第48話『内通者』
翌日の放課後。
あの爆破テロのせいで学園中に漠然とした不安感が蔓延しており、学園内はあまり良い雰囲気とは言えなかった。
「マグダラ教会だっけか? 気味悪くて仕方ねえな」
「……あの爆破事件だってマグダラ教会の仕業だったんだろ」
「らしいな。ったく、コソコソしやがって! 堂々と出てきやがれってんだ! そしたらオレがぶっ飛ばすのによ!」
「……馬鹿言うな。相手は得体の知れないテロリスト集団だぞ。何隠してるかわからねえ」
憤慨するジョージと、あくまでも慎重な羽多野。
それに対して俺はというと、そのどちらにも共感していた。
マグダラ教会の全貌が掴めない以上、慎重になるしかない。本当はここで形勢逆転したかったのだが、あの情報収集が無駄に終わったため相変わらずこちらが後手だ。
その事実に苛立つ。ジョージのように憤慨したくなる。だからこそ、勤めて冷静になる。ここで監察官が焦れば終わりだ。
「そういや、また九頭龍は巻き込まれたんだってな。お前マグダラ教会に好かれてんじゃね?」
「冗談でもやめてくれ。あんなキチガイ連中さっさとぶっ潰れちまえばいいのに。はぁ……」
「……何かあったのか」
「いや、ほら……窓口でマグダラ教会について調べてたのに、だいたい徒労に終わったから」
「……そりゃご苦労なこったな」
監察官の任務を「窓口」として周囲に言い訳できるのは助かっている。助かっているのだが、なんか冷泉にいいように使われてるみたいで腹立つ。
そして、その100倍ぐらいマグダラ教会に腹が立つ。
「つーか何なんだよ、その窓口ってやつは! なんでオレを入れなかった!」
「なんでって……単純に不向きだからとしか」
「不向きでもいいんだよ! オレもあそこに入りゃなぁ……オレだって……オレだって綾瀬先輩にお近付きになれたのによぉ!!」
拳をグッと握りしめてジョージが吼えた。
そういやそうだね、あの人俺と佐伯以外の前では理想のお嬢様だもんね。すまんな、その人アマゾネスもビックリの戦闘民族なんだ。
と、俺が苦笑いしていると、
「九頭龍、客だ」
俺に話しかけてきたのは……岡田だっけ? 佐藤だったか……あ、田中だった。地味すぎて名前忘れてた。
田中が教室の入り口を指差していた。見ると、そこにはユエちゃんがぽつんと立っていた。
「ユエちゃん? どうしたの、今日は窓口で集まる予定は無いけど」
「いえ、この前のことで改めてお礼を、と」
「魔獣化のこと? いいのいいの! あれから変わりない?」
「はい、安定して、ます。ありがとうござい、ました」
ユエちゃんのことは心配だが、今のところ本人が大丈夫と言っているならそれを信じよう。
ユエちゃんとマグダラ教会の関係については、本人の口から聞くのはまだ先にすることにした。
……本人の口から、は。
実のところ、もうユエちゃんについては徹に調べ始めてもらっている。
ユエちゃんには申し訳ないが、これもマグダラ教会について知るためだ。ただの学生ではなく、あくまで監察官として対応させてもらう。
「あの、もしよかったら、この前のケーキ屋……いっしょに行き、ませんか」
「あー……ちょっと待って」
どうしよう。この状況で学園を離れるのは少々危ないかもしれない。佐伯とマリアさんがいるとはいえ、ここはやはり3人で万全を期した方が――
「あら? 九頭龍くんに空海さんではないですか。御機嫌よう」
ちょうどそこへ、マリアさんがスカートの端を揺らしながら通りがかる。俺は喉元まで出かかった「げっ」という声を飲み込んでから、
「こんにちは、綾瀬先輩。ここ2年の階ですけど、どうしたんスか?」
「いえ、少々安浦さんと例の情報についてお話ししたいことがございましたの」
「あ、ハユルちゃんならちょうど入れ違いっスね……もう寮に帰ってるか、もしかすると図書室にいるかも」
「わかりましたわ、では先に図書館の方を見てきますわね。……九頭龍くんも、わたくしのことはお気になさらずともよいのですよ?」
俺とユエちゃんを見て、マリアさんは「こっちはアタシ達に任しときな」というアイコンタクトを送ってきた。
普段は察しが良すぎるのがちょっと面倒くさい人だったが、今は助かる。俺は素直に甘えることにした。
「そんじゃ、俺たちはちょっと出てくるんで。失礼します。……早く行った方がいいっスよ、ゴリラが足止めしてくると思うんで」
「……?」
すまん、ジョージ。マリアさんも窓口のことで忙しいから、お前に会わせて時間を食わせるわけなはいかないんだ。
「じゃ、行こうか」
ユエちゃんはコクリと頷き、俺にぴったりとくっつきながら、ちょこちょこと歩き始めた。
この時間帯だと、ほとんどの生徒が学園内から出ているため廊下もどこか寂しげな様子だ。コツコツという靴音だけが響き渡る。
「……あ」
「ん? どしたの?」
「いえ、財布を忘れてきてしまったよう、でして。取りに行く、ので、センパイは待ってて、ください」
「え? 俺も探すよ?」
「大丈夫、です。忘れた場所は覚えてる、ので。すぐ戻り、ます」
そう言い残して、ユエちゃんは走っていってしまった。その後ろ姿をポカンとして見送る。
まぁいいか。忘れ物ぐらい誰だってするし。そうして俺がユエちゃんを待つことにしてから数分した時――
「お? 騎士団本部からだ」
突然本部から電話が来たので、不思議に思いつつも通話を開始する。
「どうしたんスか?」
『巳禄、今ヒマか?』
「ヒマじゃねえっス。これからデートなんで仕事とかマジ勘弁してくだ――」
『学園からそう遠くねえ場所に魔物が出た。……A級特別指定危険種だ。こんなのが短期間で連続して出るなんて、マグダラの仕業としか思えねえ。さっさと片付けてこい』
「ヒマじゃないっつってんでしょうが! ……しかもそれ、かなり怪しくねえっスか? 意図的にこっちを誘導してるようにしか見えねえんスけど」
『そうは言ってもこの状況で一番早く現場に行けんのは監察官3人だけだろ。そんでA級に迅速に対処できんのはお前だけだ』
アンタもそうだろ……と思ったが、何やら受話器の向こうでドタバタしているのが聞こえる。
ノブさんも俺との通話の合間にも色々と指示を出しているようで、本当にあっちも忙しいようだった。確かに今魔物に対処できるのは俺しかいない。
「はぁ……わかりましたよ。すぐ行きます」
ユエちゃんには緊急事態とだけメッセージを送って、すぐに現場に向かうとしよう。
学園の方はマリアさんが「任せろ」と言っていたから問題ない。
俺は素早く黒コートと蛇のマスクを装着し、窓から飛び降りて外へと飛び出した。
◇◇◇
【ユエ視点】
センパイと別れてから、わたしは財布を置き忘れたと思われる教室――ではなく、まだ人が比較的多い図書室に向かった。
独特の静けさにページをめくる音だけが聞こえ、たまにペンを進める乾いた音がしていた。
この静寂が、あともう少しで――あともう少しで阿鼻叫喚に変わるのだ。それを思うと口元の歪みを抑えきれない。
「……あれ? ユエちゃん、珍しいですね」
なんだ、せっかく人が楽しい思いをしていたのに、と渋々振り返る。わたしに話しかけてきたのは、本を何冊か抱えた安浦センパイだった。
九頭龍センパイも一目置いているという、貴重な人材で、貴重な素材だ。
「ユエちゃんもお勉強ですか? テスト近いですもんね。よかったら教えましょうか? これでも成績は良い方で……ユエちゃん?」
わたしが黙りこくっていることを不審に思ったのか、こちらを覗き込んできた。
「まだ魔獣化の後遺症が残ってるんですかね……保健室行きます?」
……もういいだろう。頃合いだ。
わたしが痺れを切らしたのとほぼ同時に、わたしのセーターの袖口から――蜂のような羽虫が1匹、ゆらりと飛び立つ。
「ひゃっ!?」
赤と黒の毒々しい色をした蜂に、安浦センパイが短く悲鳴を上げて後ずさる。
けど、もう遅い。わたしはとうとう口元の歪みを堪えるのをやめて、呟いた。
「――マグダラ教会に光あれ」
その次の瞬間、その蜂――空間転移媒介蟲を起点として空間が割れ、大量の魔物が出現した。
「ひっ……!? ユ、ユエちゃん……どうして……!」
安浦センパイは空間の避け目から伸ばされた黒い触手によって拘束され、その表情を恐怖に歪めた。
わたしはセンパイに笑顔と祈りを捧げ、
「魔法界に裁きの鉄槌を……その使徒に災いを……生贄として死ね、です、センパイ」




