第43話『任されました』
死んだ、死んだ、死んだ――その言葉が何度も頭の中で繰り返される。
予想はできていた。理解もできている。それでも、その言葉は私の心に重く鉛のようにのしかかっていた。
「どうして、カガリちゃんは……」
「突然発生した魔物から親子を庇ったんだってさ。カガリは回復魔法が得意だったから、何度傷付いても回復して囮役になって……遺体は魔物発生地点から数百メートル離れた『禁域』で発見されたんだってさ」
禁域――度重なる魔物の発生によって空間の強度が落ち、さらに魔物が発生しやすくなった危険区域。
禁域は騎士以外の立ち入りが禁止されており、基本的に人がいない。カガリちゃんは人々から危険な魔物を遠ざけるために、勇敢にも囮役となったのだ。
「魔物の発生地点は僕たちの暮らしてた街でね。それからすぐに、僕たちの家も禁域に飲み込まれたよ」
そういうことだったのか。こんな広いマンションに1人暮らしなんて、何か事情があるのだろうとは思っていた。
環舘くんは禁域の拡大によって家を無くしたから、政府からの援助を得てここで暮らしているのだ。
「人々から恨まれ、妬まれ、媚びられ……最愛の妹と帰る場所を失った。巳禄はそこで、壊れた」
「壊れたって……でも巳禄くんは元気そうにして……!」
「そうだね、巳禄は元気そうにしてるよ……元気そうにはね。内心ではとっくの昔に弱りきってて、それを誤魔化すために貼り付けたのが、あの作り笑いだ」
あの作り笑いに、そんな事情があったなんて。
巳禄くんは人付き合いが苦手だから、あんな表情で誤魔化していたものだと思っていた。しかし実際には、あの作り笑いで誤魔化していたのは「不器用さ」ではなく「弱さ」だったのだ。
「……でもね。最近はそれが少しマシになってきたんだよ」
淡々と語っていた環舘くんの頬が少しだけ緩む。
「今までずっと、ずっと、何年も心を閉ざしてた巳禄が、ここ数週間で変わりつつあるんだ。紛れもなく、君たちのおかげだよ」
「そ、そんな、私は何も……むしろ巳禄くんには何もかもしてもらいっぱなしで……」
「君がそう言うのなら、そうなのかもしれない。でも巳禄にとっては色んなものを貰ってるんだと思うよ。じゃなきゃ、こんな楽しそうな顔しないさ」
そう言って、環舘くんは懐から写真を一枚取り出した。
映っていたのは、笑っている私と、素っ頓狂な顔をしている巳禄くん――あのテロ事件の時に撮った写真だった。
「な、なんでそれ持ってるんですか!? ま、まさか巳禄くんから!?」
「いやぁ、あんまりにも巳禄が嬉しそうに見せてきたもんだから。こんな楽しそうな巳禄見てると、こっちも感慨深いものがあってね。勝手にコピーさせてもらったよ。ははは」
「ははは、じゃないですよ!? いや、別に私は構いませんけど……!」
「いや、やっぱりコレは返しておくよ。2人の思い出に勝手に介入するのは無粋だからね」
「ど、どうも……」
私の微妙な気持ちを正確に読み取り、環舘くんは写真を私に返してくれた。この人、私よりよっぽど観察眼が優れてる気がするんだけど……。
「これでも安浦さんには期待してるんだ。もしかしたら巳禄を救えるんじゃないか、ってね。……君には巳禄と同じ、家族を失った苦しみがわかるから」
「っ!? そ、それどういう……」
「知ってるさ、白鐘の悲劇については昔少し調べてたからね。白鐘病院の結界を突き破った魔物によって、安浦慎吾を含む医師や患者が皆殺し。当時高校生だった、患者の狩谷仁のみが生き残った――これで合ってるかな?」
「――ッ」
環舘くんは、全て知っていた。
白鐘の悲劇が、結界が破られたことによって起こったものだったと。私の父さんの名前まで知っていた。
そして、私の知らない情報――あの青年の名前までも。
「狩谷仁……っていうんですか」
「あぁ、知らなかったのか。自分で辿り着きたかったかな? ……それは悪いことをしたね。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。むしろありがとうございます。1分1秒でも早く、彼と会って話をしたかったので。これであとは探すだけです」
自分で辿り着きたいわけじゃなかったかと言うと、それは嘘になる。できることなら自分の手でその名前を知りたかった。
でも、もういい。自分の力だけでは限界を感じていたし、環舘くんには感謝こそすれど、責める気持ちは一切無い。
「でも、悲劇の真相について公表するのは自分の手でやりたいと思ってます。ですから、その……」
「うん、このことは黙ってるつもりだよ。僕も、それは君みたいな熱意のある人にやってほしいしね」
環舘くんはマグカップのコーヒーを啜りながらそう言って、私に微笑んだ。
この人、本当に私と同い年なんだろうか……と疑ってしまうほど、その振る舞いには落ち着きと妙な安心感があった。
白鐘の悲劇のことを抜きにしても、情報収集や分析方法について聞きたいことはたくさんある。あとは、巳禄くんのこととか。
環舘くんとは、巳禄くんとは少し違うタイプのいい友達になれそうだ――と、私もマグカップに口をつけた時。
「……で? 安浦さんは巳禄のどこに惚れてるの?」
「ブフ――ッ!?」
思わず吹き出して咳き込む。
「げほっ、げほっ……! なっ、なななななななな何を言いだしてるですかいきなり!? わっ、いつ私が巳禄くんにっ、ほ、ほほほ惚れてる、なんて言いましたか!?」
「あれ? 違うの? さっきから反応見てるとそうかなぁって思ったんだけど」
「ち、違っ、巳禄くんはただの友達で……いや、ただのってわけじゃないですけど! 巳禄くんはなんと言いますか……し、親友? それもなんか違う気が……えっと、そのっ」
「……なるほどな。確かにこれはからかい甲斐がありそうだ」
な、なにそれ!? 私のことからかってたの、この人!?
この人も巳禄くんみたいなからかい方してる……! でも巳禄くんより意地悪な感じがするのは気のせい!?
「もうっ! 怒りますよっ!」
「はは、ごめんごめん。面白かったから。でも安浦さんが巳禄のこと特別に思ってるのはよくわかったよ。君になら巳禄を任せられる」
そう言われてしまうと少し萎縮してしまう。本当に自分なんかが巳禄くんの心の溝を埋められるのだろうか。
しかし、今までずっと巳禄くんと一緒だった環舘くんが言うのなら間違いはない。そう信じたい。
「……ほ、惚れてるとかはともかく! 巳禄くんのことは任されました。必ず、巳禄くんに本当の笑顔を取り戻させてみせます」
「うん、よろしく頼むよ。僕もできることなら協力するからさ」
環舘くんの右手が差し出される。
それに応え、私がその手を取ろうとした。
その時だった。
「……あれ?」
「ん、どうかしたのかな?」
「いえ、今なにか変な音が聞こえたような……ズン、って感じの鈍い爆発音みたいな」
私の耳でギリギリ聞こえるぐらいの音。距離的にはかなり離れているだろうし、気のせいかとも思ったが、それでも私にはその音が妙に気になった。
「なんだか嫌な予感がします……」
「嫌な予感、か……ちょっと調べてみようか。君のカンは当たるって巳禄も言ってたしね」
そう言って環舘くんが端末を起動させる。
端末を操作して何やら検索している様子の彼を、ぼんやりと眺めていた――次の瞬間。
――ビーッ! ビーッ!
と、私の端末からサイレンが鳴り始めた。環舘くんの端末も同じように反応していた。が、それだけではなかった。
窓の外からも同じようなサイレンが何重にもなって聞こえていたのだ。このサイレンは――
『――DANGER! 周囲に膨大な魔力と空間のノイズが検出されました。魔物の出現に備え、落ち着いて避難して下さい!』




