第42話『2冊のアルバム』
かくして徹への報酬を買いに出てきたわけだが……何だろう、後ろから微かにを視線を感じる。
この視線知ってるぞ。つい最近まですごい悩まされてた視線だ。俺は真後ろの電柱を振り返り、
「……ユエちゃん? なんでついて来てんの?」
「バレてた、ですか。流石ししょー、です」
俺もギリギリ気付いた程度だけどね。ここ数日でちょっとずつ尾行スキルが上がってるのは気のせいか?
ユエちゃんは隠れていた電柱からひょっこり姿を現し、
「こんなにすぐ気付かれるのは、センパイが初めて、です」
「俺以外も尾行してたんだ……」
「ししょー候補を探してた、ので。気付かれたのは、中執でもししょーと冷泉センパイだけ、です」
「あいつも尾けてたのか。アレにはあんまり関わらない方がいいよ、キザが移るから」
「?」
俺の軽口にユエちゃんは首を傾げる。
そんな彼女に、俺は「何でもない」と肩をすくめてから、
「まぁいいや。一緒に行くでしょ? ケーキ屋」
「行き、ます。センパイの店員への対応、参考にする、です」
「それが目的か……別に店員への対応でコミュ力はそんなに関係無い気が」
「……あそこのケーキ屋のラスク、好き、なので」
「そしてそれが本命か! ま、付いてくるのは別に構わないけどね。何なら俺たちとハユルちゃんの分までケーキ買ってくか」
「わたし、そんなにお金ない、ですよ?」
「お金なら俺が出すから、ユエちゃんは選ぶのを担当してよ。俺、こういうセンス無いからさ」
「それはさすがに悪い、です……」
「いいのいいの! こうでもしないと金貯まる一方だから! 金なんて使ってナンボっしょ!」
そう言って爽やかにサムズアップするも、なんか金の力に物を言わせてる感じで嫌だな……けど実際金なら有り余ってるからな。
「では、お言葉に甘え、ます……ごち、です」
「うんうん。ちなみにユエちゃんは何のケーキが好きなの?」
「ラスク、です」
「ああ、さっき聞いたね。ラスク以外には?」
「ラスク、です」
「あ、そう……」
◇◇◇
【ハユル視点】
巳禄くんがケーキ屋に向かい、ユエちゃんがそれを追いかけてから少し経ったあと。
環舘くんは「少し外すね」と言ってどこかの部屋――恐らくは自室――に行き、5分もせずに戻ってきた。
その両手には、さほど厚くはないが大きい本のようなものが2、3冊積まれていた。
「2人が帰ってくるまで暇だし、巳禄の話でもしようと思ってね。ずっと君に話しておきたいことだったから」
「ずっと……ですか?」
「うん。巳禄の学園でのことは頻繁に……中でも安浦さんのことは詳しく聞いてたからね」
それを聞いて「はぁ……そうなんですか」と返すも、内心では舞い上がっていた。巳禄くんが私のことをそんなに喋ってたなんて。
「君と一番仲がいいみたいだから、この事は知っててもらいたかったんだ。……この事はみんなには秘密だよ」
そう言って、環舘くんは私に大きな本を数冊手渡した。
見たところ、どうやら今までに巳禄くんと環舘くんが卒業式で貰ったであろうアルバムだった。
そのうちの1冊を開いてみると、中にはまだ幼い子供たちの写真が大量にプリントされていた。これは小学生時代のアルバムらしい。
「このやたら目つきが悪いのが巳禄だよ。この頃はまだ魔人が発症してないから、髪も普通の黒だね。その隣が僕」
環舘くんが指差した写真には、その当時9歳の巳禄くんが映っていた。
確かに目つきは悪いが、歯を見せて無邪気に笑っている表情は可愛らしい。テロ事件直後の巳禄くんの「本当の」笑顔の面影がある。やっぱりこっちの方がいい。
「巳禄、この頃から割と何でもできる奴でね。すごいヤンチャだったから、振り回されてる僕も大変だったよ」
「へぇ、そうだったんですか……確かに巳禄くん、行動力ありますもんね」
「はは、今の方が数倍ヘタレで不器用だけどね」
アルバムをペラペラとめくり続ける。何というか……どの写真を見ても環舘くんと映ってる気がする。
それと同じように多くの写真で巳禄くんと映っている女の子がいた。この子も仲が良かったんだろうか? でも2人よりも幼く見えるような……。
「この子カガリっていって、巳禄の妹なんだ。いつも3人いっしょにいたんだけど、この子がまた極度のブラコンでね……いやぁ、そのブラコンぶりは横で見てて面白かったなぁ」
「そ、そうだったんですか……巳禄くんに妹がいたなんて初耳です」
「まぁ、そうだろうね。で、こっちが中学のアルバム」
環舘くんは小学校のアルバムを閉じ、赤い表紙のアルバムを開く。今度はみんな、少しだけ背丈が伸びていた。
そして、数多くの写真の中から巳禄くんを見つけ――
「……あれ?」
違和感を覚えた。確かにこの男の子は巳禄くんのはずだ。横には環舘くんも、カガリちゃんもいる。
それなのに、その男の子を私は巳禄くんだとは思えなかった。
「なんでこんな無表情なんでしょう……?」
その巳禄くんからは、表情というものが失われていた。
たまたまそういうシーンが撮れただけかもしれないと思ったが、写真に写っている巳禄くんは全て無表情。心なしか目元にクマもでき、やつれているようにも見える。
「何だか辛そうです……」
「実際、この頃の巳禄は辛かっただろうね。さっき「巳禄は割と何でもできる奴だった」って言ったけど……この頃は違った」
「周りに置いていかれてしまった、とか?」
私の推測に対して、環舘くんは静かに首を振り、
「……逆だよ。巳禄はこの頃から「割と」なんてもんじゃないぐらい、「完璧に」「何でも」こなすことができるようになってたんだ。先生たちからは「神童」って呼ばれてたよ」
「それなのに何で……こんな悲しい顔して……」
「よくある話さ。周りからの過度な期待と、嫉妬と、羨望と、媚びと――そのせいで、巳禄は極度の人間不信になったんだ。誰とも関わらなくていい、誰とも関わりたくない……ってね」
それがどんなに辛いことなのか、私には理解できなかった。私自身、それほどの才能があるわけじゃない。
もし私がその場にいたら、私は期待し、嫉妬し、羨望し、媚びていた側になっていたかもしれない――いや、きっとなっていただろう。
何も言えず、私は逃げるようにページをめくり続けた。
みんな、みんな、みんな笑っている中で、巳禄くんだけが死んだような表情をしていた。
それが私を責め立てているようにも見えて、さらにそこから逃れるべくページを進め――ふと、気付いた。
「……環舘くん」
「どうしたのかな。嫌なことでも思い浮かんだみたいな顔だけど」
「あの……」
その先を言うのにひどく勇気が要った。
だけど、その先を言わずにはいられず、私は恐る恐る尋ねた。
「カガリちゃんは……どこに行っちゃったんですか……?」
中盤以降のページを見て気付いた。気付いてしまった。
どこのページにもカガリちゃんがいないことに。
学年の行事以外いつも3人一緒だった幼馴染が、バラバラになっていることに。
そして巳禄くんが――不気味にも思える作り笑いを浮かべていることに。
私がそう問いかけるのを知っていたかのように、環舘くんは冷静に、しかし重苦しさを感じさせる低い声で、
「カガリは――僕らの中学2年生の夏、死んだよ」




