッセージ、ちょっと間違ってたみてーだな……内通者はユエじゃねー。ユエを通してこっち見てるヤツだ。違うか?」
「……? 何言ってるのか、ぜんぜんわかんな――ぐっ!?」
ユエの様子が急変する。頭痛でもしてるのか、頭を抱えて首をブンブン振っていた。
それに呼応するように操られている生徒も苦しみ始め、オレへの包囲が一瞬だけ緩む。今がチャンスだ。
「《エル・ウィルド》!」
強力な風の弾丸でユエを狙い撃つ。
このままユエを気絶させて生徒の洗脳を解いてやる――と思っていたが、間に入った大型の魔物が盾になりやがった。奇襲失敗だ。
「チッ、邪魔だクソモンスター……!」
「知らない……しらない知らないしらないシラナイ、わたしは、操られて、なんて、ない……っ!」
「操られてんだよ! さっさと目ぇ覚ませ!」
「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいじゃまじゃまじゃま! 死ねしねシね死ねしね!!」
ユエが癇癪を起こすのと同時に、操られた生徒と魔物が一斉にオレに襲いかかってきた。
オレはそれを風魔法で一気に吹っ飛ばしてから、ユエの瞳を――ユエの瞳の奥にいる誰かを睨みつけた。
「こんなせめー場所で戦んのはめんどくせーんだけどな……! さっさとユエとハユルを解放してもらうぜ!」




