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第44話『マグダラの魔の手』

 駅前のケーキ屋で無事目当てのものを購入した俺たちは、また徹のマンションに向かって足を進めていた。

 無言でラスクをハムスターのように頬張るユエちゃんを微笑ましく思いつつ、問いを投げかけてみる。


「そういやユエちゃんは、なんでこの学園に入ったの? なんか夢があったりとか?」


「……センパイはある、ですか?」


「俺? ま、まぁあるっちゃあるかな」


 監察官任務で転入しましたとは言えない。

 しかし、俺が監察官になろうと思ったきっかけならある。俺はそれを「転入してきた理由」として話した。


「俺、実は妹がいたんだけどね。中学の時に魔物に襲われて……死んだんだ」


「……っ、だから、その仇討ちに?」


「仇討ちってよりは、1人でも多く魔物に襲われてる人を助けたいってのが本音かな。だから騎士になりたいってのが俺の目標」


 ……だった、と心の中で付け加える。

 あの絶望から立ち直り、こうして騎士になるまでにはかなりの時間と覚悟を要した。それでも俺はこうして人々を救いたいという願いを叶えているのだ。


 正直、魔物への復讐心が全く無いかと聞かれれば――答えは否。

 俺の持つ最凶の呪術『悪性慈悲サルヴェイション赫蛟サマエル』にしても、元はと言えば魔物や魔法界シャンバラに対する憎悪と殺意から生まれたものなのだから。払拭できるわけがない。


 しかし、ただ憎悪に駆られて殺戮を続ける俺を見て、果たしてカガリは喜ぶのか――それもまた否。

 身を呈してまで人々の命を救おうとした心優しいあの子が、そんなことを望むはずがない。


 俺は、俺に誇れる俺になれるように。

 カガリに誇れる俺になれるように。

 そのために、こうして戦い続けてきたのだ。


「ごめんね、なんか湿っぽい空気にしちゃって。でも、これが俺の一番の思いだからさ」


「……いいえ、とても立派だと思い、ます。過去にとらわれず、前に進もうとしてるセンパイは……とても素敵、です」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 過去にとらわれないってのだけは違うが。

 俺ほど過去にこだわってる奴なんてそうそういないだろうに。俺は出かけた言葉を笑顔で飲み込む。


「わたしとは、大違い、です……」


「ん? 何か言った?」


「……いえ、なにも。ラスクおいしいな、と」


「ユエちゃん、ずっとラスク食べてるよね……それ何袋目?」


「5、です」


「程々にね……」


 ユエちゃんが無言でコクリと頷く。頬にパンッパンにラスク詰めてる時点で説得力皆無なんだよなぁ……可愛いからいいけど。

 でも直後に渡るスクランブル交差点は大量に人とすれ違うし、ちゃんと前を見とかないと人にぶつかってしまう。


 何とか人混みの合間を縫って、ユエちゃんとはぐれないようにしながら進んでいると――



「――主よ、この者に裁きあれ」



 すぐ耳元で聞こえた声に、直感的に危機感を覚える。

 背筋の凍るような、低く冷たい男の声。得体の知れない不気味さを感じ取った俺はその声の主からユエちゃんを庇うように抱き寄せ――次の瞬間。



 声の主であった男は、至近距離で爆発・・した。



「なッ――!?」


 ズンッ、という轟音とともに爆炎が噴き出し、スクランブル交差点を渡っている人々が吹き飛ばされる。

 当然、至近距離にいた俺も無事では済まなかった。身を焼かれ、手足が吹き飛び、眼球が蒸発し――それでも何とかユエちゃんだけは抱きしめて守り抜いた。


「く……そ……ッ、何が起こって……!?」


 ユエちゃんに見られないように超速再生してから、辺りを見回す。

 道路は焼け焦げ、あちこちに肉片が散らばり、肉の焼けるの臭いが漂う地獄絵図。そして、この空間を包み込んでいる濃厚な魔力。


「自爆テロか!? クソッ、自爆する寸前の言葉……マグダラ教会か……!」


 まさかここまで早く先手を打たれてしまうとは。しかも、今の自爆にしても明らかに俺を狙ったものだった。

 俺が不死身だったから助かったものの、そうじゃなければこの自爆テロで騎士を1人殺せていたことになる。


 マズい、この状況は最悪だ。

 マグダラ教会に俺が騎士だとバレてるかもしれないという懸念、そしてこの濃厚すぎる魔力――魔物が大量出現する予兆だ。


「う……ぐ……何が、起こった、ですか……?」


「ユエちゃん! 大丈夫!? ケガは!?」


「だいじょぶ、です……ちょっと頭がクラクラする、だけです……」


「よし、すぐにここを離れよう! ここはマズい、すぐに魔物が出て――」


 と、言いかけた時。バキリというガラスの割れるような音がして、俺たちのすぐそばの空間が引き裂かれた。

 その裂け目から、無数の赤い眼光が覗く。何十体という規模、種類もバラバラの魔物の大群だ。


「クソッ!」


 ここはユエちゃんを安全な場所まで避難させてから戦うのが最適だ。俺はユエちゃんを小脇に抱えて、一目散に空間の裂け目とは逆方向へと走った。


 が、しかし。


「……おいおい、なんでこっちにも裂け目ができてんだよ!」


 逃げた先にも裂け目があり、そこから大量のゴブリンが棍棒を振るいながら飛び出してきた。

 鋼魔法で剣を錬成して対処するも、数が多すぎてあっという間に包囲されてしまう。これで逃げ場は無くなってしまった。


 どうする。ここで毒を使って退路を確保するか?

 しかしこの数のゴブリンを一斉に無力化するほどの毒ガスとなると、今度はユエちゃんが無事では済まない。


 この状況からユエちゃんを無傷で逃がすには、半魔獣化が必要だ。

 本来なら一般生徒の前で使うわけにはいかないが、状況が状況だ。仕方ない、ここは安全に切り抜けることを優先して――


「……ら……ろす……」


「……ユエちゃん?」


「まぐだら……マグダラ、マグダラ、まぐだらマグダラまぐだら! 殺す、ころす殺すころすコロスころすッ!!」


「ちょっ、おい!」


 ぐったりしていたユエちゃんが、いきなり両腕を鋭い鎌のように変形させて飛び出していった。

 さらに足をバネに変形させていたために跳躍力も半端じゃなく、俺はユエちゃんを引き止められなかった。クソ、スライムの変形能力か!


「待て! 早まるな!」


 という声も聞こえていないようで、ユエちゃんは半狂乱で目の前のゴブリンの首を刈り取っていく。


「ああクソ、 ケガしても知らないからな!」


 その豹変ぶりに面食らいつつも、俺も剣を構えて突撃する。

 この魔物をけしかけたのもマグダラ教会の野郎共だ! どうせ近くで観察してるんだろ!?

 だったら、さっさとこいつら蹴散らしてから見つけ出してぶちのめしてやる!



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