第45話『狂乱の青刃』
襲いくる魔物の群れを薙ぎ払い、両断し、叩き潰し、焼き尽くし――半魔獣化はせず、出せる限りの力を使って殲滅する。
とうの昔に鋼魔法・振動魔法・記憶魔法を組み合わせた八刀流は解禁しており、殲滅自体は難しくなかった。
しかし、俺が対処しなくてはならないのは魔物だけじゃない。
「まぐ、だら、マグダラは、てき、敵! 殺す殺すころすコロスころす! あはっ、ひっ、ひははははっ!」
「クソ……完全にトんでるな……!」
ユエちゃんの凶暴化は魔物を殺せば殺すほどに強まっていく。眠たげだった目は血走り、たどたどしかった口調も狂気を孕んだ高笑いへと変わり果てていた。
ユエちゃんの伸縮自在の腕が刃となって魔物を斬り捨て、臓物を抉り、心臓を貫き、魔物が絶命してもさらに執拗に刻み続ける。
「ひひっ、あは、ははははっ!! 邪魔、じゃまじゃまジャマ!」
その背後から飛びかかってきたゴブリンが、棍棒でユエちゃんの後頭部を殴りつける――が、スライムに打撃は通用しない。
「ひははっ! むだ、ムダ無駄むだ!」
ぐにゃりと粘土のようにユエちゃんの頭部が歪み、棍棒を受け流してゴブリンを無力化した。その直後、髪の毛を無数の刃に変えてゴブリンをバラバラに解体する。
「ふーッ! ふーッ!! 死ね、しね死ねしねシね死ね死死死死死死ッ――!!」
明らかに正気じゃない。その皮膚はかすかに青みを帯びた透明となり、ユエちゃんの輪郭が曖昧になる。
間違いなくユエちゃんは魔獣化していた。半魔獣化すら通り越して7割近くが魔獣となっており、人間からスライムへと変貌し始めている。
「ユエちゃん! ストップだ! 俺の話を――」
「ぅぁあああッ!!」
「づッ!?」
俺の言葉に耳を傾けることなく、まるで魔物のついでみたいに俺を斬りつけてきた。
もうユエちゃんの目には俺なんて映っていない。凶暴化した彼女にとって、自分の周りにあるもの全てが敵となってしまっていた。
どうしてこうなった? 何がユエちゃんをここまで凶暴化させた? 今までの安定した状態から、いきなりここまで深刻な魔獣化を遂げるなんて滅多に無い。
叫び声の内容から察するに、原因はマグダラ教会……それと少し関わるだけでこうなるほどに、ユエちゃんはマグダラ教会を憎悪している。
「何にせよ、早く止めないと人間に戻れなくなる……!」
あそこまで進行した魔獣化を止める方法は2つのみ。
半殺しにして強制的に叩きのめすか。
もしくは、特別製の魔獣化鎮静薬を投与するか。
俺が選ぶのはもちろん後者だ。
今の状態で隙を見て鎮静薬を投与するのは不可能。まずは周囲のゴブリンを一掃してからだ。
俺は強力な麻痺毒を生成し、体から揮発させて散布する。これでゴブリンとユエちゃんの両方を止めるのだ。
「ぅ……あ……ッ!?」
効果は1分もしないうちに現れた。周囲のゴブリンの動きが完全に停止し、その優れた統率力が意味をなさなくなる。
ユエちゃんもまた、うめき声を上げながら地面に倒れ伏していた。俺はそこに歩み寄り、
「ちょっと大人しくしててね」
「うあっ!?」
空間魔法で虚空から鎮静薬の入った注射器を取り出し、慣れた手つきでユエちゃんの首筋に刺す。
投与が終わるとユエちゃんの魔獣化は止まり、力を使い果たしたのか、そのまま意識を失ってしまった。
「さて……あとはこいつらだな」
麻痺している大量のゴブリンの向こう側から、ガスの影響を受けていない魔物が押し寄せてきた。あっちは風上だったか。
このまま麻痺毒で動きを奪ってからトドメを刺すのが安全だが、今日は少し風が強い。それでは効率が落ちるだろう。
「それにこの大群……もしかすると別の所に行ったやつがいるかもだな」
もしそうなっていたら、急いでこの場を片付けてから魔物の動向を追わなくてはならない。
通報を受けた騎士がすでに動き出してはいるだろうが、騎士だってそんなにすぐに動けるわけじゃない。
「半魔獣化しかないか……!」
本当はノブさんからも「AA級以上の魔物以外には半魔獣化使うな」と言われているのだが、そんなことを言ってられる魔物の規模じゃない。
ユエちゃんに毒の影響が残らないように調整しながらになるが、ここは一気に――
「――《ロゼリアス》」
その時、交差点に澄み切った声が響き渡った。
直後、四方八方から紅色に淡く光る荊のようなものが伸び、魔物の大群を一斉に絡め取る。
荊は瞬く間に絡め取った魔物から魔力を吸い尽くし、一気に3割近く魔物が絶命した。
「これは……吸魔の魔法か……!?」
吸魔の魔法には様々な種類があるが、この形状――紅の荊を見るのは初めてだ。
紅の荊。聞き覚えのある言葉、そして聞き覚えのある声だった。俺が声の方を振り向くと――
「――苦戦してるみたいじゃん、監察官」
そこには無数の荊を従え、茜色のポニーテールを風になびかせる翡翠の瞳の少女――『紅荊』、メアリー・サンプソンが立っていた。




